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メンタルコミットロボット「パロ」の開発と普及:認知症等の非薬物療法のイノベーション
柴田 崇徳
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2017 年 60 巻 4 号 p. 217-228

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著者抄録

アニマル・セラピーを参考に開発されたアザラシ型ロボット「パロ」は,米国では「神経学的セラピー用医療機器」の承認を得た初めての医療ロボットで,認知症,発達障害,精神障害,PTSD,脳機能障害,がん患者等を対象として,30か国・地域以上で約5,000体が利用されている。世界各地での治験等により,パロとの触れ合いが,人の気分を向上させ,不安,うつ,痛み,孤独感を改善することが示された。認知症者の場合には,徘徊,暴力・暴言等の問題行動を抑制・緩和する。また昼間に傾眠する人がパロと触れ合うと覚醒し,夜間によく眠れ,昼夜逆転を改善,夜間の起き出しを減らす。これらは介護者の負担を軽減し,転倒等のリスクを低減する。さらに副作用がない「非薬物療法」として,各種抗精神病薬の投薬を低減する,全く新しい医療福祉サービスである。

1. はじめに

筆者は1993年から,人と共存し,ペット動物のように,触れ合いにより楽しみや安らぎを提供する新しいロボットの役割を目的として,アニマル・セラピーを参考に,「ロボット・セラピー」を提唱し研究開発を行ってきた1)。ロボットの形態には,複数の動物型の候補があったが,心理実験などの結果から,人から受け入れられやすいように,あまり身近ではない「アザラシ型」を「パロ」と称して,その改良を重ねた(1)。一般家庭における「ペット代替」と,医療福祉施設や学校等でのアニマル・セラピーを代替する「ロボット・セラピー」の2つが目的である。

超高齢社会を迎えた日本では,人口の約27%が65歳以上となり2),介護保険の要介護(支援)認定者数は約630万人で,居宅サービス受給者が約392万人,地域密着型サービス受給者が約81万人,施設サービス受給者が約93万人である3)。要介護者は,身体的障害と認知的障害を原因としている。身体的障害は「障害高齢者の日常生活自立度(寝たきり度)」で評価され,認知的障害は「認知症高齢者の日常生活自立度」で評価される4)。前者には支援機器として,つえや車いす等から,歩行や動作支援の介護ロボットまである。一方,認知的障害を支援する機器は,服薬支援,徘徊(はいかい)時の位置確認,見守り等である。後者の認知的障害を支援する機器は十分ではなく,特に,認知症者の介護は,介護者の大きな介護負担となっており,また徘徊時等の転倒などさまざまな事故の原因ともなっている。

認知的障害の主な原因は,認知症である。認知症にはアルツハイマー型,脳血管性,レビー小体型,前頭側頭型等があり,脳の損傷の発生部位が異なることにより,「中核症状」の発生の仕方に違いがある。中核症状は,認知症になると必ずみられる認知機能の障害で,記憶障害,見当識障害,失語・失行・失認,遂行機能障害がある。一方,認知症者の周りの人や環境との関係に起因する「周辺症状(BPSD)」として,うつ,不安・焦燥,興奮・暴力,徘徊,幻覚・妄想,不眠等がある。後者については,周囲の人や環境との関係をよくすることで,認知症者のよい状態をつくることができ,それを目指す介護の理念として,「パーソン・センタード・ケア」5)がある。この実現には,介護者が要介護者を理解し,その状況に合わせた介護を行うことが重要であるため,両者間の「コミュニケーション」が鍵になる。

認知症者の数は,2015年には,日本では約520万人(推定値)6)であるが,世界では4,680万人で,世界の医療福祉サービス(家族による介護を含む)のコストは,8,180億USドル(約82兆円)であり,2030年には世界で7,470万人,世界医療福祉サービスも2兆USドル(約200兆円)になると見込まれ,社会的課題である7)

今のところ認知症を根治する薬はなく,進行を一時的に遅らせる薬が承認され投薬されているが,すべての人に効果があるわけではなく,副作用の問題がある。また周辺症状については,各症状に合わせた抗精神病薬が投薬されているが,対症療法であり,副作用や過剰投薬が問題である。海外は医療福祉が進んでおり,投薬についても1人に3種類まで等の制約があるが,日本では10種類を超える事例があるように,十分に管理されておらず,寿命を縮めることもあり,非常に大きな問題である。

