2017 年 60 巻 7 号 p. 471-480
電力系統の周波数は,発電所の出力を需要に応じて調整することでバランスを保っている。近年,この調整を需要の制御で行う,「ディマンドリスポンス」という取り組みが期待されており,日本においても技術実証や制度設計が進められている。本稿では,ディマンドリスポンスの意義や日本での取り組み状況について触れる。次に,スマートエネルギーネットワーク,新電力への活用,2015年度および2016年度の実証等,大阪ガスがこれまでガスコージェネレーションシステムを用いて取り組んだ実例を紹介する。最後に,今後の市場拡大の可能性を踏まえ,大阪ガスが準備すべき課題について言及する。
大阪ガスでは2011年頃より,需要家(電力を消費する法人・個人)サイドに分散されているガスコージェネレーション注1)(以下,コージェネ)を統合的に遠隔制御することで,需給ひっ迫時の対応や再生可能エネルギーの変動補正など,社会が電力を求めるタイミングでの提供を想定し,分散型社会実現に向けたエネルギー利用最適化の取り組みとして「スマートエネルギーネットワーク(SEN)」の構築を行ってきた。さらに2015年度からは,このSEN実証で培ったコージェネ群制御技術を生かし,需要家側の節電による需要量削減(ネガワット)に費用価値を見いだす動き(ディマンドリスポンス)に呼応して,このディマンドリスポンスを生み出す実証に参加,また今後のバーチャルパワープラントの実現に向けてその有効性を評価し,ビジネス化へと進めている。
本稿ではこの2つの取り組み,ディマンドリスポンス/バーチャルパワープラントについて解説する。
発電と需要の電力需給バランスが崩れると電気の周波数変動が起こる(図1)。一定範囲を超えた周波数変動が起こると,工場など電力を消費する法人・個人である「需要家」設備の制御に影響を与え,最悪の場合,大規模な停電の発生につながる。現在は,通常の周波数変動を50Hzあるいは60Hz±0.2Hz以内になるよう,一般送配電事業者が発電所の出力を需要に応じて制御することで周波数を一定範囲内に維持している。
ところで近年,太陽光や風力などの再生可能エネルギーの導入が加速している。
再生可能エネルギーは輸入に頼らない国産エネルギーであり,発電時にCO2を出さないというメリットがある。一方,天候に左右されるため,電力需要に合わせた発電ができないというデメリットも併せもつ。電力需要に合わせた発電ができない再生可能エネルギーの増加に伴い,追加的な調整力の確保が近年の課題となっている。
2章1節で触れたようにこれまでは電気の需要量に応じて発電所を制御して周波数調整を行ってきた。欧米では需要を制御することで需給バランスを保つ活用がみられ,この需要の制御はディマンドリスポンス(Demand Response,以下DR。コージェネ等の発電設備で発電量を増加する,または機器を制御し消費電力を下げることで,需要側の電力消費を抑制する)と呼ばれる。特に需要のピークが発生するタイミングで需要を抑制(下げDR)すれば,ピーク需要のために必要な発電機を削減することができる(図2)。近年,欧米ではDRを再生可能エネルギーの増加に対応した調整力として活用する事例もみられる。
需要家の自家発電機や蓄電池等のエネルギー設備,工場の生産設備などのさまざまなエネルギー源(以下,エネルギーリソース)を統合的に制御しDRを創出することで,発電所のように電力を創出し,調整することを仮想的に実現する仕組みをバーチャルパワープラント(Virtual Power Plant,以下VPP)という。
図3に,DRの群制御によるVPPのビジネススキームを示す。需要家のエネルギーリソースによって生み出されたDRを束ねるアグリゲーター注2)は,一般送配電事業者に調整力を提供する窓口の役割を果たす。
一般送配電事業者の指令を受けたアグリゲーターは需要家へDRの指令を出し,この指令を受けた需要家が自らのエネルギーリソースでDRを創出する。アグリゲーターはそのDRを一括で管理し,一般送配電事業者へ提供する。その効果に見合った報酬を,アグリゲーターを通じて需要家へ配賦(はいふ)させる仕組みがVPPの基本的なビジネススキームである。
日本では,「エネルギー基本計画2014」注3)においてこのDRの活用が掲げられ,2014年度から2016年度に,技術実証事業が行われた。併せて「ネガワット取引に関するガイドライン」注4,注5)がDRの普及へ向け整備された。
