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通信放送融合時代のテレビをめぐる論点:4K・8K,同時配信を中心に
村上 圭子
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2017 年 59 巻 11 号 p. 721-731

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著者抄録

地上波放送の完全デジタル化が終了して5年を超え,テレビ,放送を取り巻く環境は様変わりした。端末のマルチデバイス化,伝送路のブロードバンド化,サービスのプラットフォーム化が進み,インターネット上には放送事業者以外による多種多様な動画配信サービスが乱立してきた。視聴者のテレビ離れの傾向はもはや若者だけのものではなくなっている。総務省では2015年11月に「放送を巡る諸課題に関する検討会」を設け,2016年9月から個々のテーマ別に議論が開始された。本稿ではまず,テレビを取り巻く昨今の変化と放送政策との関係について確認したうえで,4K・8K放送と動画配信(特に同時配信)の2点に絞って課題を論じたい。

1. はじめに

地上波放送の完全デジタル化が終了して5年が過ぎた。この5年でテレビ,放送を取り巻く環境は様変わりしている(1)。これまでは,明確な定義はないものの,放送事業者が制作した番組が放送波を通じてテレビ端末に伝送され,それを視聴者が見る,というシステム全体を「テレビ」もしくは「放送」とするという社会的な合意があった。地デジ化とはまさに,このシステムをアナログからデジタルへと高度化させる国を挙げた放送政策であった。現在は,既存のこのシステムには収まりきらない,しかしテレビや放送に類似した映像コンテンツサービスがインターネット(以下,ネット)上に乱立している状況にある(2)。

こうした状況の中,総務省では,今後の放送政策のあるべき方向性を探るべく,2015年11月に「放送を巡る諸課題に関する検討会(以下,諸課題検討会)」を設け,2016年9月からは個々のテーマ別に議論が開始されている。これらの議論の根底にはほぼすべて,モバイル化とブロードバンド化の急速な進展という現象がある。既存のテレビ端末向けではなく,また放送波も使わない映像コンテンツサービスが増え続ける中,そのどこまでを「テレビ」「放送」と再定義して政策として推進すべきか,その必然性はどこにあるのかが今まさに問われているといえよう。

本稿ではまず,テレビや放送を取り巻く昨今の変化と放送政策との関係について確認したうえで,政策上,最も大きなテーマともいえる,4K・8K放送と同時配信の2点に絞って課題を論じていきたい。

図1 テレビ・放送を取り巻く変化
図2 映像コンテンツサービスの現状

2. テレビ・放送をめぐる変化と放送政策

筆者は2012年から,テレビや放送に関連するあらゆる新サービスを時系列に,サービス内容と事業者別に分類する作業を行ってきた注1)。増え続ける新サービスのうち,国の免許事業として国民の知る権利に応え,災害時などの有事に安心安全に資する情報を提供し,民主主義の健全な発展に寄与するなどの公共的使命を担う放送事業者,中でも公共放送のNHKは,何をどこまで実施すべきであり,その行為にどのような今日的な存在意義があるのかを考察するためである。もちろんそれは,放送事業者の行為の裏付けとなる法制度のあり方を考察することと同義でもある。

1は新サービスの分類表である。分類は状況の変化に応じて見直しており,1に示したのは2016年2月からのものである。そして3は,新サービスの変遷と事業者,放送政策の位置付けを示したものである。この2つの図表を基に2012年からの流れを少し振り返っておく。

表1 新サービスの分類表(2016年2月~)
図3 新サービスの変遷と放送政策

2.1 2012年~放送サービスの高度化

2012年は,衛星の多チャンネルの追加やモバイル向けのマルチメディア放送の開始といった,放送波による新サービスの開始が相次いだ年であった。また,放送事業者主導でスマートフォン(以下,スマホ)をセカンドスクリーンとして,放送中の番組と連動させるサービスも多く登場した。そして,総務省による「放送サービスの高度化に関する検討会(以下,高度化検討会)」1)が開始されたのもこの年である。この高度化検討会では,ハイビジョンの4倍の画素数の4K,16倍の8Kという高画質高精細な映像サービスと,テレビをネットにつなぐスマートテレビサービスのうち,番組連動やデータ活用など放送事業者が主導で進めるハイブリッドキャスト注2)を「放送サービスの高度化」と位置付け,オールジャパンで推進することが提言された。

