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都市浸水対策の高度化:社会課題の解決に向けたデータ活用事例
渋尾 欣弘佐貫 宏李 星愛吉村 耕平田島 芳満古米 弘明佐藤 愼司
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2017 年 60 巻 2 号 p. 100-109

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著者抄録

近年,治水整備目標を超える規模の豪雨が増加傾向にあり,それに伴う水災害も深刻な問題となっている。これからの都市流域の浸水対策には,既存の治水施設や観測記録などの情報を効果的に活用していくことが求められており,特に浸水予測モデルが果たす役割は大きい。沿岸部低平地に都市部が広がるわが国においては,河川洪水,都市氾濫,沿岸部における高潮・高波などが複雑に都市浸水に影響し合うため,これらの事象を適切に評価しうるモデルが必要である。本稿では総合治水対策が進む鶴見川を対象に,河川・下水道・氾濫・海岸の各要素がシームレスに結合されたモデルを適用し,遊水地・雨水管理設備情報や時空間精緻なレーダー雨量等のデータを統合的に活用した,高度化された浸水対策への取り組みについて解説する。

 

動画はHTML版または電子付録でご覧ください。

1. はじめに

近年,局地的集中豪雨に伴う都市氾濫の被害が全国で問題となっている。気象庁の「気候変動監視レポート2015」によれば,1976~2015年の統計期間において1時間降水量50mm以上の年間発生回数が増加傾向であることが示されている(1)。1時間50mmという降水強度は,東京都が治水対策として進めてきた下水道整備の目標水準であったが,豪雨発生の増加傾向を受け,目標水準が引き上げられることとなった1)。東京都区部において水害を発生させた豪雨の7割以上が局地的集中豪雨であることが報告されていることから,雨水出水への対策は極めて重要であるといえる。その一方で下水道整備による都市浸水対策達成率注1)は,主要都市でこそ比較的高いものの地域間の格差が大きく,全国平均で約56%2)にとどまっており,都市部の浸水被害をもたらす局所的集中豪雨が増加しつつある中,今後は効果的な浸水対策が求められる。

局地的集中豪雨だけでなく,台風や低気圧による河川洪水や高潮も大規模な被害を起こすことは言うまでもない。近年の洪水では2015年関東・東北豪雨によって鬼怒川で大規模な氾濫が発生し,2016年台風10号では,東北,北海道地方に甚大な被害をもたらしている。高潮では,2004年台風16号において大潮と満潮のタイミングが重なった影響もあり瀬戸内海沿岸で3万戸を超える浸水被害をもたらしている3)

このように雨水出水,河川洪水,高潮などの浸水被害が多発する中,2015年には水防法が改正されている。この改正において,現行の洪水に係る浸水想定区域は,河川整備において対象とする降雨を前提としていた区域から,想定しうる最大規模の降雨による区域へと拡充された。また雨水出水と高潮に対する浸水想定区域制度も今回新たに創設された。これまで,河川洪水,雨水出水,高潮は,それぞれ独立した対象として解析されることが多かったが,三大湾都市部に広大なゼロメートル地帯を抱えるわが国で大規模水災害による浸水範囲を想定する際は,高潮や河川洪水など,同時生起する可能性の高い事象も含め考慮する必要がある。

また,下水道事業分野においては2014年に,従来の浸水対策のあり方を成熟化させた「ストックを活用した都市浸水対策機能向上のための新たな基本的考え方」が策定されている4)。これは現行で目標とする治水対策を着実に実施しつつ,既設の浸水対策施設や観測情報等をストックとしてとらえ活用するとともにその情報の充実を図り,他事業の施設とも連携することで,限られた時間・財源の中でも,計画を上回る降雨に対し最大限の治水効果を発揮しようとするものである。すなわち,想定しうる都市浸水に対し,既存の治水対策設備や観測情報などを積極的に活用し,浸水被害の最小化を図ることが求められている。

本稿ではこのような社会的課題背景の下,土木分野におけるデータを活用した社会課題解決に向けた研究事例として,筆者らが横浜市鶴見川都市流域を対象に取り組んでいる,治水対策施設情報,観測情報,そして浸水予測モデルを統合的に活用した都市浸水対策の高度化について解説する。