パロを用いたセラピーは,副作用がまったくなく,安全に,不安,うつ,痛み等を改善することにより,認知症者の周辺症状を緩和・抑制し,「抗精神病薬の投薬を低減」したり,徘徊の抑制により「転倒リスクを低減」したり,睡眠の質の改善により「夜間の起き出しを低減」させたりすることができる。

本稿では,セラピー用ロボット・パロの概要,国内外でのパロの臨床研究や実際の活用状況,パロのセラピー効果のエビデンス等について紹介する。

図1 セラピー用ロボット・パロ(第9世代)

2. パロによるロボット・セラピー

欧米で広く認知されているアニマル・セラピーは,楽しい時間を過ごす「アクティビティー」と,何らかの症状改善の目的をもって実施する「セラピー」に分類される。アニマル・セラピーには,

  • (1)心理的効果(気分の向上,動機の増加等)
  • (2)生理的効果(ストレス低減,血圧安定化等)
  • (3)社会的効果(患者同士や介護者とのコミュニケーションのきっかけ,活性化等)

の3つの効果があり,パロについても同様である。しかしながら,多くの医療福祉施設は,動物アレルギー,人畜共通感染症,かみつきや引っかきなどの問題から動物の導入を認めていない。また,その実施に際しては,事故を未然に防ぐため動物のトレーニング(盲導犬や警察犬と同様に数百万円のコスト)や管理者(ハンドラー)の同席が必要である。

パロを用いるロボット・セラピーの場合は,動物を使った実際の運用時における問題がなく,また必要に応じていつでもどこでも使えるという大きなメリットがある。動物は,人との触れ合いからストレスを受け疲れてしまうが,ロボットの場合は,何時間でもストレスなく,人と触れ合える点でも利便性が高い。また,パロは1体約40万円で,長期的なトータルコストも,動物よりはるかに安い。

これまでセラピー用のロボットは,主に「フィジカル」なリハビリテーション(以下,リハビリ)が目的で,「認知的」なセラピーのためのロボット医療機器の研究開発はほとんどなかった。

パロによるロボット・セラピーについては,国内外において,認知症,発達障害,精神障害,高次脳機能障害,がん患者等を対象として,RCT (Randomized Controlled Trial:ランダム化比較試験)等のさまざまな臨床実験や治験により,非薬物療法としてのセラピー効果を示してきた。詳細は4章以降で述べるが,パロのセラピー効果として,「不安」「うつ」「痛み」「孤独感」「睡眠」の改善がある。また,動機づけに活用することで,歩行訓練や嚥下(えんげ)機能のリハビリにも用いることができる。

パロは,2009年にFDA(Food and Drug Administration:米国食品医薬品局)から「神経学的セラピー用医療機器(Neurological Therapeutic Medical Device (Class II))」の承認を得た,人の脳に働きかけを行う,初めての医療ロボットである1)。この承認の際には,パロとの触れ合いが,気分や意欲を向上させ,うつを改善したり,尿中ホルモンの計測によりストレスの低減を示したり,脳波の計測により認知症者の脳機能の改善を示したり等,さまざまな臨床評価から,パロのセラピー効果のエビデンスを示したことで医療機器と認められた8)。その後も,世界各地で臨床評価や治験が行われ,フェーズ4注1)の臨床研究として,パロの心理的,生理的,社会的効果のエビデンスが蓄積されている。また,セラピストがパロを動機づけ等に活用することにより,身体的なリハビリでもセラピー効果を示している9)。2017年には,ヨーロッパでも,医療機器化を予定している。

ただし海外と医療福祉制度が異なる日本では現在,パロは「福祉用具」として,介護支援を主目的に活用されている。

なお,臨床評価や治験によって,セラピー効果のエビデンスを示すことがとても重要である。しかし「脳トレーニング」により,職場や学校でのパフォーマンスを上げ,アルツハイマーや外傷性脳損傷やPTSD等による認知機能の低下を予防するとして宣伝していた認知ゲームは,FDAでは効果の根拠が認められず,たとえば,「Lumosity」を提供したLumos Labs社は,FTC(米国連邦取引委員会)から,「虚偽の宣伝」として,2016年に罰金200万ドルを科せられた。

