アフリカレポート
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論考
エチオピアにおけるNGO活動――「慈善団体および市民団体に関する布告」(No.621/2009)の影響についての検討――
児玉 由佳
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キーワード: エチオピア, NGO, 人権
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2016 年 54 巻 p. 32-43

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要約

エチオピアでは2009年にNGOに関する法律が施行され、アドボカシーや人権の分野におけるNGOの活動が大きく制限されることになった。この法律に対応するために、NGO団体は法律に抵触しないように報告書の文言などを慎重に選択しながら活動を行っている。その一方で、政府と密接な関係を構築しているNGOは活動範囲を大きく広げつつある。このような状況下で、政府に対する批判的役割としてのNGOの重要な役割は萎縮している状況にある。

はじめに

非政府団体(Non-Governmental Organization: NGO)に関する先行研究では、国家との関係を意識した議論が数多くある[Carroll 1992; Farrington and Bebbington 1993; Fowler 2000]。これらの議論では、NGOと国家の関係は大きく2つに類別することができる。経済開発を主目的とした国家の補完としてのNGOの役割と、既存の政治的経済的枠組みの改革を求める市民社会組織としての役割である。

エチオピアでは2009年に、「慈善団体および市民団体に関する布告No.621/2009」(Charities and Societies Proclamation No.621/2009)によってNGOの活動に関する法律(以下法律No.621/2009)が施行された。この法律の特徴として、アドボカシーや人権の分野においてNGOの活動を大きく制限していることが挙げられる。この法律からは、NGOの役割を既存の政治的枠組みの改革ではなく、あくまで国家の補完の役割にとどめようという意図を読み取ることができる。この法律がNGOにもたらす影響については、多くの先行研究で検討されてきたが、法律の解釈にとどまるものが多く、実際にNGOがこの法律下でどのように活動しているのかについての調査はまだ少ない[Dupuy, Ron, and Prakash 2015; Dereje 2011; Hayman et al. 2013; Meskerem 2009]。

本稿では、法律No.621/2009の施行が、エチオピア国内のNGO活動にどのような影響を及ぼしているのかを、NGO代表者やプロジェクト部門の担当者などとのインタビューを通して検討する。本稿の構成は以下のとおりである。まず、第1節で法律No.621/2009の概要を説明し、第2節でエチオピア国内のNGO活動について統計データを用いて概観する。第3節では、現地のNGOとのインタビューを元に、具体的にこの法律がどのようにNGOの活動に影響をもたらしたのかを検討する。

1. 「慈善団体および市民団体に関する布告」(No.621/2009)による法律の概要

2009年に施行された法律No.621/2009は、人権問題と外国ドナーからの資金援助に対して厳しい規定を定めている。特に外国ドナーと、外国ドナーから多くの資金援助を受けているNGOは、人権問題を取り扱うことができなくなった。そのため、さまざまな外国援助機関が、NGO活動や資金援助に対するこの法律の影響についての検討を行っている[Hayman et al. 2013]。たとえば、エチオピアにおいて活動する28の二国間・多国間援助機関で構成される開発援助グループ(Development Assistance Group: DAG)は、2011年に91ページにおよぶ「慈善団体および市民団体に関する法律のためのユーザー・マニュアル」(“User’s Manual for the Charities and Societies Law”)を発行している。また、スウェーデンのセーブ・ザ・チルドレン(Save the Children-Sweden)も、法の概要をまとめると共に、外国NGOの活動に課された制約について検討している[Meskerem 2009]。

(1) NGOの分類

法律No.621/2009は、資金源によってNGOを大きく3つに分類している(第2、14、55条)。エチオピア慈善団体/市民団体、エチオピア住民慈善団体/市民団体、そして外国慈善団体の3つである。宗教団体、エチオピア政府との合意の下活動している国際・外国団体、頼母子講・葬儀講のような伝統的組織、他の法が適用される団体はこの法律の適用から除外される(第3条)。