2.2 2013年~動画配信サービスの急成長

2013年頃になると動画配信サービスが急速に拡大してくる。これまで主流だった都度課金に加えて,定額制,放送後1週間程度番組を無料で提供する見逃し配信,放送と同じタイミングで配信する同時配信,オリジナルコンテンツなどを配信するライブ配信とサービスは多様化してきた。扱われるコンテンツもテレビ番組,映画,ユーザー発信のネット動画などが混在してきた。そして事業者も,NetflixやAmazonといったグローバル市場を相手にするOTT注3)事業者をはじめ,通信ネットワークのインフラを握る通信事業者やモバイル端末のOS部分を握る事業者の存在感が増してきた。

こうした状況の中,総務省で開始されたのが「1. はじめに」でも触れた諸課題検討会である。諸課題検討会では2016年9月に「第一次取りまとめ」2)を公表し,現在,4のような場で個別テーマがそれぞれ議論されている。数多くの論点があるが,このうち,放送波を活用してテレビ端末に番組を伝達する旧来型の放送サービスの高度化として模索されているのが4K・8K放送であり,放送波を活用してテレビ端末に届けてきた番組や情報とまったく同じものを,ネットを活用してモバイル端末に届けようというのが同時配信である。これらの実施については,総務省が放送政策としてイニシアチブをもって臨もうという強い意図が感じられる。

図4 総務省の放送政策の現状

3. 4K・8K放送の課題

2章でも触れたとおり,総務省の高度化検討会の取りまとめにおいて,4K・8K放送については放送事業者やテレビメーカー,通信事業者などがオールジャパンで推進していくことが決まり,推進のためのロードマップが示された(5)。現在それに従って取り組みが進められている。2015年からはすでにケーブルテレビ,IPTV注4),124/128度CSといった有料多チャンネル事業者によるサービスが開始されている。有料多チャンネル事業者が先行しているのは,4K・8Kが地デジのようなユニバーサルサービスではなく,希望する人が視聴できるモアサービスという位置付けにあるということが関係している。それぞれ専用のセットトップボックスやチューナー内蔵テレビが発売され,視聴も少しずつではあるが広がってきている。

一方,衛星基幹放送であるBSと110度CS放送についてはこれまで,右旋円偏波注5)(以下,円偏波は省略)の周波数帯域,つまり右回りに回転しながら伝搬する電波を活用して放送を実施しており,新たに4K・8K放送を実現するためには新たな帯域の確保が必要であった。そこで総務省の高度化検討会では,これまでまったく活用していなかったBSおよびCS110度の左旋の帯域と,地デジ化のための対策として活用し,その役割を終えて空き帯域となったBS右旋の一部の帯域を活用することとした。6は実用放送で使用する周波数の帯域を示したものである。NHKについては2016年2月に定められた「衛星基幹放送による4K・8K実用放送 放送普及計画(以下,普及計画)」において,BS右旋で4K,BS左旋で8Kの放送を行うことが決められた。そして同年10月19日には,在京キー5局を含む10民間事業者がチャンネル申請をしたことが発表された。2017年の1月末には正式に実用放送のチャンネルが決定する予定である。現在,2018年からの実用放送に向けて,NHKが8Kを中心に,民放は放送サービス高度化推進協会が免許者となって4Kを中心に試験放送中である。

以上のように,4K・8K放送は一見すると総務省の定めたロードマップ通り順調に進んでいるようにみえる。しかし,これから開始される4K・8Kの衛星基幹放送を視聴するには,視聴者側にとって大きな3つの課題が存在している。順にみていきたい。