図1 アメダス1,000地点当たりの1時間50mmを超える降雨の年間発生回数

2. 鶴見川における治水対策

2.1 暴れ川の歴史

鶴見川は東京都町田市を源流とし,横浜市を流れ東京湾へと注ぐ,幹線流路延長42.5km,流域面積約235km2の一級河川である(2)。鶴見川流域は都心へのアクセスの利便性向上等に伴い1960年代から急速に都市化が進んだ。かつて10%程度であった流域の市街化率は現在85%程度まで上昇しており,1km2当たり約9,000人の流域人口密度は,全国でトップクラスである5)。鶴見川では都市化により緑地・農耕地が消失したことで,流域の保水機能や遊水機能が著しく低下し,降雨から河川へ流出する時間が早まった。その結果,雨水が短時間で河川に集中するようになり,降雨規模が同じでも洪水流量が増大することとなった。沿岸低平地に位置する鶴見川は,下流部で湾曲しているなど,もともと氾濫を起こしやすい形状にあったため,洪水流量の増大も加わって浸水被害が深刻化し,たとえば1966年台風4号では,2日雨量307mmが観測され1万1,840戸が浸水被害を受けている6)

図2 鶴見川の流域図

2.2 鶴見川における流域総合治水対策

増大した浸水の危険に備えるため,国・地域,流域自治体が一体となった総合治水対策が推進されることとなり,鶴見川は特定都市河川浸水被害対策法に基づく指定河川第1号に選ばれ,総合治水対策の下で,流域対策,河川対策,下水道対策が流域一体となって取り組まれている。

主要な治水対策として,河川事業では河道改修工事により流下能力の強化が行われるとともに,鶴見川河道に総貯留量390万m3の多目的遊水地が建設された(3)。この遊水地は日産スタジアムを含む新横浜公園一帯で,普段はテニスコートや公園として利用されているが,ある規模の洪水が発生すると遊水地へ一時的に流入させ,下流の河川水位を低下させている。動画1は2013年台風26号に伴う洪水時の多目的遊水地の様子を筆者が撮影したものであるが,図中奥を流れる鶴見川から遊水地内へと計画的に越流させて洪水調節を行っている様子がわかる。

下水道事業としては,ポンプ排水施設や雨水を地下にためる貯留管等の整備が進められてきた。中でも新羽(にっぱ)末広幹線は延長約20km,最大径8.5m,貯留量41万m3を有する最大の地下貯留管であり,河川水位とポンプ施設の運転状況に応じて,新羽末広幹線へと分流させることで都市部の雨水出水に対する治水効果を上げている。

2014年台風18号では,横浜市旭区において2日雨量403.5mmを記録したが,多目的遊水地や新羽末広幹線等の洪水調節効果によって,流域内都市部(鶴見区と港北区)では,浸水は8棟のみであった7)。前述の1966年台風4号を超える降水量でありながら,浸水が局所的であったことを考慮すると,非常に優れた大きな治水効果を上げていることがわかる。

図3 鶴見川に併設された多目的遊水地

  • 動画1 2013年台風26号時の多目的遊水地による洪水調節の様子

2.3 観測情報の高度化とデータの統融合

突発的な豪雨に伴う水害や土砂災害対策として導入が進められてきた,レーダー雨量観測網も忘れてはならない。2008年の神戸市都賀川の水難事故や局所的集中豪雨による水災害の多発を受け,国土交通省が「高性能レーダ雨量計ネットワーク」(eXtended RAdar Information Network: XRAIN)と呼ばれる豪雨の監視ネットワークの構築を推進してきた。XRAINでは,全国主要都市に設置されたレーダーにより,水平解像度250m,時間分解能1分という超高解像,かつ高精度な観測情報で,豪雨の発生や移動を準リアルタイムにモニタリングすることが可能となっている。

また,文部科学省では,データ統合・解析システム(Data Integration and Analysis System: DIAS)課題8)において,XRAINをはじめ,地球環境分野における国内外のあらゆる観測情報や,モデル解析値を収集し,超大容量ストレージへデータアーカイブの構築を行っており,それら観測データを活用した社会課題解決のための公共的情報の創出を目指している。たとえばXRAINもDIASのサービスである「AMeNOW! リアルタイム降雨情報」9)のように,自治体の防災部局担当者や研究者だけでなく,一般に広く活用することが可能となっている(4)。

