アフリカ研究
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消費の世界とアフリカ・モラル・エコノミー
ザイール (現コンゴ民主共和国)・クム社会を中心にして
杉村 和彦
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2007 年 2007 巻 70 号 p. 119-131

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抄録

本稿は, アフリカ・モラル・エコノミーの特質とその動態のありようをザイール (現コンゴ民主共和国)・クム社会の共食慣行を中心に, 消費の世界から再検討している。本稿で検討するクム人の生活では, 現金とかかわる消費生活は, 日常的な消費物資から婚資や医療費にいたる様々なレベルにおいて, 多層なかたちでモラル・エコノミーが発現し, その過程において, 現金という他の財と比較してなかなか分配されにくい富が, いわば自発的に村の中で平準化され, また共有化される大きな契機となっている。
また, 現金経済が流入する中での「扶養」を介した「分ける」人としての富者像は, クムの中で, 社会的富としての山羊を保有し, 複数の妻を持って子供や親族に恵まれている富者像とつながるモラリティを有している。このようなクムの富者は, 共食慣行を軸にその背後の生活過程を支える消費の共同体を前提とし, その中で示される「物的生産」次元ではない, 人間の再生産を軸とする「社会的富」にかかわる富者像というものである。
このように,「共食」に生きるクムの農民の世界には, リネージの拡大を目指し,「生産」の意味を「人間の再生産」の中に置こうとする価値の次元が存在するが, そこには同時に, 日常的に消費の世界を介して,「分け合って」暮らすことによって再生産する農民の世界が浮かび上がってくる。そして同時に, この「食」をめぐる「共同の場」は, 生活集団を再生産させ, まさに親族構造を生み出す中核としても機能している。
このようなクムの共食の世界は, 経済学批判として展開した, 分配をめぐるポラニー派の経済人類学と「生産」の意味を反転させようとしたマルクス主義経済人類学という, これまで引き裂かれてきた二つの視角を接合することを要請し, そこにアフリカ小農のモラル・エコノミーのかたちとその原像を浮かび上がらせる。

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