Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
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短報
専門的緩和ケア紹介前の余命の告知に関する後方視的研究
西 智弘小杉 和博柴田 泰洋有馬 聖永佐藤 恭子宮森 正
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2016 年 11 巻 4 号 p. 337-340

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Abstract

本邦における余命の告知が,内容まで含めてどの程度具体的に行われているのかを示した報告は少ない.2013年4月から2016年3月までに,緩和ケア科の初診に紹介された患者について,前医における余命の告知に関する記載について診療録から後方視的に抽出した.結果,248名が調査対象として抽出され,そのうちの43%が「数字断定」の告知を受けていることがわかった.一方,19%の患者・家族は,主治医から余命について「聞かされていない」という結果であった.本研究から,一定の割合で「数字断定」的な余命の告知が行われていることが示唆され,終末期の話し合いについての改善の必要性が改めて示された結果であると言える.

緒言

進行がん患者に関する余命の予測については,これまで多くの予後予測ツールが開発され,その有用性についても検証されてきた1).今後,余命の予測はより正確性を増し,医療者が患者の残された時間をより正確に把握できる未来が来るかもしれない.

ただし,それを患者や家族に伝えるべきかどうか,また伝えるにしてもどのように伝えるべきか,という点についてはよくわかっていない.

米国の腫瘍内科医に対する調査では,具体的な余命について話をする頻度はどれくらいか,という質問に対して,43%の医師が「常に」「通常は」と答えており,「時々」「めったにない」「全くない」という医師は53%と報告されている2).日本臨床腫瘍学会のがん薬物療法専門医・指導医を対象とした質問紙調査では,進行がんと診断された仮想症例に対して,推定される余命について「診断時に話し合う」という医師は34%,「患者や家族がそのことについて話題にしてきた時に話す」という医師が32%という結果であった3)

Oxford Textbook of Palliative Medicine(5th Edition)には,患者の多くは余命について知りたがっている,と記載されているが4),本邦における状況と一致しているとは言えない.日本における報告では,余命の告知を望む率は 50%,望まない率は 30%と報告されており5),また全国規模の遺族調査(J-HOPE 1)では,余命や病状進行の告知について10~20%が「希望しない」,40%は「詳細に教えてほしい」,そして50%は,「患者側が尋ねた時だけ教えてほしい」「知りたいかどうかをまず尋ねてほしい」と考えていたと報告されている6).また実際の日本における余命告知の頻度については,亡くなるまでの全期間において,本人に余命を告げた例は54%と報告されている7)

オーストラリアのEnd-of-Life Discussionに関するガイドライン8)において示されている余命の伝え方には様々な方法があり,例えば,「週単位」や「月単位」といった言い方や,「数週間から数カ月」,または「短ければ1~2カ月,長ければ数カ月」とか「あなたの状況と同じような方では,30%の方が1年後にも生きているでしょうし,50%の方は半年後にも大丈夫だと思います」といった言い方,またはこれらを適宜組み合わせて伝えるなどである.どの方法が他の方法よりも優れているか,ということはわかっていないが,少なくとも,「あと3カ月」といったように断定的な言い方をすることは避けるべきと記載されている.日本でも,患者や家族を対象とした調査で,そのような断定的な言われ方が最もつらい経験になり,数値や生存率を用いた告知は望まれない,といった報告がある9,10).日本での患者が受けた余命告知の方法に対して,約6割が「何らかの改善の余地がある」と評価しており,約5割は実際に余命告知を受けたことで「希望を失ったように感じた」と回答している8)

このように,本邦においては余命の告知に関する希望や告知の現状は一様と言えない状況であるが,実際に「緩和ケアの専門科へ紹介される前に」内容まで含めてどの程度具体的に余命の告知が行われているのかを示した報告は少ない.今回われわれは,自施設の診療録を用い,専門的緩和ケアに紹介されてくる前に,どういった余命の告知が行われているかの調査を行ったので報告する.

方法

川崎市立井田病院(以下,当院)において,2013年4月から2016年3月までの36カ月の間に,緩和ケア科の初診外来に紹介された全ての患者を対象とした.対象患者の初診時面談において聴取された「前医における余命の告知に関する記載」について,1名の緩和ケア医が診療録から後方視的に抽出した(初診時に緩和ケア医との間で行われた余命についての話し合いは除外する).余命については先行文献8)を参考に,「聞いていない」「週・月単位」「数字断定」「幅をもつ数字」「生存率」「わからない」「その他」に分類した.また,その際に告知を受けた人物が特定できるものについてはその数を計測し,患者本人が告知を受けている例で「告知を受けたことによる思いや行動」が記録されている例についてはその内容を抽出した.