このように,河川や都市における治水対策設備によって浸水被害減少の成果が上げられているとともに,高度な観測データの蓄積も着実に進められている。増加傾向にある治水整備目標規模の豪雨は,気候変動に伴ってそれらが激甚化されることが危惧されるが,限られた財源の下で遊水地や貯留管等の既存設備,集約された観測情報を最大限に活用し浸水被害を防ぐことに取り組む社会的意義は非常に大きく,そのためにも,既往洪水時による浸水状況を適切に把握するとともに,地表面下の水位の挙動を観測し,理解を深めることも重要である。

図4 DIASによる超高解像度雨量情報の準リアルタイム提供サービス http://www.diasjp.net/service/amenow/

3. 観測情報の集積

3.1 浸水実績の収集

都市部における浸水は,雨の規模や降り方,地表面くぼ地へと集中して流下する雨水,雨水排水網などの整備状況,あるいは下水道管きょの満水状況や噴き出しなどさまざまな要因に作用されるが,過去に観測された浸水実績によって特徴を把握することは,重点的な浸水リスク対策・解消計画を検討する際に重要である。またそのような情報は,後述する数値解析モデルの検証に不可欠である。著者らは鶴見川流域都市部を対象に,ストック情報の充実化として,過去に生じた浸水に係る情報の収集に取り組んでいる。

浸水実績の収集には,台風による人的被害や,床上,床下浸水など住家被害がまとめられた自治体の記者発表資料等が活用できる。また,鶴見川においては,国土交通省京浜河川事務所が管理する「マルチコール」と呼ばれるメール配信サービスも活用できる。これは5に示すような市街地に設置された浸水検知センサーや,流域に設置されている雨量計,鶴見川河道における水位計などによる計測値が基準値を超えたときに,注意喚起を促す情報を住民にメール配信するサービスである。これらの情報を地図表示したのが6である。ここでは2014年台風18号の際に浸水報告があった7地域と,先述の浸水検知センサーの位置を示している。このように浸水情報を集積していくことで,地域の浸水に対する特徴が知見として蓄積されていく。

図5 横浜市港北区に設置された浸水検知センサー
図6 2014年台風18号時における浸水情報の可視化注2)

3.2 雨水管きょにおける水位計測

降雨や河川水位など地表面上における情報は,DIASの登場などによって容易に入手できるようになってきたものの,雨水桝(ます)やマンホールを介して下水道管へと入った雨水の流れは,その計測が容易にできないこともあって情報が圧倒的に不足している。2016年には国土交通省から「下水道管きょ等における水位等観測を推進するための手引き(案)」10)が出され,全国的な観測体制の強化が始まりつつある。

筆者らは鶴見川都市部における下水道網の水位情報を収集,分析し,ネットワークの特徴の把握や数値予測モデルの検定などに活用するため,国土交通省下水道技術研究開発課題(通称GAIAプロジェクト)「河川・下水道のシームレスモデルを用いたリアルタイム浸水予測手法の開発」の枠組みの下,横浜市の協力を得ながら下水道管きょ内の水位観測を開始している。当該地域には鶴見第二幹線,北綱島第二幹線,太尾第二幹線などの雨水幹線が整備されているが,それらの幹線に水位計を設置し,観測器を定期的に入れ替えることで,降雨に対する下水道管きょ網の実応答を面的かつ長期的に記録している。

基本的に雨水幹線は下流端でポンプ排水設備に接続されており,ある雨水排水区に降った雨は幹線を通してポンプ場へと流下する。通常ポンプ場からは河川等へと排水されるが,鶴見川都市部の雨水幹線には分水堰(せき)が設けられている場合があり,規模の大きな降雨に対しては,ポンプ排水だけでなく,越流堰を介して前述の新羽末広幹線へと分流されることで,雨水出水への対策が強化されている。