図5 総務省の4K・8K政策
図6 4K・8K衛星基幹放送の使用帯域

3.1 4Kテレビに関する課題

家電量販店などに行くと,最近は50インチ以上の大型テレビはほぼすべて4Kとなっている。価格が下がってきたこともあり,販売は堅調に伸びている。しかし現在市販されている4Kテレビだけでは,試験放送,実用放送ともに,4K・8K衛星基幹放送を視聴することはできない。このことを一般の消費者はどの程度認知しているだろうか。受信には専用の外付けチューナー等が内蔵されたセットトップボックスが必要であり,チューナー等が内蔵されたテレビは2018年の実用放送開始直前にならないと販売されない予定である。これは,4K・8K衛星基幹放送の技術基準が,これまでと違い新たな基準を取り入れていることに起因している。これが1点目の課題である。

3.2 設備装備の必要性

2点目の課題は,総務省は普及計画で4K・8Kの主要伝送路を,新たな周波数帯域である左旋としているが,その電波を受信するには先に述べた専用外付けチューナー等の他にもさまざまな設備が必要ということである。それらをまとめたのが7である。具体的には,アンテナの設置や宅内配線の張り替え,さらにマンションや集合住宅の場合には,分配器やブースターといった設備の交換も必要となってくる場合もある。これらはすべて視聴する側の負担で行わなければならない。また,戸建てであれば個々の世帯の判断で導入が可能だが,集合住宅などの場合には家主の判断や居住する住民の合意が必要になるなど導入は容易ではない。チューナーのみならず,これだけの負担をしなければ視聴できないとなると,4K・8K衛星基幹放送の普及の道のりはかなり厳しい,もしくは普及するとしてもかなり先のことになるであろう。以上のような視聴に伴う負担について,消費者に正しく理解してもらい,そのうえでいかに4K・8K放送を普及させていくか。総務省では,業界の関係団体などを中心に議論が開始されている。

図7 左旋受信のために必要な設備

3.3 「ケーブルテレビによる同時再放送」に向けた課題

これらの課題の解決策として期待されているのが,ケーブルテレビ事業者による同時再放送である。現在,衛星放送を受信できる環境にあるのは国内の全世帯の約4分の3だが,そのうちの約3分の2(つまり国内の全世帯のおよそ半数)は,ケーブルテレビ経由で視聴している。この世帯すべてが,直接受信が困難な左旋による4K・8K衛星基幹放送の同時再放送をケーブル経由で視聴すると仮定すると(8右棒グラフの丸囲み部分参照),先に述べたような受信にかかわるさまざまな負担の必要がなくなる。そのことを前提に普及の見通しを推計したのが8である。この推計によると,今から10年後の2026年頃には,現在の衛星受信可能世帯のほぼすべてが4K・8K衛星基幹放送を視聴可能となっているというが,ここでは直接受信のためにさまざまな負担が必要な約4分の1の世帯のうち,どのくらいが自ら負担を背負ってまで4K・8K放送を視聴したいと考えるのかということは考慮されてはいないのも事実である。3点目の課題は,この推計の大前提となっているケーブルテレビ事業者による同時再放送についてである。

一般的にケーブルテレビ事業者が他の放送事業者の放送を同時再放送するには,「再放送同意」という手続きが必要である。この際,同意の前提となるのが,同時再放送する内容が放送と同じものであるという「同一性保持」である。しかし,衛星基幹放送とケーブルテレビとでは多重化の方式が異なっている。多重化とは,伝送前に映像や音声,データを伝送しやすくするために行う作業だが,4K・8Kの衛星基幹放送ではネットを使った番組連動サービスを実施しやすくするために,放送でも通信でも同じIPの仕組みを使って番組の情報を伝送できるMMTという方式を採用している。この方式にケーブルテレビ事業者が対応しなければ,たとえば番組とデータを連動させたサービスが,ケーブル経由の視聴者には正しく届かないおそれがある,つまり,同一性が保持されない可能性があるのである。ただ,このMMTに対応するためには,ケーブルテレビ事業者側にシステム改修などの負担がのしかかってくる。