なお本法律では、NGOに分類される団体を上記の3つに細分化して扱っているため、条文の中でNGOのような総称は使用していない。そのため、本稿では、便宜上法律No.632/2009にしたがって登録された「慈善団体」と「市民団体」の総称をNGOとする。

まず、外国からの収入が10%以下の場合は、エチオピア慈善団体(Ethiopian Charities)もしくはエチオピア市民団体(Ethiopian Societies)に分類される。どちらもエチオピアの法の下に結成され、会員は全員エチオピア人であり、エチオピア人によって管理されている団体である。2番目は、資金の10%以上を国外から得ているエチオピア住民慈善団体(Ethiopian Residents Charities)とエチオピア住民市民団体(Ethiopian Residents Societies)である。これらは、エチオピアの法の下に結成され、エチオピアに居住している会員によって構成された団体である。そして3番目に挙げられるのが、外国慈善団体(Foreign Charities)である。外国慈善団体は、自国の法にしたがって結成されたものであり、外国国籍の会員によって構成されている。その運営も外国人によるものであり、資金は外国から得ている。ただし、エチオピアにおいても外国慈善団体として登録し、本法律を遵守する必要はある。

そのほかに、専門家協会、女性協会、若者協会のように、対象者の範囲が広い場合は、大衆市民団体(Mass-Based Societies)に分類される。大衆市民団体の権利として民主主義的な活動の強化や選挙機関への協力が挙げられる(第57条)など、より政治的な活動を認められており、人権関係の活動が認められているエチオピア市民団体とは、資金の制約などで大きな違いはない。後述の慈善団体・市民団体庁(Charities and Societies Agency: ChSA)による2015年の統計資料では、大衆市民団体はエチオピア市民団体に含まれている。

また、慈善団体と市民団体は、裨益する対象者によって区別される。前者は裨益する対象者が団体の会員だけでなく一般の人々も含む(第14条)が、後者は団体の「会員の権利と利益を守る」(第55条)ために活動するものと定められている。

(2) NGOの登録と活動について

法律No.621/2009の条項の中で、NGO活動に重要な影響を及ぼすものとして、特に次の4つを挙げることができる。NGOを管轄する省庁の変更、人権関連の活動を行うNGOへの制約、人件費など一般管理費の予算の上限設定、資金獲得のための関連事業の認可である。

まず、NGOの管轄が、これまで登録を行っていた法務省から、外務省の下部機関として新たに設立された慈善団体・市民団体庁(ChSA)に移管された。ChSAの役割は、法律No.621/2009にしたがってNGOの登録を行い、活動を監督することである。この法律に基づいた詳細な指針(directives)は、ChSAによって定められる[CSO Taskforce 2011]。アムハラ語のみで出されているこの指針は随時追加されている。なお、ChSAに登録せず活動する団体は、法人格を持つことはできず、活動を停止させられる場合がある(第65条)。

第二に、外国からの資金が収入の10%を超えるNGOは、人権などに関する活動が禁じられた(第14条)。上記のNGOの分類の中では、エチオピア慈善団体とエチオピア市民団体のみが人権関連の活動を行うことができる。第14条第2項に挙げられている具体的な禁止事項は、①人権と民主主義的権利の促進、②民族、ジェンダー、宗教間の平等の普及促進、③障害者や子どもの権利の普及促進、④紛争の解決と和解の普及促進、⑤司法と法の施行のためのサービスの効率性向上の5つである。

第三に、支出に関しての制限が挙げられる。第88条は、NGOの活動目的を達成するための費用(expenses for the implementation of its purpose、以下活動費用)が全予算の70%を下回ってはならず、事務(administrative activities)のような一般管理費に相当する予算は支出の30%を超えてはならないと定めている。

第四として、資金獲得のために事業を行えるようになったことが挙げられる(第103条)。ChSAの許可を得れば事業を行うことができるが、その事業は、あくまでNGOの活動に付随的なものであり、その利益はNGOの活動に使われるべきものであると定められている。