7は2016年12月の水位計点検作業の際に撮影された,樽町ポンプ場の地下12m程度の深さにある分水施設の中の様子である。写真右手奥にある壁が越流堰であり,約3mの高さがある。雨水幹線を通じてこの施設へと流入した雨水は,基本的に鶴見川にポンプ排水されるが,強い雨に対しては図右手に写る越流堰を通して,その先,地下65mほどの深さにある新羽末広幹線へと流れるように設計されている。筆者らはこのような貯留管の末端箇所に観測器(7左下)を設置し,水位を記録している。

8はこのポンプ場において計測された2016年の水位記録である(下段)。8上段には参考情報として降雨量を示している。この図から明らかなように,降雨の都度,ポンプ施設への流入があり,ほとんどの降雨に対して2m未満の水位応答を示している。

すでに述べたように,この施設には3mの越流堰が設けられているが,7月15日と8月4日付近の2回において3mを超える水位が観測されている。対応する降雨を見ると,それぞれ10分雨量20mmと15mm程度の短時間に集中的な雨が確認されているが,これらの情報から,おおむね10分雨量10mm未満のような雨に対しては鶴見川へと排水され,それより強い規模の降雨の場合には,堰を超えて新羽末広幹線へと分流されていることがわかる。

下水道網は設計当初と比較して,流入土砂の堆積などの経年変化によって排水特性が変化していくことが想定される。ここで示すような水位観測を長期的に続けることにより,計画上の設計条件ではわからない,実際の大雨に対する下水道網の応答が得られる。

図7 雨水排水施設における水位計点検作業の様子
図8 10分間雨量と下水道施設内の観測水位

4. リアルタイム浸水予測技術の開発

4.1 浸水予測モデルの活用

河川洪水や都市浸水,高潮などの水災害の評価を行うにあたり,近年では数値モデルの活用が常識化しつつある。たとえば過去に生じた河川洪水の評価を行うには,その時の降雨をはじめとする気象条件や洪水調節量等の情報をモデルに与え,その洪水をシミュレーションにより再現する。過去の事象をモデルで再現できるようになると,異なる降雨規模に対する河川洪水の規模が予測されるようになる。都市浸水対策の高度化を検討する場合も,過去の浸水実績で検定された予測モデルを活用することが必要になる。また,その際には,前章で述べたような下水道管きょ内の水位データの有無がモデルの評価に大きく貢献する。

4.2 都市浸水対策の高度化に向けた課題

都市浸水予測においてもモデル活用は有効である一方,沿岸部低平地を流れる都市流域でモデルを構築するにはさまざまな課題に取り組む必要があり,現在も研究開発が続けられている分野である。

一般に,下水道施設の設計では一様で定常な降雨条件を与えた下水道網の水理計算が行われるが,そのような方法では,豪雨の局所性をとらえてモデルに組み入れることができない。冒頭で述べたように,短時間で局地的に集中する豪雨が増えており,そのような降雨に対しては,XRAINなどの時空間精緻なレーダー雨量を活用するなどし,雨域の情報を適切に反映することが必要となる。

管路内の流れの計算においては,下水道排水先に接続する河川水位が管きょ内の流れに及ぼす背水効果の影響を考慮するとともに,逆に下水道排水が河川水位に与える影響も考慮する必要がある。またポンプ施設による排水量の変化が河川水位や下水道網に及ぼす影響も考慮しなければならない。さらには,河川の水位は上流からの流出量に規定されるため,河川水位の予測も重要となる。その際には,前述の多目的遊水地などの洪水調節効果を適切にモデルに組み入れる必要がある。同様に都市河川下流部においても,沿岸部河口部における潮汐変動が,河川水位,そして下水道排水能力に及ぼす影響も考慮する必要がある。

すなわち沿岸低平地都市域における浸水を精度よく予測するためには,都市浸水モデルの高度化に加え,河川洪水モデル・沿岸水理モデルとの統合により,複合的な水理事象を一体的に解くことのできるモデルが必要となる。