次に8Kへの対応である。ケーブルテレビ事業者は,自らの局の受信設備で放送を受信して,有線のケーブル網を通じて契約世帯の自宅まで放送信号を届けているが,そのうち,同軸ケーブルや,同軸ケーブルを一部活用する方式をとっている場合には, 容量的に 8Kの伝送が難しいことが多いという。自主放送を行う事業者のうち,同軸ケーブルを使わずFTTHのみの方式をとっている事業者は全体の4分の1弱にすぎない3)。また,仮に8Kの放送信号を自宅まで伝送できたとしても,自宅のテレビで8K放送を楽しむには,テレビにつないだセットトップボックスに8K対応デコーダーチップが搭載されていなければならない。デコーダーとは,放送局が番組を伝送するために放送信号を符号化(エンコード)したものを復元(デコード)するための装置で,これがなければテレビに映像を表示することはできない。もちろん,そもそも8Kテレビを設置する世帯がどのくらいあるのか,という大きな疑問もある。ただ4Kテレビの場合であっても,8Kデコーダーおよび8Kから4Kに映像をダウンコンバートする装置がセットトップボックスに搭載されていれば,4Kテレビでも8K放送を楽しむことが可能である。逆にこれらが搭載されていなければ,4Kテレビでも8Kテレビでも,8K放送をまったく見ることができないのである。ただ,この8Kデコーダーチップは4Kのチップに比べて量産されていない分,かなりの高額であり,それをセットトップボックスに搭載するためのコストを誰が支払うのかはみえていない。

以上のような課題を誰がどう解決していくのか。それは同時再放送する側のケーブルテレビ事業者なのか,同時再放送してもらう側の衛星基幹放送事業者なのか,両者の応分の負担割合や妥協策をどう見いだしていくのか。そこに政策を進める側の総務省はどのように関与していくのか。ちなみに,現在8K放送を模索しているのは世界でほぼ日本だけであり,4Kについても世界の趨勢(すうせい)は,放送波ではなくネット配信によるサービスである。こうした中,日本が今後も4K・8K放送を放送サービスの高度化施策として世界の先頭を切って推進していく覚悟があるとするならば,総務省が今以上に強いイニシアチブを持って関係各所の調整を図り,課題を解決していく必要があるだろう。

図8 左旋受信の可能世帯率の推計

4. 同時配信の課題

ここからは,放送と同じ番組,情報を同じタイミングでネットに配信する同時配信についてみていきたい。

4.1 NHK,民放,そして海外の状況

日本ではここ1~2年,災害や重大ニュースの発生時には地上波各局が同時配信を実施するようになってきた。ちなみにNHKでは2016年4月から本稿執筆時の同年11月末まで,熊本地震や米国大統領選挙など14回にわたり同時配信を実施している。NHKは同時配信については長らく放送法で実施が認められなかった。あくまで公共放送にとっては,放送波を活用するサービスが本来業務であり,ネットを活用したサービスはそれを補完するための業務という位置付けだったからである。しかし,通信の社会基盤化が進む中,2015年の改正放送法で,同時配信の実施が認められることとなった。以降,緊急ニュースについては以上で述べたようにNHKの判断で同時配信を行っている。

またNHKでは現在,緊急ニュース以外にも,大型スポーツイベントや,対象者を1万人に限定した1日16時間程度の同時配信も行っているがこれらはあくまで配信実験という位置付けであり,常時同時配信は認められていない。一方,民放はネットサービスの実施の有無については免許の要件とは関係がないため,放送法上の制約はない。そのため民放では,災害時だけでなく,高校野球や一部の経済情報番組等ですでに同時配信の実施が始まっている。しかし,チャンネル丸ごとを同時配信しているのは東京メトロポリタンテレビジョンだけであり注6),これについても実験という形をとっていて権利者などへの支払いは行っていない。

一方,海外に目を転じると,英国では約10年前から,米国でも2014年くらいから,地上波放送の同時配信サービスが一般的に行われており(9),日本とはずいぶんと状況が異なっている。理由はいくつかあるが,最も大きいのは,日本においては2006年からワンセグという形で,携帯端末に対しては地上波放送と同じ内容が放送波で届けられていたということがある。ただ,このサービスは携帯端末を提供する国内の大手通信キャリアーがチューナー搭載を進める協力があって初めて成り立つものであった。そのため,ユーザーの所持するモバイル端末が携帯電話からスマホに移行しチューナーが搭載されなくなるにつれて,サービスは低迷していってしまった。

