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電子透かしによる著作権保護への取り組み:静止画・動画の導入状況と,今後の可能性を探る
小林 敦長谷川 朗福田 美穂
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2017 年 60 巻 2 号 p. 89-99

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著者抄録

デジタルコンテンツにおける著作権保護の仕組みの一つとして,電子透かしがある。静止画の著作権保護では,放送局,新聞社,雑誌社の他,製造業などでも導入されている。一方,映像の著作権保護では,特定の事業者間のコンテンツ利用契約の順守を目的に導入されたケースはあるが,不特定の個人が動画投稿サイトに不正アップロードするのを抑止する目的では,処理時間と計算機パワーの問題に加えて,DRM(Digital Rights Management)との競合などもあり,導入は進んでいない。しかしながら今後は,DRMを補完する形で不正行為者を特定する用途や,STB(Set Top Box)などエッジ装置での電子透かし埋め込みの可能性もあり,引き続き適用先の開拓を進めてゆく。

 

本稿の著作権は三菱電機インフォメーションシステムズ(株),(株)フォーカスシステムズおよびアイティアクセス(株)に帰属する。

1. はじめに

画像,映像,音楽などのデジタルコンテンツは,複製や転送を経てもその品質が劣化しないため,DVD(あるいはBlu-ray)媒体の複製や,インターネット上の投稿サイトへのアップロードなど不正行為が後を絶たない。その中で近年,著作権保護の仕組みとして,電子透かしによる不正行為のけん制・抑止施策があり,ソーシャルDRM(Digital Rights Management:デジタル著作権管理)とも呼ばれている。

本稿では,電子透かしの技術動向とともに,コンテンツ流通市場における著作権保護用途への電子透かしの導入に向けた取り組みについて,まず導入が進んでいる静止画への適用,続いて特定の事業者での限定的な導入にとどまっている映像(動画)への適用に分けて述べ,最後に電子透かしの今後の可能性を示す。

2. 電子透かしの概要

2.1 電子透かしとは

電子透かしとは,映像,画像,音楽,および電子書籍などのデジタルコンテンツ自体に,人が識別できない程度の微小な変化を与えて,情報を埋め込む技術である。たとえば,映像コンテンツへの電子透かしの埋め込みでは,映像信号の輝度や色差成分をビット操作するなどにより,必要な情報を埋め込む。合理的な埋め込み部位の選択や,ビット操作の方法などにおいて,各社が技術を競っている。

電子透かしにおいては,コンテンツと情報は不可分であり,常にコンテンツとともに情報を流通させることができる。また,映像,画像,電子書籍に埋め込まれた電子透かしは人の目に見えず,音声に埋め込まれた電子透かしは人の耳には聞こえない。どこに埋め込まれているかはわからないという点では,目には見えるが技術的に複製が困難なことで偽造を防止する紙幣の透かしとは考え方が異なる。電子データにおいては,どこに埋め込まれているかがわかると,埋め込まれた情報の除去や改ざんが容易にできてしまうため,アルゴリズムは非公開とし,限られた人しか埋め込み・検出もしくは除去ができないようにするのである(1)。

したがって,コンテンツに埋め込まれた電子透かしは,専用のソフトウェアもしくは装置によって検出する。まず,埋め込み時と同様のアルゴリズムを用いて,どの部位にどのようなビット操作がなされたかを特定する。次に,それらビット操作の内容を抽出・集積すると,埋め込まれた情報を復元することができる。情報の実体はビット列であり,用途にもよるが,多くの場合は意味を持つ文字列や数字である。

図1 電子透かしとは(映像コンテンツの例)

2.2 電子透かしの要件

電子透かしには,以下の要件が求められる。

  • (1)コンテンツの品質(画質や音質)への影響が最小限であること。電子透かしによって,コンテンツの価値を損なわないこと。
  • (2)コンテンツにさまざまな加工がされても,埋め込まれた電子透かしの情報が消えないこと。著作権保護の目的では,どのような編集や圧縮,変換が行われても,コンテンツに著作権を保護するだけの市場価値がある限りは電子透かしも有効で,検出が可能であること。(攻撃への耐性)
  • (3)利用目的に即した必要十分な情報量を電子透かしで埋め込めること。たとえば,法的な証拠力となりうる,意味のある情報を埋め込めること。