4.3 河川,下水道,氾濫,海岸のシームレス結合モデル

都市浸水対策の高度化における課題背景に鑑み,2012年から2014年にかけて,国土交通省河川砂防技術研究開発研究課題「沿岸低平地における河川,下水道,海岸のシームレスモデルに基づく実時間氾濫予測システムの構築」が実施され,河道モデル,下水道モデル,沿岸水理モデルが結合されたシームレスモデルが鶴見川都市部を対象に開発された11)。シームレス結合モデルは9の概念図に示されるように,河口部の水位を規定する沿岸水理モデル,1次元河川流モデル,下水道モデル,そして氾濫モデルが結合されており,これら各要素モデルに基づく,河川,下水道,氾濫,海岸の一体的な計算が可能である。

流域上流においては分布型水循環モデル(Water and Energy Budget-based Distributed Hydrological Model, WEB-DHM)12)により計算された河川洪水が与えられる。一方,河口部においては沿岸水理モデルによって潮汐や高潮による水位変動が与えられる。そして流域都市区間において,河川流モデル,下水道モデル,氾濫モデルがそれぞれに流量と水位の情報を相互に与えることで,排水先水位を考慮した下水道管きょの非定常な水理計算や,地表面勾配を考慮した内水氾濫計算,河川や海岸堤防を越流してくる外水氾濫の計算に対応している。モデル計算に必要な気象外力としては,XRAINによる時空間精緻な降水量を与えることで局所的集中豪雨に対応させるとともに,さらには気象数値予測値を与えることで,予測リードタイムの確保などが可能となっている。

シームレスモデルではリアルタイムな浸水予測に向けた計算の高速化にも取り組んでいる。複雑な下水道網の解析は最も計算時間のかかる箇所であるが,末端管きょをランピングする手法13)の検討も行われている。この手法では,詳細な下水道モデルを主要な雨水幹線とそれに接続する小排水区に置き換え,集約化された斜面流域で表現する。これに非線形貯留池モデルを適用してそのパラメーターを集水面積を用いて調整することで,詳細な下水道モデルと同等な流出計算を得る手法である。これにより詳細なネットワーク全体の計算を同等かつ簡略な下水道網で表現することが可能となる。

シームレスモデルによる浸水再現解析の例として,2014年台風18号の浸水再現計算を動画2に示す。図左上にはモデル外力として与えられるXRAINが表示されており,台風の襲来により広範囲にわたり強い雨が降っている様子がわかる。図左下には上流からの洪水流量と下流河口部における水位変動,そして下水道網からの排水量が考慮された河道縦断方向水位が示され,上端と下端にそれぞれ堤防高と河床高が示されている。3か所の基準点(WL2, WL3, WL4)において避難勧告等の発令判断の目安が色付けされており,STADIUMと記されている箇所が多目的遊水地で,河道水位がこの越流堤の高さを超えると動画1に示したように遊水地への越流によって洪水調節が行われる。

動画中央全体に示されるネットワーク状の線が下水道網であり,管路が満管状態に近づくほど緑から赤に色が変化する。さらに下水管がいっぱいになりマンホールから地表面へ逆流するような状態は丸印によって示されている。そして,地表面においては勾配により流下した雨水や河川からの越流による浸水の様子(多目的遊水地付近)もオーバーレイ表示される。本稿のHTML版および電子付録には動画が掲載されているので参考にされたい。

すでに述べたように数値解析による予測にはモデル検定を行う必要がある。2014年台風18号では多目的遊水地により153.6万m3,新羽末広幹線により38万m3の治水効果があったと報告されているが,シームレスモデルによる解析ではそれぞれ178.5万m3,38.8万m3と,まずまずの結果が得られた。また河道水位におけるモデル検定も高い予測精度を示している14)。GAIAプロジェクトでは,浸水実績の収集や,下水道管きょに設置した水位計による下水道水位の長期的記録を実施しているが,そのような都市浸水に係る情報の充実化を継続し,それらをモデル検定等に活用していくことが,浸水予測の実用化に重要である。

図9 シームレスモデルの各要素モデルの結合スキーム

  • 動画2 2014年台風18号の浸水再現解析注2)