(3) 「人権」条項についての検討

本法律の特徴として上記の4点を挙げたが、NGOの活動にもっとも大きな影響を与えると考えられる人権についての活動制限について改めて検討しておきたい。

まず、本法律においてエチオピア政府が対象としている人権とは何を指すのだろうか。1976年に発効された国際人権規約では、社会権規約と自由権規約の二つに人権を分類している。社会権規約は、経済的、社会的及び文化的権利に関する規約であり、国に生存権などの向上を要求する権利である。自由権規約は、市民的及び政治的権利に関する規約であり、表現の自由や財産の侵害など政府の干渉に対して対抗する権利の向上を対象としている1

法律No.621/2009における人権活動の制限条項では、対象分野は明記されているものの、具体的にどのような活動が制限されているのかは明らかではない。しかし、エチオピア人民革命民主戦線(Ethiopia People’s Revolutionary Democratic Front: EPRDF)は、市民社会組織が政治的領域で活動することに対して元々懐疑的であり、政府批判を行う人権団体に対しては、反政府勢力の代弁者であり、政治的な不安をあおるものであると見なし、敵対的な態度をとってきたことについては従来より指摘されてきた[Dereje 2011, 805; Dessalegn 2002, 109-111]。それを考えると、法律No.621/2009で主に意図しているのは、人権活動の中でも政策批判のような自由権に基づいた人権活動の制限であると考えるのが妥当であろう。

その意図が明確に示されたのが、この法律施行以前から人権に関して積極的に活動し、政策批判も行っていた二つの団体、エチオピア人権委員会(Ethiopian Human Rights Council: EHRCO)とエチオピア女性法律家協会(Ethiopia Women’s Lawyer Association: EWLA)に対する本法律の厳格な適用である[U.S. Department of State 2009]。EHRCOは、1991年に設立され、政府による不当な拘束や逮捕に対して批判してきた人権団体である。また、EWLAは、1990年代半ばに女性の法律家グループによって設立され、女性の権利向上のために法的支援を行うと共に、女性に平等な法改正を主張するなどアドボカシーも行うNGOである[Dessalegn 2002, 111]。

EHRCOとEWLAは、どちらもエチオピア慈善団体として登録され、人権活動を行うことができる。しかし、法施行前に得た外国資金に対してもこの法律が適用されたために、外国資金の預金がある銀行口座が凍結される事態となり、EHRCOはスタッフの85%、EWLAは70%を削減せざるをえず、その活動は大幅に縮小された。また、2009年の法導入直後に、EHRCOとEWLAの当時の代表は、どちらもエチオピア政府による不当逮捕・拘留の危険を怖れてアメリカに亡命している[Human Rights Watch 2010; 20122

2. エチオピアにおけるNGOの数の推移

本項では、法律No.621/2009の影響について、NGOの数の推移から検討する。なお、2009年の法律導入後、活動内容や財源などについての制約があるにも関わらず、NGOの総数自体は増加している。

ChSAから提供されたデータをまとめたのが表1である。2010/11年度から2014/15年度の4年間で、NGOの数は1795団体から3071団体に増加している(+71%)。もっとも増加しているのがエチオピア住民慈善団体であり、2010/11年度と比較して87%増となっており、現在NGOの中でもっとも多い67%を占めている。一方、人権関係の活動ができるエチオピア慈善団体やエチオピア市民団体は、それぞれ全体の3%と11%にとどまっている。

(出所)ChSAの未公刊資料より。

*1 エチオピアの会計年度は、7月8日~7月7日である。

*2 大衆団体(Mass-based Societies)が含まれる。

*3 NGO間のネットワーク形成を目的とした団体であり、ChSAの管轄下にある(法律No.621/2009 第15、55条)。

*4 NAと記載されている箇所は、2010/11年度のデータで言及されていないものである。他の団体に分類して含まれている可能性もある。

(出所)ChSA提供資料より筆者作成。

*1 元資料は、エチオピア暦(9月11日~9月10日)を使用。

*2 2015年9月11日~11月13日まで。

ただし、入れ替わりも激しく、表2にあるように、2009年11月から2015年11月の6年間に350のNGOが閉鎖している。その中でもっとも閉鎖が多いのが、エチオピア住民慈善団体であり、閉鎖したNGOの全体の64%を占めている。また、閉鎖時期は2013/14、2014/15年度に集中しており、76%のNGOがこの時期に閉鎖している。これは、NGO登録の更新時期が法律No.621/2009によって毎年から3年ごとに変更されたことと関係する。2009年の法施行後登録を更新するNGOの資格審査を行った時期が、2012/13、2013/14年に集中したため、その時に法律で要求されている更新のための条件を満たせなかったNGOが結果的に多くなったと考えられる。