3. パロの機能

パロは,犬や猫等の身近な動物よりも,本物と比較されにくく,人から受け入れられやすいアザラシ型の触れ合いやすい形態をしている。触れ合う人が人間の赤ちゃんやペットを連想・回想するように,全長約55cm,重さは約2.5kgである。パロは触覚,視覚,聴覚,平衡感覚等の感覚と,7つの知的静音型アクチュエーター注2)を有し,人の感性を考慮した機能設計である。これは専用の高トルク・モーターにより,パロが機械的なノイズを発生させずに静かに動作しつつ,人からの強い力を受けてもそれに対処するようにアクチュエーターをローカルに制御し,アクチュエーター自体が壊れないようにする。また,行動制御アルゴリズムとして,刺激-反応規則,内部状態,短期・長期記憶,適応,学習により,人や環境からの刺激と,パロの内部状態に基づいた行動を生成するようにした。

具体的には,2のように,ロボット本体にはさまざまなセンサーや,32ビットRISCチップ等のCPUを10基搭載し,並列分散処理で階層的知的制御を行っている。パロの人工毛皮の下にはユビキタス面触覚センサーが内蔵され,人が触った場所,なでた方向,たたかれたこと,抱っこされたことなどを感じることができる。このセンサーは軟らかいため,センサーで覆われていても,人はパロの体を軟らかく感じられる。

小型の3軸加速度センサー(姿勢センサー)で姿勢を認識し,温度センサーで体温を制御し,3つのマイクロホンで音の方向同定と,多言語の音声を認識する注3)。さらに,人工知能の学習機能により,自分の名前を学習し,人間の呼び掛けに反応するようになったり,なでられたり抱きかかえられると心地よいと感じたり,たたかれると嫌がったりなど「価値に基づく強化学習」により,触れ合うことで飼い主の好みの性格を学習したりする。

ロボットとの相互作用は,なでる,抱きしめるなど,文字通り“触れ合う”ため,パロの安全性については,人に危害を与えない構造と,ロボットが壊れないよう耐久性に配慮する必要がある。

安全性・信頼性については,ペースメーカーの使用者でも安全なように「電磁シールド」を施し,2万ボルトの耐電圧試験,落下試験,10万回を超える「なで試験」等を行い,10年以上の利用を可能にした。たとえば犬の平均寿命は約14年だが,パロも人と10年間以上の共生が期待されるためである。利便性は,おしゃぶり型の充電器と,1か所のON/OFFスイッチで利用できる点が挙げられる。

さらに病院では,白血病など免疫力が低下している患者向け隔離病棟での利用時の感染症対策のため,複数の患者間で使用する場合,ロボットが病原菌の媒体とならないように,パロには菌やウイルスを銀イオンにより減少化する「制菌加工」を施した。ただし,利用時の注意や利用後のクリーニング等の管理も重要である。米国退役軍人省病院では,インフェクション・コントロール委員会で承認を受けた手順にのっとり,パロの衛生管理を行っている。

パロを「セラピー」として積極的に活用する場合には,その効果を引き出すため,導入から運用までのパロの活用方法に関して,介護者やセラピスト等への「教育」が重要である。一方,個人の利用では,パロに関する特別な知識がなくても,誰でも簡単に扱えることが重要である。たとえば米国では,複数の州において,「継続教育ユニット」のセミナーとして,パロについての教育プログラムを実施したり,オンラインでビデオ・プログラムを提供したりしている。

図2 パロの内部構造と機能

4. パロによるロボット・セラピーの効果

ロボット・セラピーでは,「バイオフィードバック(biofeedback)」注4)による「神経学的セラピー」として,身体的相互作用により,パロからの刺激が人の感覚を通じて人の脳を刺激し,人がもつ動物に関する知識や経験を連想により引き出し,動物と触れ合っているときに覚える情動を想起させたり,さらに家族や仕事など自らの過去のさまざまな経験・記憶を連想させたりしている。

パロと触れ合う人の脳血流を計測することにより,前頭前野や側頭部の言語野の血流が増加し,活性化していることが明らかになった(31)10)。これらにより,触れ合う人の気分が向上したり,言語機能が改善したり,回復した事例が多い(451)11)12)。たとえば,東ヨーロッパからデンマークに移民し,母国語とデンマーク語を話せた人が認知症になり,母国語だけしか話せなくなっていたが,パロと触れ合うとデンマーク語で話しかけ,その際には介護者らとデンマーク語での会話もできるケースがあった等,言語機能の回復事例は多い1)

