アフリカレポート
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資料紹介
ビルギット・ヴァイエ 著 『マッドジャーマンズ――ドイツ移民物語――』 山口侑紀訳 東京 花伝社 2017年 240 p.
網中 昭世
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2019 年 57 巻 p. 16

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本書のタイトル「マッドジャーマンズ(Madgermanes)」は、モザンビーク独立直後の社会主義時代の国策移民として、モザンビークから東ドイツに渡った契約労働者たちを指す。原著は社会派コミックとして2016年にドイツで出版され、複数の賞を受けた。著者はミュンヘン生まれでウガンダとケニアで幼少期を過ごし、ドイツに帰国後、文学と歴史学を専攻した経歴の持ち主だ。

主人公である「マッドジャーマンズ」誕生の背景には、1977年に社会主義路線をとったモザンビーク経済の逼迫があった。モザンビークは植民地期から、政策移民として隣国南アフリカに年間10万人の契約労働者を送り出し、外貨を獲得してきた。ところが社会主義化とともに南アフリカとの経済関係は一変し、送り出される契約労働者数は年間4万人に激減した。これに代わる移民の送出し先となったのは、同じく社会主義国の「ドイツ民主共和国」、東ドイツであった。東ドイツは当時、5カ年計画の実現のため、非熟練労働者を世界各地の社会主義国から調達していた。

1979年から東西ドイツが統一される1989年までに約2万人のモザンビーク人が東ドイツに渡った。彼・彼女らの賃金の半分以上は帰国後に支払われるという契約で天引きされ、モザンビークに送金された。しかし、今日に至るまでその支払いは行われていない。未払いの賃金を求めて、「マッドジャーマンズ」の一部は帰国後に組合を結成し、首都マプトでは今も毎週水曜の朝に政府に対して未払いの賃金を要求してデモを行っている。

その活動は知識人からは最も息の長い市民運動と評価されている。他方、庶民の間では、モザンビークで内戦が激化していた1980年代に国外にいた彼らを徴兵逃れだと批判する人々や、その後のデモ活動の展開を侮蔑的に見る人々もいる。ドイツで「よそ者」であった彼・彼女らは、内戦によって帰るべき故郷と家族を失ってドイツ残留を決意したにしろ、母国に帰国したにしろ「よそ者」として扱われ、今も自らの居場所を模索している。

本書を通じてコマ割りや語り口は意図的に淡々と進められる。「マッドジャーマンズ」が自分の過去と距離を置き、感情を抑制しているだけに、ときどき挿入される大胆なコマ割りがかえって効果的に過去の記憶を表している。そして、従来、集合体としてしか語られてこなかった政策移民の個人の経験を回顧する。本書は、今日のヨーロッパにおける移民の問題や、日本の技能労働者制度にも疑問を投げかける良作である。

網中 昭世(あみなか・あきよ/アジア経済研究所)

 
© 2019 日本貿易振興機構アジア経済研究所
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