2019 年 57 巻 p. 21
開発途上国における労働環境はしばしば先進国で批判の対象となり、近年ではバングラデシュで起きた縫製工場の事故を契機に、小売ブランドの間で同国製の繊維製品を避ける動きがみられた。これに対して、開発経済の研究者は、工場で働く労働者にとって代替的な仕事の労働条件はもっと貧しいと主張し、途上国での雇用を減らす不買運動に反対している。しかし、その反論は注意深い分析に基づいているとはいい難く、縫製産業を研究対象としていた評者もその例外ではなかった。
この論文では、工場労働の機会が与えられた若者と零細自営業(セルフエンプロイド)として働くための支援を得た若者、どちらも与えられない若者(コントロール群)を比較し、1年後の雇用状態、収入、健康状態を比較している。工場労働がもっともよい職であれば、工場労働グループの若者は1年後も同じ職にとどまり、他のグループよりも高い収入を得ているはずである。しかし、実際には、工場労働をオファーされたグループの77%が1年以内に工場を離職しており、その結果、彼らとコントロール群の間で収入に顕著な差はなかった。他方、自営業グループは1年後も多くが自営業を継続し、最も高い収入を得る。さらに、4年後には3つのグループの雇用形態に違いがみられなくなり、収入差もなくなった(4年後の結果は著者の口頭発表にもとづく)。
これらの結果は、工場労働がその後の収入に何ら影響を及ぼしていないこと、つまり、豊かな生活へのステップではないことを示している。自営業と比べて、工場労働では初期投資の必要がなく収入も安定しているが、労働負荷に比べて賃金は決して高くない。労働者はそのことを理解しており、自営業や他の雇用労働のなかから、自らの状況にあった職を選んでいる可能性を示唆している。ただし、工場労働のこうした特徴は一時的だと著者は論じる。産業構造の変化によって工場労働が増加すれば、労働の需給が逼迫し、いずれ賃金が上昇すると説明している。
工場労働の賃金が十分に高くなるころ、おそらく雇用の中心は縫製産業から別の産業に移っているだろう。縫製産業は決してあこがれの職場にはならないかもしれない。しかし、将来の発展のために必要な過程であり、それが貧しい女性たちによって支えられているのだと認識を新たにした。なお、著者たちはニューヨークタイムズ紙でも意見表明をしている(2017年4月27日付)。
福西 隆弘(ふくにし・たかひろ/アジア経済研究所)