5. おわりに

公共事業関係費は1997年度をピークに減少傾向にあり,河川事業や下水道事業における治水整備が目標水準に達成するまでしばらく時間がかかることが予想される。冒頭で述べたように整備水準を超える規模の豪雨が増加傾向にあることに加え,高度経済成長期に集中的に整備されたインフラの老朽化も大きな問題となっており,費用対効果の高い整備計画を推進していくことが今後重要である。そして,効果的な都市浸水対策や雨水管理・制御を検討するうえで,シミュレーションにさまざまな降雨条件を与えて浸水予測を行ったり,新たな貯留施設による治水効果を検討したり,あるいは既存のポンプ施設の排水操作を仮想的に変更したり等の数値実験は有効な手法となる。

また,これまでの河川事業と下水道事業では管理分担区分に基づき治水対策における責任範囲が明確に分けられてきたが,これからの浸水対策はストック活用の原則にのっとり,関係部局が連携しそれぞれのもつ治水設備を弾力的かつ効果的に活用し,想定を超える水災害に備えることが望ましい。そのような連携には,シームレスモデルのような河川,下水道,海岸の関連部局共通のツールが必要となる。筆者らはDIASを活用したリアルタイムな浸水予測の実用化を進めているが,治水施設のハード情報,準リアルタイムに観測される情報,そして予測モデルを統合的に活用して都市浸水対策に取り組むアプローチは,他分野における社会課題解決に向けて応用が可能と思われる。

 謝辞

本研究は,国土交通省河川砂防技術研究開発2012~2014年度課題「沿岸低平地における河川,下水道,海岸のシームレスモデルに基づく実時間氾濫予測システムの構築」において実施され,現在は同省下水道技術研究開発課題「河川・下水道のシームレスモデルを用いたリアルタイム浸水予測手法の開発」の枠組みの下,文部科学省データ統合・解析システム(DIAS)によるデータを活用し,横浜市環境創造局と関東地方整備局京浜河川事務所の協力を得ながら実施されている。

執筆者略歴

  • 渋尾 欣弘(しぶお よしひろ) shibuo@icharm.org

国立研究開発法人土木研究所専門研究員/政策研究大学院大学連携准教授。河川洪水や都市浸水予測モデルをDIASへ実装し,準リアルタイムなデータを活用した水災害予測に取り組む。

  • 佐貫 宏(さぬき ひろし) hiroshi.sanuki@mail.penta-ocean.co.jp

1998年五洋建設株式会社入社。現在,同社技術研究所に所属。海岸工学を専門としながら現場経験に基づいたさまざまなシミュレーションモデルの開発とその現地適用に取り組む。今回紹介したシームレス結合モデルもその一つ。

  • 李 星愛(り すんえ) sungae@env.t.u-tokyo.ac.jp

東京大学大学院 工学系研究科都市工学専攻特任研究員。都市河川流域における下水道施設による排水効果を考慮した内水氾濫解析と,沿岸域3次元流動水質モデルを用いた大腸菌の消長に関する研究に取り組む。

  • 吉村 耕平(よしむら こうへい) yoshimura.kouhei@kochi-tech.ac.jp

高知工科大学 社会マネジメントシステム研究センター助教。吉野川や鏡川といった四国の河川を中心に,気候変動に対しての適応策としての防災対策を,自治体や住民を交えて水文モデルを活用して研究を進めている。

  • 田島 芳満(たじま よしみつ) yoshitaji@coastal.t.u-tokyo.ac.jp

東京大学大学院 工学系研究科社会基盤学専攻教授。波浪伝播や海浜変形機構,海岸侵食対策工や環境保全などの沿岸域に関わる研究課題に取り組む。

  • 古米 弘明(ふるまい ひろあき) furumai@env.t.u-tokyo.ac.jp

東京大学大学院 工学系研究科附属 水環境制御研究センター教授。水環境保全・制御,都市雨水管理,水源水質評価などの都市水環境に関わる研究課題に取り組む。

  • 佐藤 愼司(さとう しんじ) sato@coastal.t.u-tokyo.ac.jp

東京大学大学院 工学系研究科社会基盤学専攻教授。海岸侵食対策や津波・高潮災害の予測・被害軽減策に取り組む。

本文の注
注1)  都市浸水対策の整備対象地域の面積のうち,目標とする降雨規模に対し,整備が完了している区域の面積の割合。

注2)  千葉ら(参考文献15)による赤色立体地図の手法を用いて図化。

参考文献
 
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