パロと触れ合う人々に対して,心理的に,不安,うつ,痛み,孤独感の低減等,生理的にストレスの低減,高血圧の低減,身体的リハビリ効果等,社会的にコミュニケーションの改善等が確認された13)20)。これらにより,たとえば,認知症の徘徊や暴言・暴力等の周辺症状の緩和・抑制,会話機能の改善・回復等のセラピー効果があり,介護者の介護負担が軽減され,また本人のよい状態を保つことにより,抗精神病薬の使用量の低減化等も示された。

間接的な効果として,認知症者は昼間に傾眠していることが多いが,パロと触れ合うことにより覚醒したよい状態を維持できることで,夜は自然と眠くなり,昼夜逆転が改善し,夜間の起き出しや徘徊が減り,睡眠薬が低減する事例が多い20)6)。

さらに身体的なセラピーとして,たとえば嚥下リハビリの事例では,座位でパロを抱っこし,なでたり見たりして体幹を保ち,顎を下に向けた姿勢を保持させたり,パロへの話しかけや歌いかけをすることにより,誤嚥を予防したり,経鼻経管栄養から経口摂取に改善させたり等,嚥下機能を維持・向上させた事例があった20)

図3 fNIRSによる脳血流の計測
図4 デイサービス・センターにおけるフェーススケールの結果
図5 認知症の高齢者の脳波の計測・分析からみる,パロとの触れ合いによる脳機能の改善効果
図6 パロを用いた非薬物療法による,徘徊抑制の事例

5. 国内外での動向

産業技術総合研究所から知的財産権のライセンスを受けた(株)知能システムが,2005年から第8世代のパロの販売を開始し,2013年には大幅に改良した第9世代とした。これまでに世界約30か国・地域以上で約5,000体が販売された。そのうち国内では約3,000体が販売され,その約50%が個人名義で,ペット代替での利用が多く,一部は在宅介護で利用されている。海外は,ほぼ100%が医療福祉施設で購入され,セラピーを目的としている。なお,これらの地域的な違いについては,JST戦略的創造研究推進事業 発展研究・研究終了報告書に詳細を述べてある8)

国内外のさまざまな医療福祉機関等でパロがロボット・セラピーに活用されるとともに,臨床評価をされてきた。そこで,国内外でユーザー会議を開催し,臨床評価結果や事例の収集や意見交換を行ってきた。

5.1 海外での評価

デンマークでは国家プロジェクトとして2006年から2008年にかけて,パロによる認知症高齢者へのセラピー効果を臨床実験等で評価し,パロが社会に導入されることの是非や手続きについて国家倫理委員会で議論された。それらの良好な結果を踏まえ,2009年からライセンス制度(1日のセミナーの受講)とともに,高齢者向け施設等への公的導入が始まった。これまでに,約80%の地方自治体がパロを公的導入した。なお近年の導入施設には,発達障害者向け,精神障害者向け,脳機能障害者向け等を含んでいる。デンマークにおいては,セラピスト等のユーザーにパロの利用記録を依頼し,ユーザー会議において発表してもらい,臨床データや今後の改良ポイント等の情報収集を行った。

さらにオランダ,ドイツ,ノルウェー,フランス,英国,スペイン等,他の欧州諸国でも同様の仕組みでパロの導入が始まった。特にドイツにおいては,2012年からパロを用いた在宅認知症高齢者や発達障害児等向けの訪問介護サービスが健康保険適用になった。英国では,複数のNational Health Service (NHS:国営保険サービス)がパロを導入し,認知症ケア病院でパロの臨床評価を行い,良好な結果を得た。NHSは,認知症者の問題行動の際に,最初に「非薬物療法」を試し,効果がなければ「抗精神病薬を投薬」してよい,というルールになっており,パロが最初のステップで効果的であることが認められた。これまでにサセックスNHSやシェフィールドNHSは,パロのユーザー会議を開催し,パロの啓蒙活動を行っている。その他,Age UK(慈善団体)が運営するデイサービス・センターなどでも導入されている。