これら3つの要件はトレードオフの関係にあり,たとえば埋め込む情報量を増やすと,コンテンツ上の限られた部位に情報を埋め込む際の冗長度(=同じ情報を繰り返し埋め込むこと)が下がり,その結果,もしコンテンツが加工された場合には,情報を正しく読み出せる可能性が低下する。一方,コンテンツが加工されても情報を正しく読み出せるように,埋め込み強度を高めるために,ビット操作の量を増やすと,コンテンツの品質が悪化する。これらのトレードオフにおいては,目的や用途に応じて重みを置くところが異なる。たとえば,放送波に乗せる番組映像への電子透かしの埋め込み強度は,放送局の映像の専門家が見ても画質の劣化がわからないレベルに抑えるなどである。

2.3 電子透かしの用途

ここでは,電子透かし技術の開発において,かねてより想定されてきた用途を挙げる。

(1) 著作権保護

コンテンツの不正流通の防止,インターネット上の投稿サイトへの不正アップロード防止などである。従来,コンテンツの付帯情報として利用制御情報や著作権を主張する情報を付加して流通させる方法があったが,それら付帯情報は容易に削除される恐れがあった。その点,電子透かしはコンテンツそのものに直接,情報が埋め込まれており不可分ゆえ,必ずコンテンツと一緒に流通させることができる。つまりコンテンツが複製されると,電子透かしも一緒に複製されるのである。

それゆえ,電子透かしで著作権者の情報や,提供先に関わる情報を埋め込むことで,けん制効果により違法行為を抑止することが可能となる1)

埋め込む情報によって,けん制効果は変わってくる。コンテンツが誰の著作物かという著作権者情報を埋め込む方法は,固定的な情報をあらかじめ埋め込んでおくことができるため,システムは簡単で作業負荷も少ないが,流出時には誰が流出させたのかまではわからず,抑止力も限定的である。

一方,コンテンツを誰に渡したかという提供先情報を埋め込む方法は,流出元を特定することができ,強力な抑止力となる。たとえば,個人へのコンテンツ提供(販売)において,会員番号を埋め込むなどである。ただし,Webページでの表示やダウンロードなどの場合,コンテンツの提供先が確定してから,実際にコンテンツが表示されるもしくはダウンロードを開始するまでの短時間に個別情報を埋め込む必要があり,システム性能面の考慮が必要となる。

また,提供先情報の埋め込みと類似の例として,大手映画配給会社が主体となって策定したDCI(Digital Cinema Initiatives)規格では,どこの映画館,スクリーンでいつ投影されたものかという情報を,映写機が電子透かしとして埋め込んで投影する2)。これにより,再撮行為(映画館の画面をビデオカメラで撮影すること)によって不正流通した映像から,上映した映画館を特定し,管理責任を追及することが可能である。

(2) コンテンツの実体管理

画像や映像などのコンテンツファイルは,一定の規則に従ってファイル名を付与して管理するのが一般的である。しかし,ファイル名を変更されてしまうと,コンテンツを識別する手段がなくなる。その解決策の一つとして,コンテンツに電子透かしを埋め込み,識別および管理する方法がある。

(3) コンテンツの改ざん検知

原本性が重要となる研究機関のデータや,証拠写真,監視カメラ映像などにおける,改ざん検知の用途もある。コンテンツ全体に広く電子透かしを埋め込んでおき,もしコンテンツが改ざんされた場合には,改ざん部位の電子透かしが破壊されて検出不可能となることを利用して,改ざん箇所の特定を行う。

(4) マーケティングへの応用

O2O(Online to Offline)の用途としては,市中のデジタルサイネージ(電子看板)の映像や音声に電子透かしを埋め込んでおき,スマートフォンでそれをキャプチャーした消費者を,キャンペーンサイトに誘導したり,クーポンを提供したりするなどが挙げられる。

また,後述の巡回監視(クローリング)の仕組みを応用して,該当コンテンツがインターネット上でどのように拡散したか,どのような使い方をされているかを探索する方法もある。

(5) その他の応用可能性

テレビ局においては,料理番組をスマートフォンで撮影すると料理のレシピが現れたり,歌番組を撮影すると歌詞が現れたりといった付加サービスの可能性がある。

他に,見た目は同じ画像や映像でも,その中にまったく違う情報を隠しもつことができる(データハイディング技術と呼ばれる)ことを生かして,ゲームアプリケーションなどに適用できる可能性がある。