法律No.621/2009第76条では、3年ごとにある認可の更新についての規定が定められている。NGOの義務として、年間の決算報告書の提出と年間活動報告の提出が義務づけられており、ChSAは、活動内容や監査の報告がすべて揃っていて正確であることを確認し、本法律の規定に抵触していなければ、認可を更新することになっている。また、年間10万ブル(約55万円、1ブル=5.5312円、2015年1月11日現在)以上の収入のあるNGOは毎年外部監査をおこなわなければならない(第79条)。閉鎖したNGOに関してChSAが提供した情報を確認した限りでは、ChSAが活動内容に異議を申し立てた結果というよりも、財政的な問題が中心であった。閉鎖の理由についての精査が必要であるが、ChSAによる認可更新の審査によって、健全な経営を証明する適切な決算および監査報告を提出できなかったNGOの淘汰が進んだと考えられる。これは、インタビューしたNGOの代表者の1人が、法施行時にすでに登録していたNGOに対して法導入時には厳しい審査はなかったが、更新時には厳しく資格審査をされたため、活動を継続できなくなったNGOが多かったと述べていたことからも裏付けられる。

NGOの増減数のデータからは、法律No.621/2009がNGOの財政の健全化に貢献したとはいえるが、NGOの活動内容にどれだけ影響を及ぼしたのかについては、必ずしも明らかにならなかった。この点については、次項のNGOへのインタビューの結果から考えてみたい。

3. 「慈善団体および市民団体に関する布告」(No.621/2009)のNGOに対する影響

本項では、2015年11月に行ったNGOへのインタビューを元に、法律No.621/2009が、具体的にNGOの活動にどのような影響を及ぼしたのかを検討する。11月の調査では、6つのエチオピア住民慈善団体と1つのエチオピア市民団体にインタビューを行った。本項で取り上げるのは、エチオピア住民慈善団体である障害者の生活向上を目指す団体A、エチオピア住民慈善団体であるが、現政権と近い関係にあると言われているアムハラ開発協会、そして権利関係の活動ができるエチオピア市民団体に分類されるアムハラ女性協会の3つである3。本項では、人権関係の活動への制限と一般管理費の制限による活動への影響に焦点を絞って検討をすすめる。

(1) 障害者の生活向上を目指す団体A(エチオピア住民慈善団体)

障害者の生活向上を目指す団体Aは、2000年代に設立されたNGOである。法律No.621/2009に基づく登録では、エチオピア住民慈善団体に分類されている。アディス・アベバに本部を置き、地方支部も二カ所あるなど、比較的大規模なNGOである。

インタビューを行ったNGO代表は、NGOの活動に無関心だった政府が、法律No.621/2009においてNGOの法的資格や役割を明示するなど、市民社会に対する認識を高めている点については、一定の評価をしていた。ただし、この法律にはNGOの活動を抑制しようという意図があることも認識している。この法律によってNGOはChSAの管轄下に置かれているが、ChSAは手続きに関する指針を追加し続けている。現在すでに9つの指針が出ており、詳細な手続きを要求していることからも、ChSAによる指針は、NGOの活動を制限するためだと代表者は解釈していた。