図9 英米の動画配信サービスの変遷

4.2 権利処理をめぐる課題

しかし,ワンセグサービスが低迷してからも,日本では同時配信サービスは実施されてこなかった(10)。その理由として放送事業者が挙げるのが,権利処理の課題である。日本では実演家,レコード制作者などに対する権利の扱いが,放送では放送権・報酬請求権,配信では送信可能化権(許諾権)と異なっている注7)。そのため権利処理をする側の放送事業者の言い分としては,作業が煩雑で負担も大きくなりがちであること,前者は事後処理であるが後者は事前の許諾が必要とされるため,仮に許諾が得られなければ放送はできても配信はできないということが起こり得てしまうというのである。ちなみに英国では,同時配信を権利処理上,放送と同じ扱いにするよう2003年に著作権法を改正している。欧州の多くの国では,英国と同様の運用が行われているという。ただ権利者側からすると,こうした課題についてすでに運用上クリアできていることも多く,放送事業者が同時配信サービスを実施しない言い訳として用いているのではないかとの批判もある。総務省は2016年11月から,情報通信審議会情報通信政策部会内に「放送コンテンツの製作・流通の促進等に関する検討委員会」を設けて,このテーマについて,放送事業者,権利者,有識者を交えた議論を開始している。

図10 日本の動画配信サービスの変遷

4.3 民放事業者の事情

では,仮に権利処理については何らかの形で放送事業者と権利者の間で解決に向けた道筋が探れたとして,日本では同時配信サービスが進むだろうか。事態はそれほど単純ではない。それは,民放にとって同時配信を単体でビジネスモデル化することが極めて難しいからである。サービス実施には,先に述べた権利処理費用の他,システムの改修や人件費,そして何より配信コストがかかる。それに見合う収入をどこで得ていけばいいのか。もちろん同時配信サービスで,ある程度恒常的な視聴数が確保できる見込みがあれば,テレビの広告主からテレビ広告にプラスで配信分の広告費を得ることも不可能ではないだろう。しかし,かつてワンセグチューナーが携帯電話に標準搭載されていた頃でも,ワンセグを1週間に1回以上視聴するという割合は1割弱にとどまっていたという調査結果もあり注8),また,2015年に実施したNHKの同時配信の実験でも,一般参加者のうち2週間に1度視聴した人の割合は1割弱であるなど4),モバイル端末でリアルタイムに動画を視聴することに対する恒常的なニーズはそう高くはないだろうというのが民放事業者の大方の見立てである。そうなると,テレビ広告主に追加の広告料を要求するのはなかなか難しい。そのため,同時配信をどのようなプラットフォームで実施すればより多くの集客が図れるのか,また見逃し配信など,どのようなサービスと組み合わせて行えばユーザーの利便性が高まるのか,それによってどのようなビジネスモデルを構築していけるのか,この辺りがみえてこなければ着手できない,というのが民放の本音なのである。さらに放送は県域免許制でエリアごとに放送しているが,配信も同じようにエリアごとに実施するべきか,といった課題にも向き合っていかなければならない。

4.4 NHKの役割

またこの課題を考える際,同時配信に対して積極的なNHKがどのような形でサービスを実施するのかについても大きな論点になってくることは間違いない。英国では,公共放送であるBBCに,放送波によるサービスだけでなくネットによる配信サービスが本来業務として課せられており,同時配信サービスは受信許可料によって実施されている。また,その受信許可料はBBCのサービスのみならず,商業放送事業者等との共通プラットフォームの構築や国民の通信基盤の整備についても充てられてきたという歴史がある。翻って,日本のNHKは現行では配信サービスは補完業務であり,受信料の支払い対象も,テレビ端末など放送を受信できる端末を設置している世帯となっている。これをどのように時代に合わせて制度改正していくのか,また,同時配信サービスにおいて,NHKのサービスを超えた何らかの役割を担わせるべきかどうかなどについても,今後総務省で議論されていくことになるであろう。