3. 静止画の著作権保護への適用

コンシューマー機器(端末)の性能向上,SNS(Social Networking Service)の普及などにより,誰でも簡単にデジタルコンテンツを利用,拡散できる時代となった。その中で,電子透かしは著作権保護の仕組みの一つとして,主に静止画への導入が進んでいる。

3.1 各業界での応用例

ここでは静止画の著作権保護について,実際に産業界で使われている例を挙げる。

(1) 放送局

放送局では,新聞や雑誌に掲載される番組表(ラジオ・テレビ欄)や番組宣伝用として提供する画像に,電子透かしを埋め込んでいる。これら画像は高解像度であり,かつタレントの画像が含まれることも多いため厳格に管理する必要があり,同じ画像でもそれぞれの提供先情報を電子透かしで埋め込んでから提供している。また,ログインが必要な会員Webサイトを介して画像を提供する場合においても,提供先の会員の固有情報を埋め込んだうえで会員ページ上に画像を表示するようにしている。

(2) 新聞社・出版社

新聞社や出版社では,インターネット上で一般公開する画像において,自社の著作物であることを主張する情報を電子透かしで埋め込んでいる。さらに,個別の売買契約の下で報道写真を雑誌社や新聞社に販売する場合には,前述の放送局と同様に提供先情報を埋め込んでいる。実際に,著作権侵害事件において電子透かしが証拠力を発揮した結果,書類送検に至った例もある3)

2の例では,電子透かしを埋め込んでいることを周知することにより,抑止力を高めている。これをあえて周知せずに,提供先の動きを監視する場合もある。

図2 新聞社による電子透かし導入例(電子透かしの埋め込みを周知,けん制している)

(3) 製造業

製造業では,発表前の新製品情報の漏えいは企業経営に影響することもあり,新製品画像の保護に電子透かしを適用している。発表前でもCMやカタログ制作に関わる画像の提供先は多岐にわたるが,その際に個別の提供先情報を電子透かしで埋め込んでいる。多くの段階を経てコンテンツが流通する場合には,中間の業者が,不正行為者は自分たちではないという身の潔白を証明するために,コンテンツを渡す次の相手先の識別情報を電子透かしで埋め込む場合もある。

なお,これらの場合は,電子透かしを埋め込んでいることを公表せずに,万一の場合の非公開調査に使われることが多い。

(4) 中古商品再販業

中古商品の再販業では,自社がコストをかけて撮影した商品の画像を,競合他社が無断使用する問題が起こっている。量産品とは異なり,その個体しか存在しない中古商品では,画像の無断使用により販売行為自体も競合他社に奪われてしまうことがある。特に高額な商品では大きな問題となっており,対策として自社が撮影したことを示す情報を,電子透かしで画像に埋め込んでいる。

3.2 巡回監視の重要性

いずれの応用例においても,インターネット上に不正流出した画像を巡回監視する仕組みの存在が大きな意味をもつ。株式会社フォーカスシステムズでは,電子透かし埋め込みソフトウェアacuagraphyの販売に,巡回監視サービスを組み合わせて提供している。この巡回サービスはインターネット上を常時巡回監視し,所定の電子透かしが埋め込まれた映像を検出すると,加入者に自動通知することが可能である。

一般的には,巡回の起点となるWebページのURLをシステムにセットし,そこから内部,外部共にリンクをたどる形で巡回監視する。また,不正流出した画像をより早く発見し,拡散前に対処するために,関連するキーワードやハッシュタグを使ったテキストマイニングとの連携や,他の画像認識技術との併用なども検討されている。