次に、人権に関する制約の問題であるが、団体Aはエチオピア住民慈善団体であり、法律上障害者の人権向上に取り組むことはできない。人権問題に取り組むために障害者の市民団体や慈善団体として登録するという方法もあるが、外国からの資金援助を得られなければ活動自体が困難になるため、その選択肢はないということであった。しかし、障害者の生活向上と人権の問題を切り離すことは困難である。そのため、現在の活動が「人権」に関連していると当局に判断されないように、特に文書については慎重に言葉を選んでいるという。まず、権利の主張(advocacy)自体を目的とした活動は行わない。そして「人権」という「レッドライン」(redline: ここでは法律違反の意)の単語は使わない。活動内容の説明には、個人の生計活動(Individual livelihood)奨励や子どもたちのキャパシティ・ビルディングといった形の言葉を使用するようにしているということであった。

一方、一般管理費用を30%以内にしなければならないという条項については、大きな問題には直面していないということであった。これは、一般管理費用と活動費用の定義が現状では明確ではないので柔軟に対応することが可能となっているためである。たとえば、障害を持つスタッフの給与については、障害者の生活向上に資するので活動費用となり、井戸掘削では井戸の部分だけではなく、そこにたどり着くまでの費用も活動費用に組み込まれる。これらの分類については、政府と話し合いながら決定しており、いまのところ大きな問題ではないということであった。

(2) アムハラ開発協会(エチオピア住民慈善団体)

アムハラ開発協会(Amhara Development Association: ADA)が設立されたのは、現政権のEPRDFが政権に就いた翌年の1992年である。ADAのNGOとしての分類は、エチオピア住民慈善団体である。ADAは400万人の会員を擁しており、会員のための活動を行う市民団体の方が適切にも思えるが、その問いに対しては、市民団体よりも慈善団体の方が国際支援を得やすいのでこの分類を選択したという説明を受けた。

アムハラ州が活動地域であるADAは、他州で活動しているオロミア開発協会(Oromia Development Association)、南部諸民族開発協会(Southern Ethiopian Peoples Development Association)、ティグライ開発協会(Tigray Development Association)、ティグライ扶助協会(Relief Society of Tigray)などと同様、現政権と密接な関係にあると見なされている[Asnake and Dejene 2009, 102; Shinn and Ofcansky 2013, 352-353]。

設立当初は農村地域を中心に、道路建設など開発関連のプロジェクトを中心に行っていたが、近年は、保健衛生、健康、生計活動支援に重点を絞った活動を行っているという。活動内容は開発プロジェクト中心であり、人権活動に対する法的制約は、活動の支障にはならない。政府の意向を強く反映していると考えられるADAの活動は、国家の開発プロジェクトの補完としての役割を果たしているといえる。そのため、人々の生活向上に資する形での社会権向上のために積極的に活動している一方で、既存の政策に対する批判的な要素は活動内容にはない。

ADAにとっては、政治的な活動分野の問題よりも、活動資金の獲得がより重要な問題となっている。最近の2年間で活動地域を大幅に増やしているためである。それまでは、当該地域の会員数が資金的にも人員的にも活動を支えるのに十分集まってから支所を開設していた。しかし現在は、会員数に関わらずすべての郡4に支所を開設している。このような急激な拡大のために資金獲得が喫緊の課題となっている。400万人から受け取る会費が1億8000万ブル(約10億円)あるものの、それだけでは活動資金としては十分ではなく、国際機関や慈善家などから資金を獲得しつつ、チャリティ・マラソンなどの活動でも資金を得ている。さらに、この団体は、法律No.621/2009の第103条によって資金獲得のための事業を行えるようになったことを受けて、建設会社などの企業を複数所有している。建設会社については、ADAの道路建設プロジェクトなどで優先的に使用するということで、活動目的に沿った企業として所有可能であるということであった。他のNGOの聞き取りでは、資金獲得のための事業が活動目的に沿っていないとして、ChSAに認可されていないというケースがあったことを考えると、かなり大規模な建設会社がNGOの傘下にあることが認められているということは、政権との距離の近さを示しているものといえよう。ADAの急激な活動地域拡大の背景については、具体的な説明はなかった。ただし、従来「政府系NGO」(Government Organized NGO: GONGO)と称されることの多いADAのようなNGOの場合、農村部での開発支援を充実させたいという政府の意向が大きく働いていると推測できる。これは、近年活動を活発化させている次のアムハラ女性協会にも同様のことがいえる。

