2017 年 60 巻 2 号 p. 132-136
「Googleは,ますます,私たちがそれを通して世界を見るレンズとなっている。Googleは,私たちが真であり,かつ重要であると考えるものを反映するというよりも,屈折させる。私たちがデジタル情報の世界全体を検索し,探究するとき,この検索や探究をフィルターにかけ,その焦点をどこに置くかを決定するのだ」
――情報学者ヴァイディヤナタン(Siva Vaidhyanathan)は,このように述べる1)。
世界の検索市場シェアを見ると,Googleが92.35%と圧倒的である(2017年2月)2)。2017年2月現在,世界的にみると,検索=Googleといってよい状況であることがわかる注1)。
前出のヴァイディヤナタンの言を借りれば,私たちは検索という「レンズ」を通して,デジタル世界をのぞいているものの,そのレンズはある種のゆがみをもっているようなのだ。
2007年放映の「NHKスペシャル グーグル革命の衝撃」には,Googleが検索結果を表示するアルゴリズムを変えてしまったせいで,検索結果上位に表示されなくなってしまい,売り上げが急落し,倒産してしまったインターネット通販会社の社長が登場する3)。
検索のアルゴリズムによって,まさに人生が左右されてしまうのである。インターネットの時代において,検索で見つからなければ,存在しないと同じなのだ。すなわち「存在するとはGoogleに索引化されること(“Esse est indicato in Google”)」注2),4)である。
だから,Webでビジネスを行う人々は,検索結果上位に表示されるよう必死である。SEO(Search Engine Optimization:サーチエンジン最適化)という技術が登場し,発展してきたのも,このような事情があるからだ。
SEOは,検索結果表示アルゴリズムを推測し,そのアルゴリズムに従って検索結果の上位に表示されやすいように,WebサイトやWebページを調整するのが基本である。
たとえば,Googleは,「PageRank」と呼ばれる検索結果表示アルゴリズムを使っていることが知られている。この基本的アイデアは,引用索引(citation index)に由来する。すなわち,多くの文献に引用される論文は重要な論文であるという知見を応用して,たくさんのリンクが張られているWebサイトやWebページは重要だという仮定を置き,この仮定に基づいて,検索結果表示を行うのが,PageRankの基本的な考えだ1),5)。このアルゴリズムのアイデアは,Googleの共同開発者であり,同名の企業の共同創業者であるラリー・ペイジ(Larry Page 1973-)とセルゲイ・ブリン(Sergey Brin 1973-)の発表した論文で示されたものである注3)。
ところが,この基本的アルゴリズムを悪用するSEO事業者が現れる。つまり,ダミーのWebサイトやWebページを多数つくり,そこから検索結果の表示順位を上げたいWebサイトやWebページにリンクを張ることで,内容がたいしたことがなくても,重要であるかのように見せることが始まったのである6)。
すでに述べたように,検索されなければ,そして検索結果上位に表示されなければ,インターネット上で,その情報はなきに等しいので,SEOそのものは否定されるべき行為ではないし,そのビジネスもまた否定されるべきではない。
しかしながら,ガラクタのような情報や有害な情報が,巧妙なSEOによって検索結果上位に表示されるとなれば,これはインターネットユーザーにとっては脅威である。使い物にならない情報や,場合によっては自分や家族などに害をなす情報が,検索結果上位に表示されるために,それが重要だと信じて使ってしまう可能性があるからである注4)。
Googleの側では,SEOによって,価値の低い情報や有害な情報が検索結果上位に上がるのを防ぎ,ユーザーにとってより役に立つ情報や重要な情報が上位に表示されるよう,日常的に検索結果の表示アルゴリズムを見直している。
このようなアルゴリズムの見直しと更新は,「パンダ」と「ペンギン」と呼ばれる2つの考え方で行われている。パンダとは,主に,内容がない,または質の低いWebサイトやWebページが検索上位に来ないように検索アルゴリズムをチューニングすることである。一方,ペンギンとは,多数の無意味なリンクが張られているWebサイトやWebページが検索上位に来ないように調整することである注5)。最近では,Googleが公式に発表した限りでは,ペンギンアップデートが,2016年9月注6),パンダアップデートとは呼ばれないが,低品質なサイトへの対策が,2017年2月に行われている注7)。
アルゴリズムが変更されると,前出のように,突然自分のインターネット通販サイトが検索結果上位に表示されなくなるなどの問題が起こる場合もあるので,アルゴリズム変更に追随するのは,インターネットでビジネスを行う企業・商店等にとっては死活問題である。Googleは検索結果表示アルゴリズムを公開しないので,インターネットでビジネスを行う企業・商店やSEO事業者は,必死になって,そのアルゴリズムを推測し,自分のWebサイトやWebページが検索結果上位に表示されるように調整を行う。