4. 映像の著作権保護への適用

ここでは,前述の静止画への適用と異なり,いまだ限定的な導入にとどまっている映像への適用状況を述べる。

4.1 技術的課題の克服と商用化

三菱電機インフォメーションシステムズ株式会社が2011年に商用化したハイビジョン映像用電子透かしでは,電子透かしによる画質劣化の影響を最小限にして映像品質を担保するため,全フレームの映像全面に広く電子透かしを埋め込む。その際に,入力映像の特徴を解析することにより,電子透かしが映像品質に与える影響を推定し,適切な埋め込み位置・埋め込み強度を決定するアルゴリズムとし,人が視認し難い部位に強く,人が視認しやすい部位に弱く電子透かしを埋め込むよう強度を調整することにより,映像品質と検出性能を両立させた。また,埋め込み部位をアルゴリズムによって一意に決定すると,当該部位が攻撃を受ける恐れがあるため,鍵(ハッシュキー)を埋め込み側と検出側であらかじめ申し合わせておき,それにより乱数を生成し埋め込み部位を分散させる方式とした(3)。ライブ映像にリアルタイムに電子透かしを埋め込むためには,1フレーム当たり33ミリ秒(msec)以下で処理する必要があるが,この処理性能を汎用製品,すなわち市販のパソコンとGPU(Graphics Processing Unit)の組み合わせで実現することでコスト低減も図った。

図3 ハイビジョン映像用電子透かし(埋め込みロジック)

4.2 商用導入に向けた検討

商用導入は事業者向けの適用(BtoB)と,個人向けの適用(BtoC)の2つに大別できる(4)。事業者向けは,事業者間での契約外のコンテンツ利用を抑止する目的であり,また個人向けは,コンテンツの不正コピーや不正アップロードを抑止する目的である。これら商用導入に先立って,2012年にいくつかの観点でPoC(Proof of Concept:コンセプト検証)を実施した。

図4 商用導入に向けた検討

(1) 検出性能(攻撃耐性)の検証

映像がインターネット上の動画投稿サイトに不正にアップロードされる場合を想定して,動画投稿サイトを経由した低解像度映像での電子透かし検出性能を確認した。埋め込み情報量が多くなるにしたがって,検出に必要なフレーム数も多くなるが,100bitの情報量ではおおむね300フレーム(10秒尺の映像)で検出率が60%以上と実用レベルに達した。

(2) 証拠力を高める検討

電子透かしはけん制効果により違法行為を抑止するものであり,けん制効果を高めるのは,法的な証拠力である。証拠力を高めるためには「他者は,当事者に成りすまして電子透かしを埋め込み,改変,除去することはできない」ことを立証する必要がある。

そのために,著作権法などと照らし合わせながら,電子透かしのアルゴリズムの正当性(埋め込んだ情報が正しく検出できること,また埋め込み時と異なるハッシュキーでは検出ができないこと)や,埋め込まれた情報を別の情報に書き換えることが技術的に不可能であることの立証方法をあらかじめ確立した。また,電子透かし埋め込みマシンやソフトウェア,鍵の管理が適正であり,他人に悪用されることがないことを立証できるように,守るべき運用ルールを確立し,マニュアルを整備した。

(3) メディアワークフローへの組み込みの検討

コンテンツの編集,インジェスト(切り出し),トランスコード(符号化形式の変換や,ビットレートや解像度を落とすこと),およびデリバリー(提供,公開)の一連の業務プロセスの中で,電子透かしとして埋め込むべき情報が確定し,しかも将来の検出率を最大化する(以降の加工が最小限となる)位置に電子透かしの埋め込み作業を組み入れ,映像を処理する統合的なシステムとして作り込んだ。実際の利用に即した効率的な画面表示と操作性についても検討した。

これらのPoCを経て,事業者向けでは,2013年に株式会社NHKエンタープライズ,および一般財団法人NHKインターナショナルにおいて,電子透かしが採用された。映像素材を切り出して他の放送局に提供する場合に,いつ,どこの放送局に提供した映像素材であるかを識別可能とすることで,契約外の利用をけん制・抑止するものである4)5)

また,映像撮影後の編集作業(ポストプロダクション)の段階での流出経路を特定するために,業者間の映像素材の授受の際に電子透かしを埋め込む検討も進んでいる。

4.3 個人向けに適用する場合の課題

一方,個人によるコンテンツの不正コピーや不正アップロードなどに対する適用では,けん制効果を高めるために,提供先個人を識別できるような情報を電子透かしで埋め込む必要がある。また,特定の著作権者の意思決定だけでは導入に至らず,社会の仕組みを構築する必要もある。これらにおいて,以下の点が導入障壁となっている。