5. おわりに

本稿では,通信放送融合時代のテレビについて,政策課題として目立つ4K・8K放送と同時配信に焦点を絞ってみてきたが,それ以外にも課題は山積している。特に,モバイル化,ブロードバンド化が進展するにつれて,ネット上には「放送に類比可能なコンテンツ配信サービス」注9)が登場してきており,放送,あるいはテレビの存在感が小さくなる中,相対的にこうしたサービスの影響力が増してきている。欧州ではすでに2007年にこうした状況を予見し,「視聴覚メディアサービス指令」が採択され,規制の対象を,従来のテレビ放送から,事業者が編集責任を持つ通信による動画配信にまで拡大している。日本でも2006年から通信・放送融合法制が検討された際に同様の議論が行われたが,日本の場合にはその議論が法改正にはつながらなかった5)。ただ,いずれかのタイミングで,日本も再び同様の議論に向き合わなければならない局面もあるであろう。その際には,現在議論されている放送政策の範疇(はんちゅう)を超えた,社会とメディアのあり方という大きな枠組みでの議論が求められてくるであろう。こうしたことも意識しながら,本稿で挙げた課題について長期的視野をもった解決策が見いだされるよう,引き続き放送政策や事業者の動向に注目していきたい。

執筆者略歴

  • 村上 圭子(むらかみ けいこ) Murakami.k-gs@nhk.or.jp

1992年NHK入局。報道局でディレクターとして「NHKスペシャル」「クローズアップ現代」等を担当,ラジオセンターを経て,現在NHK放送文化研究所 メディア研究部 メディア動向グループ主任研究員。通信放送融合時代のテレビ・放送の今後のあり方,災害情報からみる新たな情報環境と社会,政策意思決定プロセスにおける新たな討議空間とメディアなどについて取材・研究を進めている。

本文の注
注1)  村上圭子.「これからのテレビ」を巡る動向を整理する.放送研究と調査.2013,3~2016,12(Vol.9):http://ci.nii.ac.jp/vol_issue/nels/AA11207753_ja.html

注2)  ハイブリッドキャストとは,放送局等が放送とネットを連動させたサービスや,ネットを効果的に活用することによって多様なコンテンツの提供を実現するために開発された機能のことである。サービス利用には専用の対応テレビが必要である。具体的なサービスとしては,スポーツ中継を視聴中に詳細な選手のデータを閲覧できたり,地域ごとの詳細な天気や災害情報を入手することができたりするが,さらなる充実したサービスの提供を模索中である。

注3)  Over-The-Topの略。この場合,放送波,ケーブルテレビ網,IPマルチキャスト網による伝送ではなく,オープンインターネット経由で映像コンテンツを配信するサービスのことを示す。

注4)  閉域IPネットワークを通じてセットトップボックスに接続したテレビ端末に映像を配信するサービス。NTTぷららの「ひかりTV」など。

注5)  電磁波の振動方向が時間とともに回転しながら伝搬する波を円偏波という。回転方向が右は右旋,左は左旋である。

注6)  「エムキャス」という同時配信の実験サービスで,2015年7月から開始している。

注7)  情報通信審議会情報通信政策部会の「放送コンテンツの製作・流通の促進等に関する検討委員会(第2回)の資料2―4「放送番組の視聴に係る環境の変化と放送事業者の取組について」p23より。http://www.soumu.go.jp/main_content/000450753.pdf

注8)  小島博・山田亜樹・仲秋洋.「浸透するタイムシフト,広がる動画視聴:『デジタル放送調査2010』から・パートI.放送研究と調査.2011年3月号 p.5より:http://www.nhk.or.jp/bunken/summary/research/report/2011_03/110301.pdf

注9)  2007年の「通信・放送の総合的な法体系に関する研究会 報告書のポイント」p.3に同様の記載がある。http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/policyreports/chousa/tsushin_houseikikaku/pdf/071206_3.pdf

参考文献
 
© 2017 Japan Science and Technology Agency
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