インターネットユーザーからみても,Googleをはじめとするサーチエンジンの検索結果の表示アルゴリズムが公開されていないことには,問題があると指摘する学者もいる注8)。たとえば,インターネットユーザーの立場から考えると,検索結果表示には,「客観的基準」があるのか疑問が残ると,倫理学者のヒンマン(Lawrence M. Hinman)は指摘する4)。また,法学者パスカル(Frank Pasquale)は,アルゴリズムをハッキングして検索結果上位に表示させようとするSEO事業者と,それを防ぎ,ユーザーに有意味な情報を届けようとするサーチエンジンとの間でいたちごっこのような競争が行われており,その結果として,SEO事業者が無意味な情報や有害な情報を上位に表示できないようアルゴリズムが秘匿される傾向があると,指摘している7)。
また,そもそもサーチエンジンの索引化および検索や,検索結果の表示には,バイアスがかかっているものだと指摘する学者もいる。情報倫理学者のイントローナ(Lucas D. Introna)とニッセンバウム(Helen Nissenbaum)は,一貫してある種のタイプのWebサイトを優遇し,別のタイプのWebサイトを排除するという傾向があるという。これは,上記のアルゴリズムのせいである注9),8)。
一般的に,サーチエンジンは,Webサイトを開設する事業者等から広告料金を受け取って,さまざまな手段でユーザーに対して広告情報を表示している。これが検索結果にバイアスを与える場合もあるかもしれない。実際,Googleに買収されたGoToというサーチエンジンでは,広告料金を支払った事業者のWebサイトが,検索結果上位に表示された。
ところが,Googleの場合,GoTo買収後,その広告のメカニズムを導入したものの,広告が検索結果にできるだけ影響しないように配慮されている。すなわち,広告料金を受け取って表示する検索結果は,「オーガニック」と呼ばれる広告料金を受け取っていない検索結果とは区別して,ユーザーにそれとわかるように表示される9)。
さらには,サーチエンジン特有のアルゴリズムのバイアスに限らず,コンピューターシステムの開発には常にバイアスが伴うという,ブレイ(Philip Brey)やニッセンバウムなど情報倫理学者の指摘もある10),11)。
これに対して,ゴールドマン(Eric Goldman)は,サーチエンジンのバイアスは,そもそもサーチエンジン企業が編集的判断を行っているのだから,あって当然だとする。サーチエンジン企業は,どんな情報を集め,情報のデータベースからどんな情報を提示すべきか編集権限をふるえば,その結果当然バイアスが生じる12)。つまり,サーチエンジン企業は,一種のメディア企業なのである注10)。
さらに,Googleをはじめとするサーチエンジンは,検索を行うインターネットユーザーの嗜好・関心等を追跡し,それに応じて検索結果の表示を変更する「パーソナライズ」を行っている。このパーソナライズが進むことによって,検索結果のバイアスがならされていくのではないかと,前出のゴールドマンは推論する。つまり,多数の主観的な嗜好・関心を総合することで,平均的な検索結果表示が生まれると期待する12)。この平均的な表示は,確かに一種(客観的ではないとしても)間主観的な表示結果を生む可能性はありそうだ。
一方で,哲学者のエルジェズム(Dag Elgesem)は,カントの「理性の公的使用」という概念を用いて,サーチエンジンのバイアスを考えるべきだと主張する。サーチエンジンは,ユーザーに対して,その検索に対して最も妥当な情報は何かを「証言」できるとする。SEOスパム業者への対抗のため,個々のアルゴリズムは公開しないまでも,情報検索結果表示の方針(policy)を示し,それに従う義務があるとする9)。
Googleは,アルゴリズムを大きく変更する際には,その方針を示しているから,おそらくエルジェズムの要請を満たしていると考えられる。
ところが,方針に従って検索結果を表示しているかどうか,私たちは,アルゴリズムが隠されている限り,原則的には,サーチエンジンが公的に宣言することを信じるしかない。また,そもそも私たちは,自分に有用であったり,重要であったりする情報が欲しいのであって,アルゴリズムや方針を確かめたいわけではないだろう。
おそらく,私たちは,サーチエンジンの検索結果の表示が客観的かつ中立的なものではなく,何らかのバイアスがかかっている事実を知ったうえでサーチエンジンを利用する必要がある。そして,自分自身が専門とする,またはよく知っている分野について,おかしな情報の表示があった場合には,何らかの声を上げていく必要があるかもしれない。
一方で,政府や業界団体,マスメディアなどは,サーチエンジンの検索結果表示に一定のバイアスがある事実について,ユーザーの啓発に努める必要があるだろう。
併せて,情報通信技術の専門家や,情報倫理・情報セキュリティー等に関心をもつ人々が,上記の方針やアルゴリズムを巡る攻防には目を光らせていく必要があるように思う。検索結果表示の方針やアルゴリズムに関して,適切な情報提供や社会的発言等が求められる場合があるように思われる。
筆者が受けた朝日新聞社大阪支社 村上英樹記者の取材が,本稿の着想を得る大きなきっかけとなった。村上氏らの取材は,参考文献13にまとまっているので,参照願いたい。
吉備国際大学アニメーション文化学部准教授。専攻は,情報倫理学・情報通信技術の科学技術史。著書は,『アウト・オブ・コントロール:ネットにおける情報共有・セキュリティ・匿名性』(岩波書店,2008年),土屋俊監修『改訂新版 情報倫理入門』(アイ・ケイ コーポレーション,2014年)など。