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この本!~おすすめします~
この本! おすすめします 「京都高低差崖会」と「ヨーロッパ企画」に学ぶユーザの姿
江上 敏哲
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2017 年 60 巻 6 号 p. 450-452

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資料・情報に携わる仕事をしている身としては,どうしてもユーザのことを常に考えずにはいられない。資料・情報はどのようなユーザにどのように届き,受け取られ,使われているのか。あるいは,届かない,受け取られない,使われないのか。特にデジタルの場合,その対象となるユーザは幅広くかつ境目なく,また届く/届かないの変化や温度差はときに急速かつ極端な様相を見せることがある。

本稿では,実在する/実在しない2組を例に,資料・情報・デジタルとユーザのあり方をのぞいてみたい。2組のユーザとは「京都高低差崖会崖長」と「大阪・新世界のおっちゃんたち」である。

『京都の凸凹を歩く』は,土地の“高低差”や“凹凸”を主役に据えた,他に類を見ない京都ガイドブックである。著者である京都高低差崖会崖長(http://kyotokoteisa.hatenablog.jp/)の梅林秀行氏によれば,この崖会は「まいまい京都」(http://www.maimai-kyoto.jp/)という京都の住民がガイドするミニツアー企画の活動を通して生まれたという。特徴的な土地の形状から読み取れる歴史や社会と人との関わりをわかりやすく解説してくれる。梅林氏は,NHKの人気番組『ブラタモリ』にもたびたび出演し,サングラスのあの方をあちこち連れ回しては軽快な語り口で地形や街並みに秘められた物語を紹介している。

土地を解説してくれているわけだから,ただ屋内でぼーっと読んでいるだけではもったいない。というわけで,6月のある週末,『京都の凸凹を歩く2』を携えて金閣寺へ足を運んでみた。金閣寺と言えば一年中観光客でごった返し,一方で市民が足を運ぶことはほぼないようなスポットで,私自身も訪れたのは10年ぶりか15年ぶりかとんと覚えがない。そんな手垢のついたような観光地でも,あらためて本書を片手に地図と写真と解説文を比べながら歩いてみると,見知っていたはずの風景がまるで違って見えてくる。金閣の配置とその背景を構成する地形にはそんな由来があったのか,金閣と衣笠山はこんなふうに見えるのか。古文献によれば金閣の北にもう一棟あったらしい,だとすれば風景はさらに違って見えるのではないのか。そうやってひとつひとつの意味を丁寧に解説してくれる“ガイド”とともに歩いていると,本書に言及のないものでも自力で丁寧に見るようになってくる。あの垣根は,あの祠は,あの敷石はどういう由来があるんだろう,気になっては立ち止まりスマホでググる。そうこうするうち,観光客なら30分で通り過ぎるような境内に,気がつけば2時間以上も滞在していて,いやあ金閣寺ひとつにこんなポテンシャルがあったとは,とすっかり堪能してしまった。

その丁寧な“ガイド”を支えているのが,本書中で引用・参照されている豊富な文献・資料の数々である。金閣寺の章だけでも,江戸中期の古絵図,大正の都市計画基本図,幕末の錦絵,室町期の日記本文,京都市埋蔵文化財研究所による地下電気探査の報告書,そして地形図のベースは「カシミール3D」(http://www.kashmir3d.com/)という地形データのデジタルアーカイブ。学際的,というよりは分野の混交,その土地を主軸とした一種の総合芸術(総合学術?)のようにも思える。

このような活用をしている著者へこれらの資料・情報がどう届くかを考えるとき,ポイントのひとつは分野横断的なポータルの有無だろう。デジタルで公開してくれていればそれでもよいが,各種のデジタルアーカイブがネット上に散在していて思うように探せないとなれば,効率が悪いだけでなく,柔軟な発想を生み出しにくい。個々にしぼって探せる機能,に加えて,異なるデジタル資料を一括で発掘できるツールがほしい。2020年までに整備されるという国立国会図書館のジャパンサーチ(仮称)1)がそれを実現してくれるのか,期待されるところである。

もう1点,著者の梅林氏が大学等に所属しない“崖会”の“崖長”であることにも留意したい。各分野のさまざまな専門資料・学術資料が,特定の大学に属する者だけでなく公共に開かれたものであるか。特に,デジタル資料がオープンにアクセス可能かどうか。知の継承と共有が新しい知を生産するサイクルの原動力となる,ということを信じる立場としては,最高学府たる大学が知の囲い込みや出し渋りに走るのは自殺行為に等しいと考えずにはいられない。大なり小なりどのような形であれ“オープン”を実践していくことは,今後の大学等の社会に対する責任の果たし方のひとつとしても切実に考えられなければならない課題であろう。