フランスでは,首都圏の44の病院やパリ大学医学部を運営する公的扶助パリ病院機構(The Assistance Publique-Hôpitaux de Paris (以下,AP-HP))が,認知症者に対するパロの臨床評価を行い,「認知症に対する非薬物療法のイノベーション」として,パロが「2015 Patient's Trophy」賞を受賞した。また,認知症ケアを目的に,フランス国内の多くの高齢者向け施設EHPAD(Établissement d'Hébergement pour Personnes Âgées Dépendantes)にも導入されている。なお,パリのキュリー研究所は,パロをがん専門病院で評価し,そのよい結果を踏まえて,緩和ケアに導入している。

米国では2009年末から販売が始まったが,その前,2008年からバージニア州の高齢者向け施設がパロを利用し臨床評価を行い,よい結果を得た。元々は海軍が設立した施設であるが,米国政府高官の家族や本人が入所する施設でもある。その代表のRADM Kathleen Martinは,元海軍少将で,元海軍Nurse Corpsの代表を務めていたことから,各軍関係の高齢者向け施設や退役軍人省病院にパロを紹介し,2009年のパロの医療機器化後にパロが導入され始めた(7)。その他の民間の施設等もパロを導入したが,連邦政府による医療保険の「メディケア」の精算のために,3か月ごとに提出を必要とされるMDS(ミニマム・データ・セット)の取得のために導入されている電子介護記録等を活用することにより,パロのセラピー効果の臨床評価を行っており,徐々に,臨床データが蓄積されている。たとえばピッツバーグの2つのナーシングホームでは,合わせて28名のMDSの結果をパロ導入前後で比較し,パロの導入3か月後に,「うつ」と「問題行動」が半減したことを示した。また退役軍人省病院では,認知症とPTSDの患者に対するセラピー効果を評価し,周辺症状の抑制・緩和,抗精神病薬の低減を示した18)。これらにより,パロは日本製であるにもかかわらず「連邦政府調達品(GSA approved)」となった。

2014年に上記のRADM Kathleen Martinがホワイトハウスにおいて,「Innovative Elderly Care」としてパロについて招待講演を行った。その後2015年3月に筆者が,ホワイトハウスにおいて,PCAST(大統領科学技術諮問委員会)とOSTP(科学技術政策局)に対して招待講演を行った。PCAST,OSTPはともに,非薬物療法としてパロを用いることで可能となる,医療福祉の質の向上と社会コストの低減に対して興味を示した。このときは在米国日本国大使館とJSTワシントン事務所の協力を得たが,日本人では初めてとのことであった。

これを踏まえて,2015年7月に米国保健福祉省が主催し,連邦政府と各州の医療福祉政策担当者を500名集めて開催された「Healthy Aging Summit」で,筆者がパロについて基調講演を行った。そこで,テキサス州立大学とBaylor Scott & White Healthによるパロの治験結果についても紹介した。これは,5か所の認知症ケア・ユニットにおいて,61名を対象に実施したRCTで,1回20分間パロとの触れ合いを週3回行った「パロあり(36名)」グループと,パロと触れ合わない「パロなし(25名)」グループを3か月間比較した。結果として,「不安」「うつ」「痛み」「ストレス」について,「パロあり」グループが統計的に有意に低減・改善した(819)。また必要に応じて投薬される「不安」に対する抗精神病薬(PRN)が,約30%低減した。さらに不安薬よりも,パロは2時間以上効果が長く持続した。認知症ケア・ユニットでは,1か月当たり認知症者に約1,500ドルの薬代がかかっており,パロを用いることで,そのコストと副作用の低減が期待できる20)。今後,Texas Health Resourceも加わり,保健福祉省傘下のNational Institute of Healthの支援を得て,Acute CareからEnd of Lifeまで,パロのセラピー効果について大規模なRCT等を実施する計画である。

