抄録
【はじめに、目的】 肺炎は我が国において2011年の死因第3位となり、受療率はここ20年間増加の一途をたどっている。なかでも、誤嚥性肺炎(Aspiration Pneumonia:以下AP)は高齢者に多く発症し、予後不良かつ在院日数を延長させる要因といわれる。高齢肺炎患者において瀧澤らは早期理学療法介入の必要性を報告したが、前本らは重症度が高いほど臥床期間が延長することを報告し、治療戦略を立てる上で重症度を評価することは重要と考える。しかし、AP患者のみの重症度について報告は少なく、評価法もないのが現状である。そこで本研究の目的は、市中肺炎の重症度分類で用いられるPneumonia Severity Index(以下PSI)とA-DROPを使用してAP患者の重症度評価を試み、AP患者の特徴と理学療法介入に関して検討することとした。【方法】 対象は2012年2月から9月に当院でAPの診断で入院加療を要し、リハビリテーション依頼のあった死亡退院を除く31例(男性23例、女性8例、平均年齢79.1±10.6歳)である。基礎情報として年齢、性別、身長、体重、Body Mass Index、臨床経過としてPSIとA-DROPによる入院時の重症度、入院から理学療法開始までの期間(以下PT開始期間)、入院から座位開始までの期間(以下臥床期間)、入院から連続して20 分以上の車椅子座位が可能または歩行開始までの期間(以下離床期間)、在院日数、理学療法開始時と終了時のBarthel lndex及び転帰を電子カルテより後方視的に検討した。PSIとA-DROPの重症度は成人市中肺炎診療ガイドラインの配点と危険度を参考にした。 統計学的解析はPSIとA-DROPがAPの重症度評価として妥当性があるかSpearmanの順位相関係数を用いて検討した。PSIの入院指標であるclass4とclass5の比較にはMann-WhitneyのU検定を用い、A-DORPの重症度別の比較にはKruskal-Wallis検定を用いた。次にPT開始期間の中央値から早期群と遅延群に分類し、各検討項目の比較をMann-WhitneyのU検定をおこない、在宅復帰率と重症度別の比較をFisher’s exact testを用いて検討した。統計ソフトはSPSSⅡ for windowsを使用し、いずれの検定も危険率5%とした。【倫理的配慮、説明と同意】 対象者には当院の規定に則り研究の趣旨と内容に関して説明し、同意を得た。【結果】 妥当性の検討ではPSIの点数と離床期間(γ=0.53、p=0.04)の間において有意な相関を認め、A-DROPでは有意な相関を認めた項目はなかった。重症度はPSI class4が8例、class5が23例、A-DROPスコア1-2が8例、スコア3が12例、スコア4-5が11例に分類された。PSIのclass4とclass5の間ではそれぞれ、PT開始期間(3.9±3.2日、9.8±5.5日、p=0.003)、臥床期間(3.3±1.9日、8.7±4.9日、p=0.001)、離床期間(5.1±2.8日、11.6±5.5日、p=0.001)及び在宅復帰率(87.5%、64.3%、p=0.01)に有意差を認め、A-DROPでは有意差を認めた項目はなかった。 PT開始期間は全体で8.5±5.8日であり、中央値7日で分類した。早期群と遅延群の間ではそれぞれ、在院日数(19.7±11.4日、45.5±25.4日、p=0.001)、臥床期間(3.7±2.1日、12.1±3.3日、p=0.002)、離床期間(6.1±3.2日、15.1±3.5日、p=0.003)、在宅復帰率(75.0%、36.4%、p=0.02)、重症度(早期群class4:7例、class5:9例、遅延群class4.:1例、class5:14例、p=0.03)に有意差を認めた。【考察】 AP患者の入院時PSIの点数は離床期間に相関を認めたことから、離床に関する評価としての妥当性が示された。また、PSIのclass4とclass5の間には離床に関する因子に加え、PT開始期間と在宅復帰率に有意差を認めたことから、入院時の重症度が高い症例ほど理学療法開始が遅れ、臥床期間が長期化し、在宅復帰率が低下することが示唆された。 一方で早期群と遅延群において離床期間と在院日数、在宅復帰率に有意差を認めたことから、早期理学療法が早期離床と速やかな在宅復帰に重要であったことが示唆された。また、多くの既往歴を有するAP患者の理学療法では、介入早期から患者個々のADLレベルと介護力や家屋環境を考慮した介入や指導も在宅復帰に重要であったことが考えられた。しかし、重症例では理学療法開始が遅延する傾向が認められたので、今後は重症例の早期理学療法介入について検討していく必要がある。【理学療法学研究としての意義】 本研究により、AP患者の離床に関する評価としてPSIの妥当性が示され、PSIの重症例では理学療法開始が遅れ、臥床期間が長期化し、在宅復帰率が低下することが示唆された。また、早期理学療法が早期離床と速やかな在宅への移行に重要であったことが示唆されたが、今後は重症例の早期理学療法に関して継続して検討していく必要がある。