(3) アムハラ女性協会 (エチオピア市民団体/大衆市民団体)

アムハラ女性協会(Amhara Women’s Association: AWA)は、1998年に設立されたエチオピア市民団体であり、正確には、アムハラ州在住の女性全般を対象とした大衆市民団体に分類される。18才以上の女性であればだれでも会員になることができ、現在130万人の会員がいる5。会員のうち9割は農村部在住であり、組織の末端は、村落地区やその下の村レベルまで広がっている。エチオピア市民団体であるAWAは人権関係の活動を行うことが可能である。AWAのホームページにも、活動領域として、「女性の利益になる政策、法律、条例を施行するように、そして女性に不利なものに対しては撤回するように主張し、ロビー活動をする」ことが明記されている。また、「女性の人権や性や生殖(リプロダクション)の権利を向上させる」ことも目的として挙げられている6

ただし、具体的な人権に関する活動は、既存の法的枠組みの中で保障されている女性の法的権利を守ることが中心となっている。たとえば、夫婦の共同所有となっていた農地について、離婚時に妻が適正に分割して取得できるように弁護士協会と共同でボランティアによる支援などを行っている。アムハラ州政府もこのようなAWAの活動を積極的に支援しており、法律専門家によるサポートを法務省が無償で提供しているという。村レベルでも、AWAの村代表とのインタビューしたときに、財産分与などで不当な扱いを受けた女性の会員には法的な支援を行っているという回答があった。このような活動は、女性の社会権としての人権を向上に資するものとして評価できる。ただしその一方で、活動領域として挙げられている女性に不利な法律の改正などについては、インタビューをした限りでは積極的に取り組んではいないようであった。政府との協調関係の下での女性の生活向上を目指しているために、政策批判については消極的になっているといえる。

外国の援助資金が規定の10%以下に収まっているのかという質問に対しては、明確な回答は得られなかった。会員数130万人で会費は年3ブルであり、会費だけでは390万ブル(約2157万円)にとどまる。しかし、AWAホームページに列挙されている外国プロジェクトによる支援額を年単位で試算すると156万ブルになり、会費収入の40%に相当する額を占めている。外国からの援助が活動に不可欠であることはAWAでのインタビューでも明言されている一方、自己資金で支出の90%を賄っていると説明するなど、発言が矛盾している。

一つの可能性としては、EUによる市民社会基金(Civil Society Fund II: CSF II)の利用が考えられる。CSFは、EUが市民社会組織の活動支援のために第1期(CSF I)と第2期(CSF II)で合わせて1200万ユーロを拠出している基金である。EUからの代表、エチオピア政府そしてエチオピアの市民社会組織によって構成された委員がCSF IIを管理している。基金は、NGOが提出したプロポーザルのうち、審査を通過したものに対して支給される。エチオピア政府がCSF IIは外国資金ではなく国内資金として扱うと宣言した点が、CSF IIの大きな特徴である7。この基金は、人権関係の活動を行っていないNGOも受け取ることができるが、CSF IIを国内資金とすることで恩恵があるのは、外国資金援助を予算の10%以内に押さえなければならないエチオピア慈善団体やエチオピア市民団体であり、エチオピア市民団体であるAWAにとっては資金獲得の大きな機会となる。この政府の声明は、GONGO系のNGOに便宜を図ったものともいえる。

AWAに限らず、大衆市民団体に分類される組織については、ADAなどと同様政府系の組織であるという批判がある[2009年1月26日付The Guardian紙; Center for International Human Rights 2009, 14]。政府から独立した組織ではなく、その意向に沿った形で活動を行うGONGOは、生来のNGOの存在意義を考えると矛盾した組織である[Gershman and Allen 2006]。上述のとおり、AWAもADAも政策批判の姿勢はなく、あくまで国家の開発プロジェクトの補完としての役割が中心となっている。

