日本地理学会発表要旨集
2014年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 710
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発表要旨
空間的思考力の構成とその規定因
*若林 芳樹
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抄録

アメリカ学術会議のレポート(NRC, 2006)が出版されて以来,欧米のGIS教育では空間的思考が関心を集め,その能力を測るテストの開発(Lee and Bednarz, 2009, 2012; Huynh and Sharpe, 2013)も進められている.しかし,空間的思考力の構成要素や測定方法,それを規定する要因については不明な点が多い.そこで本研究は,Lee and Bednarz (2012)が開発した空間的思考力テスト(STAT: Spatial Thinking Ability Test)を改良して日本の大学生に適用し,テスト項目間の関係や個人特性との関連性を分析することを目的とする.とくに,従来の研究では触れられなかった,日常的活動での関心事や地理の学習経験との関連性に着目して分析を行った. STATには,①テスト項目の選定基準の曖昧さ,②回答者の既有知識の影響,③多肢選択による定量化の困難さ,といった問題点があった.それらの点を改善するために,本研究では独立性の高い6項目を選び,素材の匿名性を高めて知識とスキルを分離した上で,1項目に複数の設問を用意したテスト(STAT-J)を新たに作成した.採用した項目は以下の六つである.Q1 経路探索:言葉による道案内に基づいて地図上で経路探索を行う課題Q2 分布パターンの断面図:階級区分図の値をもとに,断面図のパターンを読み取る課題Q3 最適立地:3つの条件を充たす立地場所を選択肢から選ぶ課題Q4 分布図の相関関係:複数の分布図から,ある分布図と相関が最も高いものを選ぶ課題Q5 3次元画像の視覚化:2次元の等高線図の任意の地点から見える景色を想像する課題Q6 地図のオーバーレイ:2つの図形のブール演算から得られる図形を選ぶ課題 また,STAT-Jの妥当性を検討するために,空間的思考力自己評価テスト(SESS)を作成した.これは,サーベイマッピングに関わる6項目,ルートマッピングに関わる6項目,小規模空間での空間的スキルに関わる6項目からなる合計18項目の質問について,それぞれ5段階評価で回答してもらうものである. その他,空間的思考力に関連する個人属性として,日常的活動への関心事(地理の学習,地図,野外活動,乗り物,コンピュータ),高校・大学での地理の学習歴,性別などをとりあげた.これらの質問に対する157人(男子57%;地理学専攻生38%)からの回答を分析に使用した. STAT-Jの各項目の得点と合計得点との間には有意な相関が得られたのに対し,テスト項目間では,Q4とQ6の間以外では有意な相関は得られなかった.これは,テスト項目の独立性を意味しており,空間的思考力が複数の要素で構成されることを示唆する. 一方,自己評価テスト(SESS)の結果に因子分析を適用したところ3因子が得られ,第1因子はサーベイマッピングの能力,第2因子はルートマッピングの能力,第3因子は日常的活動での空間的推論能力,をそれぞれ表すことがわかった. STAT-Jの成績とSESSの因子得点との相関をみたところ,有意な相関が得られたのはQ4,Q5と第1因子との間のみであった.つまり,分布図の相関を捉えたり,3次元空間を視覚化する能力はサーベイマッピングの能力と関係するが,その他の能力間には明確な関連性はみられない. 個人属性によるテスト得点の差の検定を行った結果,高校での地理の履修と大学での地理の専攻は,Q4,Q5の成績に有意な差をもたらすことが判明した(図1).つまり,地理の学習経験は,分布図を比較したり,空間を視覚化する能力を高める可能性がある. 性差については,Q5とQ6で有意差がみられた.Q5の視覚化課題については男性の成績がよく,心的回転能力に関する過去の研究結果と符合する.しかし,Q6のオーバーレイ課題は女性の成績がよく,空間的課題の種類によって男女の優劣が異なるといえる. 日常的活動への関心は項目間で関連性が強く,とくに地理の学習,地図の利用,野外活動,乗物への関心の間で有意な関連性がみられた.これらとSESSの3因子との関連性をみると,第1因子のみ地理の学習,地図の利用,野外活動と有意な関連性がある.つまり,これらの活動への関心がサーベイマッピングの技能を高めると予想される. STAT-Jの成績との関係では,Q4とQ5が地図の利用,野外活動と強い結びつきを示している.つまり,分布の相関を読み取ったり,3次元の景色を視覚化するスキルは,地図利用や野外活動によって高まる可能性がある.本研究の結果から,空間的思考力は複数の独立した要素で構成され,学校での地理の学習経験のみならず日常的な興味関心にも関係していることが明らかになった. 

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