情報管理
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「情報」とはなにか 第3回 ■情報×虚実:インターネット上の虚偽情報とどう付き合うか
大谷 卓史
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2017 年 60 巻 5 号 p. 335-338

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著者抄録

インターネットという情報の巨大な伝送装置を得,おびただしい量の情報に囲まれることになった現代。実体をもつものの価値や実在するもの同士の交流のありようにも,これまで世界が経験したことのない変化が訪れている。本連載では哲学,デジタル・デバイド,サイバーフィジカルなどの諸観点からこのテーマをとらえることを試みたい。「情報」の本質を再定義し,情報を送ることや受けることの意味,情報を伝える「言葉」の役割や受け手としてのリテラシーについて再考する。

第3回は,伝承の匿名空間とでも呼ぶべきインターネット上に流布される「虚偽情報」にだまされないための方法はあるのか,を考える。

幻の通り魔事件

ゴールデンウイークが明けたある日,勤務先の妻からスマートフォン(スマホ)にショートメッセージが届いた。市内の大型スーパーマーケットで,通り魔が発生し逃走中だから,気を付けろという内容だった。当日筆者は代休を取って,自宅で仕事をしていたので,外出して何かあったらと心配したのだろう。

私は,スーパーの名称と「通り魔」のキーワードで,Twitterを検索した。Twitterはユーザーが事件・事故の現場から投稿することも多く,報道機関がその写真・動画を借りるほど,速報性が高い。

検索結果を見ると,確かに,通り魔発生という投稿が複数見つかる。見覚えのあるスーパーの入り口に制服姿の警察官が複数立ち,鑑識官らしき人々が証拠を探しているかのような写真もあった。通り魔が逃走中との投稿もある。「ニュース速報」と名乗るアカウントも,Twitter投稿をまとめてニュースにしている。

通り魔が逃走していたら,確かに危険だが,そのわりには町が静かだ。地域の報道機関のWebサイトを見ても,「通り魔」情報がない。本当に「通り魔」事件はあったのだろうか。

スーパーに問い合わせたいが,本当でも嘘でも問い合わせが殺到すれば,迷惑をかける。これだけ町が静かなら,通り魔が逃走中ということはないと,筆者は決めてしまった。

その後帰宅した妻に聞いてみると,彼女は,ユーザー投稿型の交通情報配信サービスで,通り魔の情報を見つけたらしい。

ユーザー投稿型の交通情報配信サービスは,ユーザー自身が,自分の身辺で気づいた交通に関わる情報を投稿する。現場からユーザーが投稿するので,渋滞や事故,道路の破損,警察の取り締まりなど,すぐに道路・交通状況がわかる。つまり,速報性が魅力のサービスだ。その点で,Twitterと似ている。

その後も地域の報道機関は通り魔事件をニュースにしない。通り魔事件は本当にあったのか。岡山県警のWebサイトで,犯罪情報を検索すると,「通り魔」事件の日,問題のスーパーでは「ひったくり」事件があったという。どうもこの事件が,ソーシャルメディアで,「通り魔」と変換され伝わったようだ。複数のユーザーが確認せずに騒いだことから,「通り魔」が発生したようにみえてしまったのだろう。

虚偽情報と虚偽流言の倫理的問題

虚偽情報は,「デマ」とも呼ばれる。本来デマとは,デマゴギー(Demagogie)の略で,扇動政治家が意図的に流す扇情的な虚偽情報を指す。現在では,「デマ」というと,民衆扇動の意図や故意がなくても,一般的に虚偽情報やその流通を意味する場合が多い。社会心理学では,より中立的に,人々を介して広がる情報は,「流言」や「うわさ」と呼ぶが,これらには,虚偽か真正のものかという区別はない1)3)。本稿では,情報通信技術(ICT)を介そうと介すまいと,人づてに社会に広がる本当ではない情報は,「虚偽流言」と呼ぶ。

大きな災害が起こった際,さまざまな「流言」「うわさ」が流れ,その中には意図的・非意図的な虚偽流言が含まれる。東日本大震災の際も,虚偽流言がインターネットを介して,あるいは被災地の口コミで伝わった4)。Twitterで広がった虚偽流言は,やはりTwitterでその誤りが示され,収束に向かったとの見方がある5)

2016年4月の熊本地震では,熊本市動植物園からライオンが逃げたという虚偽情報が,意図的に流された。この情報を多くの人々が信じ,投稿は2万回以上リツイート(投稿を自動的に複製して,自分のアカウントを閲覧する人々に再投稿する仕組み)された。結局,虚偽情報を流した男性は,同年7月に偽計業務妨害で逮捕された(その後不起訴処分)6)

また,ネットでの「実話」「逸話」は,それが事実か確認するのは極めて難しい。

匿名電子掲示板の2ちゃんねるには,多数の興味深い「実話」や「逸話」が漂うものの,匿名の者が身の回りに起きたとする投稿の事実確認はほぼ不可能だ。匿名投稿をできるインターネットは,民俗学者が収集するフォークロアのように,虚実裏腹の物語が浮遊する「伝承の匿名空間」とでも呼ぶべき場所である4)