近年,ニュージーランドやオーストラリアにおいて認知症高齢者に対するパロのセラピー効果について,RCTでよい結果が示された11)13)21)。これらを踏まえ,オーストラリア政府は,大規模RCTとして,グリフィス大学に対して115万オーストラリアドル(約1億円)の予算を与え,2014年4月から約30か所の高齢者向け施設で約400名を対象として治験を行った。研究代表のWendy Moyle教授は,WHO(世界保健機関)のICD-11(疾病および関連保健問題の国際統計分類)の認知症者のBPSDの分類を担当する理事である。この治験では,パロのセラピー効果とともに,抗精神病薬等の薬物使用量の低減化,パロの費用対効果について評価を実施した。その結果の一部は,JAMDAに論文が掲載される予定である22)。臨床評価後,オーストラリアで高齢者向け施設を運営している民間施設が,パロをまとめてグループ内の施設に導入するケースが多く,たとえばRegis Aged Care社は48か所,BlueCross社は24か所に導入した(9)。

シンガポールでは,厚生省のAIC(Agency for Integrated Care)がアルツハイマー病協会と一緒にパロのセラピー効果を臨床評価し,その良好な結果を踏まえて,高齢者向け施設での介護の質と生産性の向上を目的に,政府から導入費用の70%の補助金が出されるようになった。

わが国では,これまでに「アザラシ型ロボット・パロによるロボット・セラピー研究会」を6回開催し,主に認知症をテーマに,在宅介護,グループホーム,介護老人保健施設,特別養護老人ホーム,精神科病院,リハビリテーション病院等での臨床評価結果について発表が行われ,非常に興味深いセラピー効果の臨床データや事例を得た20)

図7 米国退役軍人省病院での認知症およびPTSDの高齢者に対するセラピー
図8 認知症高齢者に対するパロの治験結果の一部19)
図9 48か所の高齢者向け施設に導入された48体のパロの一部

5.2 国内の動向

日本国内でも,高齢者の介護を目的としたパロの利用が広がっている。パロを取り入れることにより要介護者をよい状態にすることで介護者の負担を軽減させ,介護の質を高めることと,社会的コストの低減を目的に,「介護保険」の保険者である地方自治体が,パロの導入に関心を高めている。

神奈川県は,2010年度から介護ロボットの普及を目指して,パロ等の実証実験を複数の高齢者向け施設で実施した。その結果,認知症高齢者の気分の向上,行動の改善,会話の増加など,良好な効果が確認されたが,パロを活用するセラピストや介護者の運用スキルの違いにより,効果に差があったため,人材教育・育成の重要性が指摘された。これらの結果を踏まえて,公益社団法人かながわ福祉サービス振興会による「介護ロボット活用のガイドライン 機種編 メンタルコミットロボット『パロ』導入の手引き」が,2012年度に策定された。さらに「介護ロボット普及推進センター」が設置され啓蒙活動が行われ,2013年度には,パロに関する「研修」を毎月開催し,施設向けに30体のパロ導入の半額補助も実施し,2014年度も同様に30体を補助した。パロが導入された施設において,パロの効果についての評価も行い,問題行動の改善を示した20)

富山県南砺(なんと)市は,厚生労働省の「福祉用具・介護ロボット実用化支援事業」を委託されている公益財団法人テクノエイド協会の支援を受け,2013年から,同市の「地域包括医療ケア」のスキームの中で,在宅介護でのパロの活用による,在宅介護維持の評価を開始した。評価の対象者は,脳梗塞後のリハビリ病院でパロと触れ合ってよい反応があり,在宅復帰し要介護者となった患者と,ものわすれ外来で認知症と診断された後,ショート・ステイでパロと触れ合ってよい反応があった要介護者である。医師が指示書を作成し,医療と介護の集中支援チームが在宅でのパロの活用を家族に指導してから,南砺市が無償でパロを貸し出し,パロとの生活を開始した。その結果,認知症の要介護者の問題行動が低減し,家族の介護負担も軽減した20)。11名の被験者のうち,7名の認知症者は問題行動が改善され,家族の介護負担が軽減した。また,6名は睡眠薬が不要になった。1事例として,認知症と統合失調症により「要介護5」で寝たきりの状態だった女性が,パロと一緒に生活することにより,統合失調症が治り認知症は残るものの周辺症状が改善し,「要介護2」に回復。約3年が経過した現在も,状態を維持している。その後も,南砺市は事業として,パロの貸し出しや,臨床データの収集を継続している。