『京都の凸凹を歩く:高低差に隠された古都の秘密』,梅林秀行著,青幻舎,2016年,1,600円(税別)http://www.seigensha.com/books/978-4-86152-539-1
『京都の凸凹を歩く2:名所と聖地に秘められた高低差の謎』,梅林秀行著,青幻舎,2017年,1,600円(税別)http://www.seigensha.com/books/978-4-86152-600-8

『来てけつかるべき新世界』は,京都を拠点に活躍する劇団「ヨーロッパ企画」による舞台演劇(2016年)を収録した戯曲本である。2017年第61回岸田國士戯曲賞を受賞した。と書くとなにやらたいそうに見えるが,「大阪の新世界に,デジタルとテクノロジーの“新世界”が到来した」という,SFと吉本新喜劇をミックスジュースにしたような,ゲーム好きで工学部出身の脚本家・上田誠氏が得意とするシチュエーション・コメディである。

舞台は,おそらくもうあと何年後かの,大阪・新世界のはずれ。主人公は食べログの評価に悩む串カツ屋の娘。ソース二度づけでもめたり,縁台将棋で暇をつぶしたりと,一見デジタルとは無縁のおっちゃんらがたむろする路地裏に,“新世界”の羽音がきこえてくる。出前ドローンがお好み焼きを運び,ロボットが日雇い労働者の職を奪い,将棋クラブでは人工知能を搭載したゴーグルがディープラーニングで銀を泣かし,パーマ屋がバーチャルリアリティの同棲相手からの嫉妬にさいなまれ,通天閣の歌姫がマインドアップロードに挑む。テクノロジーがもたらすのは単なる効率化・省力化だけではない。例えば,串カツ屋の娘に好意を寄せるIT企業のCEO(通称テクノ)は,道頓堀に飛び込んだ阪神ファンを遠隔操作のドローンで救い上げた時の様子を,モニター越しにこう語る。

テクノ「あわててまわりのドローンに呼びかけて,救助活動したんです」

パーマ屋「あれ,お前が指揮したんか」

テクノ「指揮っていうか,連携を取り合いまして」

この掛け合いひとつからも,情報技術の進化が組織構成など社会のあり方自体を変えつつある様子がうかがえる。

シンギュラリティの先はユートピアかディストピアか。非日常的な出来事の連続に,最初は拒絶反応や愚痴ばかりだったおっちゃんたち。しかし少しずつ新アイテムが入りこみ,使わざるを得なくなり,使いこなすようになり,いつしか無くてはならない存在になっていく。その結果“新世界”は到来しただろうか? ラストシーンのおっちゃんたちは相変わらず縁台将棋を楽しみ,ソース二度づけでもめている。到来したのは“未来”というより,むしろ“次の日常”だった。何かが変わったのかもしれない。何も変わってないのかもしれない。よくわからない。もはやスマホがなかった頃どう行動していたかも思い出せない,かといって,あの頃の未来にぼくらは立っているはずだけど,思ったほど衝撃的に変化したようにも思えない。おそらくおっちゃんら…デジタルと無縁かに見えるユーザは頑固でも旧態依然なわけでもなく,ただちょっとものぐさなだけ,新しい物が来るなら来るで早いとこ日常化してほしいだけなのではないか。

だとしたら,資料・情報の提供のあり方を常に変革し前進させようとしている我々の営みは,どこへ向かうのか。その答えはもちろん本書にはない。ただなんとなく,バラ色の未来を強硬に実現するというよりは,いまの日常から次の日常へのゆるやかかつすみやかなアップデートくらいでええんとちがうやろか,と思う。

本作に興味のある方はDVD(http://www.europe-kikaku.com/shop/eurodvd028.html)もおすすめ。

『来てけつかるべき新世界』,上田誠著,白水社,2017年,2,000円(税別),http://www.hakusuisha.co.jp/book/b283141.html

執筆者略歴

  • 江上 敏哲(えがみ としのり)

国際日本文化研究センター図書館・司書。海外における日本研究の支援を主な職務とする。京都大学附属図書館,ハーバード・イェンチン図書館在外研修などを経て,2008年より現職。著書『本棚の中のニッポン』(笠間書院,2012)。京都市在住。好きなヨーロッパ企画本公演作品は『囲むフォーメーション』。

参考文献
 
© 2017 Japan Science and Technology Agency
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