2020年度の送配電分離注6)後は,一般送配電事業者は自身で発電所を保有しない。そこで需給バランス調整や周波数制御の調整力は他者から確保する必要がある。2020年度に導入予定の需要調整市場注7)が調整力の取引の市場になるといわれている。調整力の確保量を増やすためには,従来の発電所だけではなく,需要家のエネルギーリソースによるDRを活用していくことが重要といわれている。
2.3.2 調整力公募2017年度より需要調整市場の先駆けとし,一般送配電事業者による「調整力公募」が開始された。この中の一つのメニューである「電源Ⅰ′厳気象対応調整力」は,猛暑や厳冬などの厳しい気象に対応する調整力であり,VPPで取り扱われるDRも応募することが可能となった。
本章では大阪ガスのこれまでのDRおよびVPPに関する取り組みについて紹介する。
低炭素社会の実現に向けて,図4に示す各部門(家庭用・業務用・産業用)における省エネが重要である。エネルギー需要の半分程度以上は熱エネルギーであり,電気だけでなく熱を有効利用することが特に重要である。したがって今後の低炭素社会実現においては,電気エネルギーだけではなく,熱エネルギーも含めたトータルでの省エネが不可欠であり,コージェネの普及は一つの解決策である。
また東日本大震災以降の電力不足から,エネルギーセキュリティーの確保が課題となっている。
コージェネは大型発電所より構築が容易で,エネルギーセキュリティーの確保にも貢献することが可能である。これらの観点から大阪ガスでは,コージェネの普及を推進している。
コージェネはDRやVPPにも活用できる。以降,大阪ガスのコージェネのDRやVPPの活用を紹介する。
スマートエネルギーネットワーク(図5)とは,「コージェネ+情報通信技術(ICT)」により,コミュニティー単位で省エネ・省CO2を実現しつつ,さらにコミュニティーおよび系統のセキュリティーの向上を目指すシステムである。大阪ガスでは,以下3項目を目的とし2011年に実証を行った。
このうちの(2)については,電力系統の需給ひっ迫時に複数のコージェネを遠隔制御し,コージェネの出力増加でDRの実現を目指すものである。つまり,前述のVPPのコージェネによる実例に相当する。
実証では3エリア,合計9台のコージェネに監視制御サーバーから遠隔制御が可能なシステムを構築した。
実証の一例を図6に示す。本例は需要家サイトに設置されたコージェネに監視制御システムから,11時から15時までの間の計4時間にわたり,DR指令(コージェネの出力増加指令に相当)を送信し,合計で400kWのDRを創出した結果を示している。
3.3 新電力での活用その翌年の2012年には,エネット社と共同で,新電力でのコージェネによるDRを活用する取り組みを行った。図7は本取り組みの概要を示している。
2012年当時のDRは日本卸電力取引所(JEPX)で取引することができなかった。
そこで,「(1)大阪ガスはコージェネから生まれたDRをエネットへ提供」し,「(2)そのDR提供によって生じた発電所の余力をJEPXで販売」した。これらの仕組みでエネットへの電力供給を維持しながらDRのマネタイズを実現した。
2015年度には新エネルギー導入促進協議会より「ネガワット取引に係るエネルギーマネジメント構築と実証」と呼ばれるDR実証が開始された。本実証は,DRの定着の環境整備,そしてDRの迅速性や確実性などの評価を行い,DR価値を分析する実証であった。大阪ガスは3章で紹介したコージェネを用いたDRのノウハウを生かし,本実証に参加した。
4.1.2 概要本実証の概要は図8のようになる。
まず,一般送配電事業者がアグリゲーターへDRを指令する。指令を受けたアグリゲーターは需要家にDRを要請し,需要家は要請に応じて節電等を実施する。後日DR実績に基づき,需要家はアグリゲーターを経由して需要抑制費を受け取る。
本実証は,「10分前予告」「1時間前予告」「前日予告」という3タイプのDRメニューに分かれており,大阪ガスは前者2つのメニューに参加した(表1)。
「10分前予告」は,DR発動の10分前に指令を受信し,その指令をもとにDRを発動するものであり,早い応答速度を要するものである。一方,「1時間前予告」は,実発動の1時間前に指令を受信し,手動操作での対応を可能とするメニューであった。
「10分前予告」には2件,「1時間前予告」には22件の計24件の需要家の参加で,総量3万8,710kWのDR容量を確保した。
本実証におけるDR発動の流れを図9に示す。
一般送配電事業者からのDR指令は,Open-ADR 2.0bと呼ばれる国際標準プロトコルに基づいて発信し,大阪ガスはDR指令をメールに変換し,各需要家に送信する。本処理はDRシステムにて自動化した。
「10分前予告」では,スマートエネルギーネットワークで構築した遠隔制御システムを用いて,コージェネの出力を上げ,「1時間前予告」では,子アグリゲーターを介して,各需要家へメールまたは電話で連絡を行い,需要家が自身で需要負荷削減を行った。