(1) 処理時間と計算機パワーの問題

映像の電子透かしでは,埋め込みと検出に相応の処理時間,すなわち計算機パワーと業務への負担が必要となる。

ストリーミング型配信における埋め込みの場合は,同時視聴者数に応じた並列処理が必要となる。また,ダウンロード型配信の場合は,ファイル化された映像への埋め込みに,コンテンツの尺に応じた処理時間が必要となる。コンテンツ提供段階における処理時間を短縮化するために「電子透かし入り動画コンテンツの高速生成技術」6)という方式も存在するが,コンテンツ提供開始前の準備作業として,あらかじめ複数種類の電子透かしを埋め込んだ映像を用意しておく(後のコンテンツ提供段階では,それらを断片化~再統合することで提供先ごとにユニークとする)には,相応の処理時間とシステム上の仕組みが必要となる。

一方,検出時には,コンテンツの一部分に映像が不正流用(挿入)されている恐れもあるため,コンテンツの全尺にわたる検出処理が必要となる。ストリーミング型配信からの検出では実時間を必要とし,またダウンロード型配信においても大容量の映像ファイルの転送と全尺にわたる検出処理の時間が必要となる。すなわち,静止画のようにインターネット上の巡回監視により不正行為を発見することは困難であり,たとえ定点監視すべきWebサイトを絞ったとしても,次々とアップロードされてくる映像に対する検出処理には,相応の計算機パワーが必要となる。

電子透かしは本来,著作権者が第三者に依存せずに自らの著作権を主張することができる仕組みである。実際,前述の静止画においては,著作権者自身が電子透かしをコンテンツに埋め込んで,市場に流通させている。しかし,映像を不特定多数に提供する場合においては,著作権者が単独で電子透かしを導入するには,大きな設備投資と業務負担を伴う。

(2) 映像配信プラットフォームでのDRMの定着

スマートフォンの保有者が増加し,魅力ある映像が続々と生まれ,視聴方法も多様化している。その中で(電子透かしの処理に限らず)映像の管理と配信には大きな計算機パワーを必要とするため近年,権利者から映像コンテンツの配信権を得て,視聴者向けに配信する映像配信プラットフォーム事業者(いわゆるOTT=Over The Top)が市場での交渉力を高めている。映像配信プラットフォームは,必要な機能がパッケージングされた統合サービスであり,著作権者は簡単にコンテンツ提供を始めることができ,そこに視聴者が集まり,さらに優良なコンテンツが集まるという相乗効果により,映像流通市場の中心的存在となっている。

映像配信プラットフォームではDRMの仕組み(広義には電子透かしもDRMの一種とされるが,ここではコンテンツを暗号化することで,正規の契約者以外には視聴できないようにする仕組みを指す)が導入されている。DRMは,けん制効果により違法行為を抑止する電子透かしよりも厳格(積極的)な仕組みであり,著作権者の期待も大きい。一方で近年は,DRMだけでは不十分という意見もある。

(3) 導入コストと投資インセンティブの問題

映像配信プラットフォーム事業者が採用しているDRMは無効化される恐れがあり,一度無効化されてしまうと,不正コピーの連鎖を止めることはできず,また流出元を特定することもできない。そのため,不正行為とその対策が繰り返される恐れがある7)。一方,電子透かしは,DRMが無効化された後にも,引き続き不正コピーをけん制し続け,また流出元を特定できる。このため,DRMとは補完関係にあるともいえる。

しかし,これらを併用するためにはコストがかかる。特に,インターネット上の映像配信サービスは,ケーブルテレビや衛星放送の高額な視聴料を忌避する消費者に受け入れられてきた側面があり,映像配信プラットフォーム事業者へのコスト圧力は厳しい。著作権者は最大限の対策を望むが,映像配信プラットフォーム事業者は必要最低限の投資にとどめようとするため,すでにDRMが導入されているところに,さらに電子透かしを採用するインセンティブは低い。映像配信プラットフォーム事業者は,自社サービスの収益を脅かすほどの不正流出があれば追加対策もありえるが,競合する他サービスでも同じコンテンツが視聴できる場合も多く,また現時点では販売されたDVD(あるいはBlu-ray)媒体からの複製による不正流出が多いため,自社だけがより厳しい不正対策を施すよりも,まずは視聴者を自社サービスに取り込むためのサービス競争に投資が向いている。