しかし、既存のNGOの活動に対しても批判があることにも留意すべきであろう。たとえば西[2009, 54]は、エチオピアのNGOの多くが、国際援助を実施する役割を果たしているものの、地域社会に根付いた活動を行っていないことを指摘している。農村部にまで入りこんで活動しているNGOは、たとえばアムハラ州では、実際にはGONGOと見なされているAWAであったり、近年であればADAであることを考えると、GONGOであるという理由のみでその存在を否定すべきではないであろう。

紙幅の関係でインタビューを行ったすべてのNGOを取り上げられないため、他のNGOとのインタビューに関して、上記の3つのNGOとのインタビューを補足する形で紹介しておきたい。まず、多くのNGOで、「人権」に関する制限条項は、人権問題や既存の政策に対する批判を萎縮させる影響があった。上記の団体Aと同様、他のエチオピア住民慈善団体も、出版物の文言には神経をとがらせており、出版物のタイトルに、「再考」(reconsidered)という言葉を当初使用しようとしたが、それでは現政策への批判ととられる危険があるためより中立的な言葉に差し替えたという団体もあった。その一方で、学校建設などの開発プロジェクトに取り組んできたローカルNGO(エチオピア住民慈善団体)の理事は、法律No.621/2009は彼らの活動には影響なかったとコメントしている。

おわりに

「慈善団体および市民団体に関する布告」(No.621/2009)による法律は、NGOに対して人権活動を抑制する影響をもたらしている。NGOは、「人権」に関する言葉を慎重に避けながら、「人権」問題に関係する可能性のある活動を行うようになっている。しかし、NGOへの聞き取り調査から明らかになったのは、実際に政府が神経をとがらせているのは政権批判であり、社会権の向上を目指す人権活動については比較的寛容だということである。「キャパシティ・ビルディング」のような言葉を用いて社会権向上のための活動をNGOの活動が行うことに対して、政府も容認しており、これらの団体とは良好な関係を維持している。また、政府自体も、女性や子どもの権利問題に関して女性問題省等の行政機関を通じて改善を図るなど、社会権向上については積極的に取り組んでいる。したがって、この法律において実質的に制限対象になっている人権とは、国家の政策や人々の生活への干渉を批判する自由のような自由権としての人権であると考えられる。EHRCOやEWLAのように政策批判をおこなうNGOに対する、厳格な法律適用がそれを如実に示している。

この法律自体は、NGOが適正に活動することを求めて法整備したものであり、インタビューした複数のNGOが、明文化されたこと自体は歓迎している。しかし、2011年に総選挙があったことを考えると、その直前の2009年にこの法律を施行して、政権批判を封じたいという意図があったと考えることもできる。エチオピア政府の抑圧的性格は、これまでも指摘されてきた[Pausewang, Tronvoll, and Aalen 2002]。今後、エチオピア政府が、市民社会や国民とどのような関係を構築しようとしているのかは、注視していく必要があるであろう。

謝辞

本論考の調査は、日本学術振興会科学研究費補助金による「NGO活動の作りだす流動的社会空間についての人類学的研究-エチオピアを事例として」(課題番号:25300049、研究代表:宮脇幸生)、「現代エチオピア国家の形成と農村社会における女性の役割に関する実証的研究」(課題番号:26300036、研究代表:石原美奈子)によって実施いたしました。記して、感謝いたします。

本文の注
1  外務省HPより国際人権規約の項参照(http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kiyaku/)。

2  EWLA元代表の亡命については、個人のブログ(https://woyingi.wordpress.com/2010/10/11/what-happened-to-the-ethiopian-womens-lawyer-association/)やWikileaks(https://wikileaks.org/plusd/cables/09ADDISABABA1613_a.html)で言及されている。

3  本稿ではNGO側からの要望により、了承を得た活動団体以外については匿名とした。

4  エチオピアの行政区分は、上から、州―県(Zone)―郡(woreda)―村落地区(qebele)となる。

5  近年では男性も会員になることができる(インタビューおよびAWAホームページより)。

6  http://www.amharawomenasso.org.et/en/about_us.php、2016年1月15日アクセス。

7  Civil Society Fund IIホームページ(http://csf2.org/、2016年2月15日アクセス)。

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© 2016 日本貿易振興機構アジア経済研究所
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