哲学者・倫理学者の加藤尚武は,「情報についての真理原則は,真理が守られるかどうかというプラトン以来の原則である」という7)。情報は実物・現実とはそもそも違うから意味がある。実物・現実をもってくることなく,情報だけ伝えれば用が足りる。実物・現実よりも速く伝わることも,情報を基に実物の到来に備えられるという重要な意味がある8)

反面,このように実物・現実と離れて存在できる性質があるから,情報は嘘もつける。虚偽情報(虚偽流言)は,実物・現実と一致しない情報だ。映像にしろ,言葉にせよ,私たちが現実ではないものを情報として提示するとき,それが仮象(つまり,現実ではないもの)と区別できなければ,とても困る。

そして,加藤によると,情報倫理の目指すところは,自由主義が目指した他者への危害・迷惑の防止とは違うものになる注1)。有体物と違って,情報は,情報そのものが危害の原因になる因果関係がない。情報そのものは行為ではないからだ。情報の内容による不正(不快や虚偽)注2),情報のアクセスや複製・公開の不正行為注3)などが,情報に関する不正だ8)

ところが,虚偽情報を流す者は,すべて故意なわけではない。注意を喚起しようと,善意で虚偽情報を伝えてしまう場合が少なくない。熊本のライオンの脱走情報も,最初の投稿は故意の嘘だが,その投稿をリツイートした者は,その嘘を信じた者がほとんどだろう。虚偽情報を意図的に流す者を取り締まるだけでは,虚偽流言を防ぐことはできないだろう。

虚偽流言とどう戦うか

結論からいえば,虚偽流言は完全には防げない。多くのユーザーが投稿するソーシャルメディアの情報は,匿名性も助けとなり,一定の虚偽が混じったものと考えざるをえない。

また,私たちは絶対にだまされないとは言い切れない。私たちは,生まれつき真実を口にする傾向をもち,さらにしつけや教育でその傾向は促進されるから,一般的に皆真実を言うものと期待している。それは,匿名のインターネット空間でも同じだ。だからこそ,時に嘘が強烈な被害を引き起こす。パソコン遠隔操作事件の犠牲者たちも,犯人の嘘を信じてひどい目にあった9)

では,虚偽情報をリツイートなどで伝達する可能性を少なくするには,どうすればよいだろうか。情報そのものの整合性やもっともらしさをチェックする「内在的チェック」や,他の情報や情報源と内容を照合する「外在的チェック」がよく勧められる。内在的チェックや外在的チェックの重要な「武器」は,批判的思考と信頼できる基礎知識だ。これは,よい書物の精読多読と学校教育が重要だろう。

ところが,そもそも疑わしいと感じなければチェックしようがないし,外在的チェックを意図する問い合わせが殺到すれば,業務を妨害する可能性がある。熊本市動植物園には,地震当日から翌日に,ライオン脱走の真偽を問う100本以上の電話がかかってきたという。

まずは疑うことが必要として,どんな条件がそろえば,情報を疑えるだろうか。前提は,前述のように,批判的思考や信頼できる基礎知識だ。そのうえで,実際にだまされたり,嘘の「実話」が世の中に多い現実を知る経験を積んだりするのが大事かもしれない。

筆者には数年前にすでに,実家の隣町で「通り魔」が起きたというFacebookの情報が,実は虚偽だったという経験があった。だから,冒頭の事件でも何か疑わしいと感じたのかもしれない。

また,「実話」と称する奇妙な体験や異常な経験を投稿する読者投稿欄をもつ雑誌・新聞があるが,大学院在籍の頃(1990年代後半),実際にはそれら投稿の多くが,職業ライターが書く虚構だと,当の書き手自身から話を聞いた注4)。この経験から,ネット上の「実話」と称する匿名の体験談も,どこまで本当か疑ってしまう(が,面白い話はつい読みふけってしまうのは,筆者自身の弱さだろう)。

浜津らによると,マルウェアに感染した経験があった方が,感染の可能性に気づいた際,実際に対策を講ずる傾向が強い10)。情報セキュリティー意識を高める重要要素が,実際にセキュリティーを脅かされた経験とすると,適度にだまされることは,虚偽情報・虚偽流言を疑うきっかけとなるかもしれない。

他者がだまされた経験談も多数世の中にあるが(例,オレオレ詐欺の被害者のストーリー),わがことと考えない限り,その伝聞も生きない。信じられやすい虚偽情報は,人間共通の弱点を突くから,自分や家族にも起こりうると考えるのが大事だ。ただ,怖がりすぎても日常生活に支障をきたす。バランスが大事だ。

その一方で,情報の真正性(事実・実物との対応)を確認する重要な方法は,発見法的(ヒューリスティック)だが,発言者・投稿者に着目するものだ。匿名発言では,意見のもっともらしさは発言を吟味すればわかるものの,すでにみたように,事実かどうかは現実と照合しないとわからない。事実か確かめようがない発言は,事実判断を保留しよう。