(4) 電子透かしの導入主体の不在

映像の流通には,著作権者(制作委員会など),コンテンツアグリゲーター,サービス事業者,映像配信プラットフォーム事業者など多数の事業体が関わっている。その中で,不正行為の未然防止,検知,流出元の特定に一貫して対応する主体が不在である。たとえば,不正行為の未然防止を担うのは映像配信プラットフォーム事業者であり,不正行為の検知を担うのは動画投稿サイトであり,流出元の特定を担うのは電子透かしを埋め込んだ著作権者自身などである。電子透かしでは,埋め込み側と検出側で同じ方式を採用する申し合わせが必要となるが,それをリードする主体も不在である(5)。

図5 映像用電子透かしの導入主体の不在

(5) 海外との違い

日本では前述のように,映像の電子透かしは事業者向けの導入にとどまっているが,アイティアクセス株式会社が国内代理店となっているNexGuardでは,海外において個人向けの導入事例がある8)

海外では,無料で視聴できるテレビのチャンネルが限られてきたため,ケーブルテレビや衛星放送など有料放送への加入が盛んであり,優良なコンテンツは有償で購入(視聴)するものという感覚が定着している。しかしながら,その裏返しとして不正行為も横行しており,ケーブルテレビ事業者や映像配信プラットフォーム事業者による対策は厳重である。特に,サッカーなど人気があるスポーツのライブ映像や,劇場公開と同時に最新の映画を視聴できるプレミアムサービスなど,莫大な放映権や製作費がかかっているコンテンツでは,電子透かしにより流出元の特定を可能としている場合がある。この点では,著作権保護に対する事業者の姿勢が,日本国内でサービスを提供している事業者とは異なる。

4.4 Content IDの登場

前述のように,個人向けの電子透かしの導入が限定的となっている中で,動画投稿サイトにおいて新たな形態のサービスが登場した。

(1) Content IDとは

電子透かしと同様にコンテンツを識別する技術として,フィンガープリント技術がある。フィンガープリント技術は,コンテンツの特徴を抽出して数値化(特徴量と呼ぶ)してデータベースに登録し,それとの照合によりコンテンツを識別する。不正行為の検知のためには,あらかじめ特徴量を抽出する処理が必要であり,それを登録しておくデータベースの保持・管理が必要な点が,電子透かしの運用とは異なる。一方,コンテンツ自体には改変を加えないため,コンテンツ品質の劣化への懸念はない。

Google社の動画投稿サイトYouTubeでは,フィンガープリント技術を応用したContent IDという著作権管理サービスを提供している9)

YouTubeにアップロードされてくる映像は,著作権者があらかじめYouTubeに登録した特徴量のデータベースと照合される。著作権を有するコンテンツが検出された場合の対処は著作権者が決定し,閲覧を抑止することもできるが,広告を表示させて収益化することもできる。また,当該コンテンツをアップロードした者に対しては,その対処状況が通知される。

(2) Content IDにみる新たなビジネスモデル

従来,著作権保護は,それ自体は収益を生み出さない「守りの投資」として必要最低限の投資に抑えられてきた。また,視聴者の性悪説に立脚した施策ゆえに,公共機関などでは導入への躊躇(ちゅうちょ)もあった。しかし,Content IDサービスの登場は著作権保護の領域に新たな思考をもたらし,その局面は「抑止」から「収益化」へと移り,積極的に取り組むべきものとなってきている。Content IDサービスは,著作権者の設備投資負担を不要とし,また著作権者は収益化のためには事前の特徴量登録の手間をいとわなくなった。ここでは,コンテンツ識別技術が電子透かし方式かフィンガープリント方式かは本質ではなく,収益化のビジネスモデルによるところが大きい。

5. 電子透かしの今後の可能性

(1) 映像における可能性

今後,YouTube以外の動画投稿サイトの経由や,DVD(あるいはBlu-ray)媒体による不正流通など,Content IDサービスが機能しないケースでは,引き続き電子透かしの導入(もしくはDRMとの併用)の可能性がある。実際,前述の静止画においては,特定の投稿サイトに流出経路が集中しないため,電子透かしが有効な対策となっており,映像においても今後の計算機パワーの向上やシステムの低価格化もあわせて,電子透かしの導入が現実的となる可能性がある。

また,有力な著作権者の中には,特定の映像配信プラットフォームや動画投稿サイトに主導権を握られて自社の販売機会や収益性を抑えられたり,既存のDRMが視聴者(正規のコンテンツ購入者)の利便性を損ねていることに不満をもったりする者もある。これら著作権者からの強い要求に加えて,コンテンツ配信市場に事業者の参入が続くことで競争の構図が変わり,他の事業者とのサービス差別化や利用者の囲い込みを目的に,映像配信プラットフォーム事業者が電子透かしを採用する可能性がある。