「10分前予告」および「1時間前予告」の結果を図10に示す。「10分前予告」は全10回の発動のうち,5回の成功,「1時間前予告」は全20回の発動のうち,11回の成功となった。「1時間前予告」においては,10月において2万3,000kWのDRを達成しており,数万kW規模の調整力を生み出すことができることを示した。
「10分前予告」ではコージェネが停止中で対応不可能なケースがあり成功率は50%,「1時間前予告」では,需要家のオペレーション体制上の問題によるDR指令の認識漏れ,あるいは構内負荷変動により,成功率は55%という値であった。今後のDRの活用においては,成功率の考慮が必要となるだろう。
2016年度にはエネルギー総合工学研究所が「バーチャルパワープラント構築実証事業」を募集し,大阪ガスは「B. 高度制御型ディマンドリスポンス実証事業」の1時間前予告DRに参加した。
2015年度と比較すると,表2にあるように2016年度は成功判定基準が厳しくなった。2015年度の場合,アグリゲーターは契約容量の90%以上を達成していれば成功であったのに対し,2016年度は契約容量の90~110%に収めることが求められ,大阪ガスでは本実証で,新しい取り組みとして,各需要家のDR達成状況を監視できるよう計測端末を設置し(図11),
これらにより,各需要家のDR達成状況に応じてDRの追加発動やキャンセルを行い,DRの成功率の向上を目指した。関西圏の合計9件の需要家をアグリゲートし,VPP実証に臨んだ。
結果を図12に示す。(a)「昨年度結果との比較」に示すとおり,昨年度より成功率は向上した。成功率が向上した理由として,DR状況をリアルタイムにモニタリングし,状況に応じてDRの追加発動・キャンセルを実施したことが挙げられる。また(b)「成功基準別の成功率」では,成功基準が70~130%の実質成功率は100%に達することがわかる。
以上より,2016年度から始めた取り組みによって,DRの成功率向上に成功し,コージェネが調整力として電力系統の維持に貢献できる可能性を立証できたといえる。
本実証に参加した需要家の一部は,本実証終了後に2017年度の調整力公募の「電源Ⅰ′厳気象対応調整力」へ参加し,一般送配電事業者の調整力としての活用を開始している。
4章2節に記載したとおり,2016年度のVPP実証にて一定の確実性および信頼性を達成し,2017年度から調整力公募という実運用も始まっている。大阪ガスでは今後のDR市場がさらに拡大していく可能性を踏まえ,市場が拡大した際に需要家へさらなるメリットを提供できるようにDRのノウハウを蓄積し,機能を向上させていく必要があると考えている。
システムにおいては,下記2点の機能向上を検討している。
図13に示すDRの流れはこの2点のポイントを考慮したシステムとなっており,大阪ガスでは本システムの実現に向けた準備を進めていく。
システムの機能向上によりDRの単位当たりの価値を高めるだけでなく,DR対応が可能なエネルギーリソースの充実も併せて図っていく。
現在,大阪ガスのDRの中心となっているのはコージェネであるが,DRに対応可能なエネルギーリソースは他にも空調システムや蓄電池システム等が考えられる。たとえば空調システムでは,DRが要請される時間帯において電気式空調からガス式空調にシフトすることでネガワットを創出することができる。蓄電池システムにおいては,比較的DR発動の少ない夜間に蓄電しDR発動の多い日中に備えるという運用等でDR要請に応答できると考えている。このようにエネルギーリソースの多様化を図ることでDRの拡大につながると考える。
大阪ガスでは,3章および4章で紹介した取り組みを通して,コージェネを中心としたDRを調整力として活用する有効性を示すことができた。
今後は,5章で紹介したようにシステム面での機能向上だけでなく,コージェネ以外のエネルギーリソースのラインアップを充実させることで準備を進めていく。
本取り組みを通じて2020年に予定される送配電分離後の系統維持への貢献およびコージェネをはじめとした分散型電源の普及を進めていきたい。
2011年に大阪ガスに入社。エンジニアリング部にて,コージェネレーションを中心とした分散型電源を活用したDRやVPPのビジネスモデルの開発および実証に従事している。
※ネガワット取引:電力会社の要請に応じて企業等が節電した電気使用量を,電力会社が買い取ること。
※出典:経済産業省 「ネガワット取引に関するガイドライン」を策定しました:スマートな節電を行える環境整備を進めます より一部引用。