同様に,岡山市は総合特区の取り組みとして,介護保険適用外の福祉用具に介護保険を適用する対象の一つにパロを選定し,要介護者本人が毎月のレンタル費用の1割を負担する,実証実験を進めている(1020)。南砺市のような初期スクリーニング(初期選出)がなく,要介護者や家族の希望によりレンタルをスタートしたため,パロがなじめず数か月でレンタル中止となったケースもあるが,多くの要介護者は,パロとの生活を継続し,認知症者の場合には,問題行動が低減された。パロと一緒に生活することで,認知症者の周辺症状が緩和・低減し本人のよい状態を維持できれば,家族の負担も軽減し,在宅介護を維持しやすくなる。地方自治体により違いがあるものの,1人の要介護者にかかる介護保険の費用は1か月当たり,在宅介護で約10万円であるが,まったく同じ人が施設介護に移行すると約35万円かかり,約25万円の差額があるため,パロのレンタル費用を保険適用としても,パロと一緒に生活することで在宅介護を維持・継続できることは,社会的コストの低減に大きく貢献する。

2016年度には,AMED(Japan Agency for Medical Research and Development:日本医療研究開発機構)が,経済産業省「ロボット介護機器開発・導入促進事業」の一環として,介護現場で「パロ」等のコミュニケーション・ロボットの実証試験を行っており,関心が高まっている。

その他,2011年の東日本大震災や2016年の熊本地震の後の被災者支援のため,首都圏や東北に設置された避難所や,東北3県や熊本県の高齢者向け施設,学校,病院,仮設住宅サポート・センター等において(11),国内外から各種機関・団体の支援・協力・寄贈を得てパロを活用した。パロと触れ合うことにより,不安やストレスが多い被災者が笑顔になり,支援者を含めて会話が増加し,新たなコミュニティーでは人と人とをつなげるきっかけとなった20)。現在も,東北3県と熊本県で,100体弱のパロが被災者に利用されている。

図10 岡山市によるパロを用いた在宅介護支援のための介護保険適用実証実験
図11 震災被災者支援におけるパロの活用

6. まとめ

本稿では,パロの研究開発,国内外での利用状況,実証・臨床実験によるセラピー効果のエビデンス等について述べた。筆者が提唱して始めた「ロボット・セラピー」は,社会に徐々に受け入れられ,利用が始まったところであり,今後,世界各地の医療福祉に関わる社会制度への組み込みが大きな課題である23)24)。本研究は,JST戦略的創造研究推進事業「さきがけ:相互作用と賢さ」および「発展研究」により2001~2007年度に実施したが,その後,国際共同研究として,世界各地での臨床研究を実施するための研究開発予算が見つからなかったため,研究開発が大幅に遅れた。臨床研究に対しても,継続した研究支援策が重要であることを実感した。

執筆者略歴

  • 柴田 崇徳(しばた たかのり) shibatat-takanori@aist.go.jp

1967年富山県生まれ。1989年名古屋大学卒業,1992年名古屋大学大学院 電子機械工学専攻修了 博士(工学)。1993~1998年通産省工技院機技研 研究官,1995~1998年MIT人工知能研究所 研究員兼任,1998~2001年機技研 主任研究官,2001~2013年産業技術総合研究所 主任研究員,2009~2010年内閣府政策統括官付参事官(情報通信担当)付,2013年~産業技術総合研究所 人間情報研究部門上級主任研究員。東京工業大学 情報理工学院 特定教授,MIT高齢化研究所 客員フェロー。

本文の注
注1)  病気の原因解明,予防・診断・治療の改善,患者の生活の質(QOL)向上など,医療の進歩・発展のために必要な応用的な研究のことを臨床研究という。研究臨床試験もその一つ。たとえば薬では,市販・承認後に行われる臨床試験がフェーズ4と呼ばれる。パロは,薬ではなく効果をはかるための臨床研究なので,フェーズ4になる。

注2)  アクチュエーター:電動モーターや油圧などによりエネルギーを回転や並進運動に変換する機械駆動装置。

注3)  日本語版,英語版,スウェーデン語版,マンダリン語版,5か国語版(英語,仏語,独語,オランダ語,イタリア語)のパロが市販されている。

注4)  血圧,心拍などの自律神経系や内分泌機能などで,人間は体内環境を調整している。このような自発的に制御できない生理活動を,工学的な手段によって生体にフィードバックすることで,体内状態を意識的に調節可能とする技術や現象の総称。

参考文献
 
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