他に,監視カメラやケーブルテレビのSTB(Set Top Box)に搭載するハードウェアで,装置の個体情報や所有者情報を電子透かしとしてリアルタイムに埋め込んで,映像を出力する方法がある。STBにおいては,DRMもしくはCAS(Conditional Access System=放送分野で用いられている限定受信システム)によるスクランブルが解除された後の無防備な映像に対して電子透かしを埋め込むことで,再撮行為や映像信号をキャプチャー(横取り)して複製した映像から,流出元を特定することが可能となる。今後は4K映像(現行のフルハイビジョンの4倍の解像度を有する映像)など価値あるコンテンツの流通において,電子透かしの需要が高まり,設備投資が活発化する可能性がある10)

(2) 静止画等における可能性

静止画では,タブレット端末やスキャナー装置,ファクシミリ装置などに,電子透かしの埋め込み処理を実装することにより,コンテンツが生成された時点(たとえばスキャナー装置で紙面を読み込んだ時点)で即座に電子透かしを埋め込むなど,新たな用途開拓の可能性がある。静止画においても,従来の電子透かしの埋め込み処理は汎用のサーバーやパソコン上に実装されており,そのまま組み込み機器上に移植しても,性能不足となる。しかし移植に伴い,プロセッサーやメモリーの制約を考慮して最適化することで,専用装置への組み込みが現実的となっている。

また,電子書籍においてはすでに,著作権者の意向によりDRMを避け,独自の書籍販売サイトを立ち上げて電子透かしを埋め込んだコンテンツを提供している例がある11)。今後,図書館のデジタル化や,印刷物のマルチメディア化などが電子透かしの採用を加速する可能性がある。

6. おわりに

本稿では,国内で電子透かし技術の商用化に取り組んでいる3社,すなわち三菱電機インフォメーションシステムズ株式会社,株式会社フォーカスシステムズ,およびアイティアクセス株式会社がそれぞれの経験をもち寄り,ビジネスの現場の状況をまとめた。今後も3社は,競争と協業の中で応用事例を積み上げ,電子透かしの市場を発展させてゆく。

電子透かしは,その社会的認知度の向上が著作権保護におけるけん制効果を高める。デジタルコンテンツの流通が拡大し,その経路も複雑化する中で,電子透かしへの社会的関心は高まっており,今後も多くの可能性が期待できる。

本稿の執筆に際して,NHK放送文化研究所 メディア研究部の村上圭子氏には大変貴重なご意見,ご指導を頂いた。心より感謝申し上げる。

執筆者略歴

  • 小林 敦(こばやし あつし) kobayashi-atsushi99@mdis.co.jp

三菱電機インフォメーションシステムズ株式会社 産業・サービス事業本部。三菱電機株式会社の工場,研究所を経て現在,分社化された三菱電機インフォメーションシステムズ(MDIS)にて,通信・放送分野およびWebメディア分野を担当。

  • 長谷川 朗(はせがわ あきら) hasegawa-a@focus-s.com

株式会社フォーカスシステムズ ITイノベーション事業本部 セキュアサービス室。自社開発の電子透かしおよび暗号アルゴリズムを使った情報セキュリティー関連自社製品の販売を担当。

  • 福田 美穂(ふくだ みほ) miho@itaccess.co.jp

アイティアクセス株式会社 先端設計・検証事業部。NexGuard社の国内代理店の担当営業。主に,ストリーム解析ツール,コンテンツ自動QCツール,トランスコーダなどデジタルメディア関連製品の販売を担当。

本文の注
注1)  本稿に記載されている会社名,製品名はそれぞれの会社の商標または登録商標(商標出願中)である。

注2)  本稿は以下の文献を元に,最新の市場の状況を反映して再編,増強したものである。 一般社団法人電子情報技術産業協会,JEITA講座 IT最前線「電子透かしによる著作権保護への取り組み」,2015年6月18日:http://home.jeita.or.jp/upload_file/20150622100833_pOGRH3wECv.pdf

参考文献
 
© 2017 Mitsubishi Electric Information Systems Corporation, Focus Systems Corporation and IT Access Co.,Ltd.
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