植生学会誌
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原著論文
大雪山高根ヶ原南部における遺存種ムセンスゲが生育する湿原の植生と微地形
加藤 ゆき恵冨士田 裕子
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2015 年 32 巻 1 号 p. 17-35

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抄録

1. 北米・北欧を中心に分布する多年生草本ムセンスゲ Carex livida( Wahlenb.) Willd. は,極東地域ではカムチャツカ,千島列島,サハリン北部,朝鮮北部および北海道に点在し,北海道内では北部の猿払川流域の低地湿原,知床半島羅臼湖周辺の山地湿原,大雪山高根ヶ原の山地湿原に隔離分布する.その中でも,北欧・北米の自生地と最も似た寒冷な環境と推察される大雪山で,ムセンスゲが生育する湿原の植生と微地形の特徴を明らかにすることを目的とした.
2. 大雪山高根ヶ原南部,平ヶ岳南方湿原と忠別沼湿原の83コドラートで蘚苔類と維管束植物について植生調査を行い,群落を区分した結果を北海道内の高山の植生と比較した.また,それぞれの湿原で微地形測量を行った.
3. 植生調査の結果,平ヶ岳南方湿原で2群落を区分し,それぞれ2つの下位単位を区分した.忠別沼湿原では2群落を区分し,うち1群落では3つの下位単位を区分した.平ヶ岳南方湿原のブルテ植生は風衝矮小低木群落に,忠別沼湿原のブルテ植生は雪田群落に類似し,それぞれ湿原要素が混生していた.シュレンケ植生は両湿原ともにヤチスゲ群集に相当すると考えられた.
4. 微地形測量の結果,両湿原においてケルミ-シュレンケ複合体が形成されていることを確認した.これは猿払川湿原,知床半島羅臼湖周辺湿原とも共通しており,また,北米・北欧のpatterned mire とも類似の微地形であった.ケルミとシュレンケの比高差は平ヶ岳南方湿原で明瞭で,忠別沼湿原は比高差が緩やかであった.
5. ムセンスゲは平ヶ岳南方湿原,忠別沼湿原の両方においてシュレンケの群落に出現し,特に水深の浅い群落で優占度が高い傾向があったが,湿原内でムセンスゲが生育する地点は,湿原全体および湿原内の微地形の違いに応じて,両湿原の間で違いが見られた.また,両湿原は比較的距離が近いにもかかわらず気象条件,微地形の違いにより,湿原の全体の植生はブルテ植生を中心に異なっていた.
6. 平ヶ岳南方湿原と忠別沼湿原の植生を大雪山系の他の高地湿原と比較すると,種組成や成立する湿原群落に違いがあり,それは標高や地形による気象条件の違いによるものと推察される.この「永久凍土地帯の環境とそれに対応する植生」によってムセンスゲの生育環境も維持されていると考えられる.

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