初診患者については,周辺情報などについて十分に話し合う時間を持てる「緩和ケア初診」の患者に限定し,救急で受診した結果,緩和ケア科に紹介された患者や,院内他科から再来枠などに紹介され,初診時に十分な面接時間が確保できなかった例などは除外した.

本研究で用いるデータは,患者本人または家族からその使用について文書で同意を得ており,研究内容について当院における倫理委員会による承認を受けた.

結果

36カ月の間に,緩和ケア初診外来を受診した患者は637名であった.そのうち,「余命の告知」について診療録に記載が残っていない389名を除外した248名(39%)を調査対象とした.

248名の患者背景について表1に示す.余命の告知の内容について表2に示す.最も頻度が高い告知の内容は「3カ月」や「半年」といった「数字断定」の言い方であり,全体の43%を占めた.次に頻度が高いのは「2~3カ月」や「半年から1年」といった「幅をもつ数字」の言い方で21%であった.一方,19%の患者・家族は,主治医から余命については「聞かされていない」という結果であった.

表1 患者背景
表2 緩和ケアに紹介された患者・家族が前医から受けた余命告知

告知を受けた対象について,家族のみが受けたことが明らかな例は58名(23%),患者本人が受けたことが明らかな例は72名(29%),診療録に記載のない例が118名(48%)であった.また,本人が告知を受けた例について,そのことによる患者本人が感じた思いや行動についての記録があった例は12名であり,その内容を表3に示す.この記録がある12名のうち「数字断定」による告知を受けたのは6名(50%),「幅をもつ数字」が4名(33%),その他として「もう長くない(1名)」「年は越せない(1名)」であった.

表3 余命の告知を受けて患者本人が感じた思いや行動

考察

当院における専門的緩和ケア紹介前の余命告知の状況について,現況調査を行った.

このデータからは,数としては少ないが患者本人に対して余命の告知が行われている例もあり,また,国内外の先行文献でも示されたように,数値での断定的な言い方については避けられるべきとされているにもかかわらず「数字断定」の余命告知を受けた例も少なからずあることがわかった810).本研究でも,N=12と少数であり,そのために悲観的な例のみが抽出されていると考えられるものの,余命の告知を受けたこと自体による悲痛な訴えが記録に残されていた.日本においては,余命を数値や生存率で伝える方法よりも,予測される余命が将来のプランにどう影響するかについて話すこと(例えば「もしも旅行を計画されているのであれば,12月までに行ったほうが良いでしょう」など)が好まれるといった報告もあり10),今後日本において余命をどのように伝えていくべきか,という点について,さらなる研究と議論が求められる領域と言える.

本研究の限界としては,診療録からの後方視的研究であることから,6割強の患者で記録が残っておらず,信頼性が低い点である.記録が残っていないのが,面接者がそもそも質問をしていないのか,記録者が記載を漏らしたのか,その点についても不明であり,その中の相当数に「聞かされていない」という患者が含まれている可能性は高い.単施設における調査であるため,地域性などでの偏りがある可能性もある.また,当院初診時における過去の告知のことについての回答のためリコールバイアスについては排除できない.

以上から,本研究は極めて限定的なデータではあるものの,緩和ケア専門科紹介前の時点で,ある一定の割合で「数字断定」的な余命の告知が行われていることが示され,そのコミュニケーションの改善の必要性についても改めて示唆された結果であると言える.

どのような方法で改善を図るべきか,という点については本論文で述べるべき主題ではないが,がん薬物療法専門医に対する終末期についての話し合いに関する質問紙調査における自由記述の内容の質的分析からは,がん治療医側は,終末期の話し合いをすることの重要性は認識していても,いつ,どのように話せばいいのかという具体的な方法に困難を感じていたり,実際にそれを話し合う時間や場所の確保が困難であることなどが示されており11),End-of-Life Discussionについての教育プログラムや,緩和ケア医・看護師などが第3者的に介入することなどが,ひとつの方法になるかもしれない.

結論

今後,日本においても,余命の告知を含めたEnd-of-Life Discussionについて議論を深めていくことが重要であり,本研究はその資料のひとつとなりえると考える.

References
 
© 2016日本緩和医療学会
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