Twitterの公認アカウントのように,発信者の真正性を保証するサービスがあれば,実世界での信用に関わるので,少なくとも(すぐわかる)意図的な虚偽情報は発信しないと,期待できる。特に,マスメディアは,内部の多数の人々が情報発信をチェックする仕組みをもつので,本来信頼性が高いはずだ。

ただし,新聞などのマスメディアも,誤報が多いとすでにわかってきた。だから,報道内容の事実性や正確性を検証するメディアの重要性も,今日では高まっている(例,GoHoo:日本報道検証機構 http://gohoo.org/)。検証メディアが機能するとともに,マスメディアは,インターネットが得意とする速報性よりも,情報の真正性を重視する姿勢へと転換し,ユーザーがインターネットの情報の虚実の判断に迷ったときに頼れるようになるべきだろう。

しかし,繰り返すが,こう書いている筆者自身が今日または明日にもだまされる危険はある。虚偽情報・虚偽流言にだまされないという「必勝法」は,おそらく存在しないのである。

執筆者略歴

撮影:今村俊介

  • 大谷 卓史(おおたに たくし) ootani@kiui.ac.jp

1967年生まれ。吉備国際大学アニメーション文化学部准教授。専門は情報倫理学,科学技術史。編集者,サイエンスライター,東京大学大学院 工学系研究科博士課程を経て現職。著書に『情報倫理:技術・プライバシー・著作権』(みすず書房),『アウト・オブ・コントロール:ネットにおける情報共有・セキュリティ・匿名性』(岩波書店),共著書に土屋俊監修『改訂新版 情報倫理入門』(アイ・ケイコーポレーション),『メディアとICTの知的財産権』(共立出版),訳書にダニエル・J・ソローヴ『プライバシーの新理論: 概念と法の再考』(みすず書房)等がある。「情報管理」では2012年1月から連載「過去からのメディア論」を担当。

本文の注
注1)  他者に危害が及ばない限り,判断能力がある成人の行動には,政府・社会が介入すべきではないという原則は「他者危害原則」といい,自由主義の基本原則とされる。参考文献11参照。

注2)  機械に指令を与える情報は,その情報が原因で機械の暴走・誤作動などを起こせるから,危害の議論が可能かもしれない。

注3)  加藤は,「私有物としての情報への侵害」という言葉で,この不正を説明する8)。しかし,そもそも所有・占有の観念が,情報にはふさわしくないように思われる。したがって,本稿では,情報の所有概念には訴えず,参考文献8が示そうとした不正の内容を説明した。

注4)  2015年,読者プレゼントの当選者をでっちあげて発表したマンガ雑誌が報道された。この事件も,「実話」投稿を行う読者と同様,メディアが情報を捏造(ねつぞう)した例だ。以下を参照。

“パズル雑誌の懸賞で当選者水増し 消費者庁,出版元に措置命令”. 日本経済新聞, 2015年12月8日. http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG08H4S_Y5A201C1CR8000/

参考文献
  • 1)  廣井脩. “情報化時代のうわさ”. うわさと誤報の社会心理. 日本放送出版協会, 1988, p. 4-7.
  • 2)  川上善郎. “うわさの噂:バラエティに富むうわさ”. うわさの謎 : 流言,デマ,ゴシップ,都市伝説はなぜ広がるのか. 日本実業出版社, 1997, p. 12-24.
  • 3)  松田美佐. “うわさの影響力”. うわさとは何か:ネットで変容する「最も古いメディア」. 中央公論新社, 2014, p. 15-21.
  • 4)  大谷卓史. 情報倫理:技術・プライバシー・著作権. みすず書房, 2017, 531p.
  • 5)  荻上チキ. “流言・デマの悪影響を最小化するために”. 検証東日本大震災の流言・デマ. 光文社, 2011, p. 188-202.
  • 6)  (災害大国)備える,デマ情報にも 熊本地震,善意の拡散で混乱. 朝日新聞, 2017-04-24, 東京朝刊, p. 31.
  • 7)  加藤尚武. “ヴァーチャル・リアリティと情報の倫理”. 技術と人間の倫理. 日本放送出版協会, 1996, p. 287.
  • 8)  加藤尚武. 先端技術と人間:21世紀の生命・情報・環境. 日本放送出版協会, 2001, 219p.
  • 9)  大谷卓史. “45. 匿名的コミュニケーション環境での協力行動――ウィキペディアとパソコン遠隔操作事件”. 加藤尚武編. 「貢献する気持ち」研究レポート集. http://www.homo-contribuens.org/wp/wp-content/uploads/2017/04/thesis_taki_045.pdf, (accessed 2017-06-03).
  • 10)  浜津翔, 栗野俊一, 吉開範章. 集団的防護動機理論に基づく情報セキュリティ対策実行意思モデルの提案とその活用. 情報処理学会論文誌. 2015, vol. 56, no. 12, p. 2200-2209.
  • 11)  加藤尚武. “まえがき”. 現代倫理学入門. 講談社, 1997, p. 4-5.
 
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