アフリカレポート
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時事解説
2019年ナイジェリア国政選挙――ブハリ大統領再選の背景と今後の課題――
玉井 隆
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2019 年 57 巻 p. 73-79

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はじめに

2019年2月23日、ナイジェリアで大統領と国民議会の選挙が実施された。大統領選挙には計73名が立候補したが、事実上与党候補と最大野党候補との一騎打ちとなった。結果、与党である全進歩会議(All Progressive Congress: APC)に所属する現職のムハンマド・ブハリ(Muhammadu Buhari)候補が56%の得票率を達成し、最大野党である人民民主党(Peoples Democratic Party: PDP)のアティク・アブバカール(Atiku Abubakar)候補(得票率41%)を、400万票近くの差をつけて破り再選した[Stears 2019a]。国民議会選挙では、APCは上院64議席(議員定数109)、下院210議席(議員定数360)を獲得したのに対して、PDPは上院39議席、下院113議席に留まった[Stears 2019b; 2019c1。日本や欧米諸国は、アフリカ最大の人口と経済規模を誇る「大国」ナイジェリアの選挙結果をすぐに受け入れ、それが概ね平和裡に終わったことを歓迎した2

大統領候補の2名は70歳を超え、いずれもナイジェリア北部出身、フラニ人、ムスリムであるが、政治家に至るまでのキャリアは異なる。再選を果たしたブハリは早くから軍に所属し、軍事政権期であった1983〜85年には国家元首を務めた経験がある。対してアブバカールは財務省や税関局の役人、あるいはビジネスパーソンとしてのキャリアを経て政治家となった。民主化後の1999〜2007年までの2期8年間は当時与党のPDPに所属し、オバサンジョ大統領(南西部地域出身、ヨルバ人、クリスチャン)の下で副大統領を務めた。

本稿後半で議論するように、2015~19年におけるブハリ大統領1期目の功績は決して高い評価を得ていない。またブハリは大統領就任当初の2015年に度々ロンドンの病院に通い、数ヶ月間ナイジェリアを不在にするなど、常に健康不安が取り沙汰されている。そうであるにも拘らず、なぜブハリは再選を果たすことができたのか。本稿ではこの背景を解説するために、まずナイジェリアの選挙で常に問題となる地域バランスに関する議論を踏まえ、ブハリが南東部地域で支持されなかったことを確認する。次にブハリ再選の主因は、アブバカールが「自滅」したことにあると指摘する。その上で、ブハリのこれまでの政治運営と、2期目となるブハリが抱える今後4年間の課題を明らかにする。

1. 地域バランス

ナイジェリアは36の州と連邦首都准州から成るが、植民地期から現在に至るまで、地域・ 民族・宗教の相違に応じた地理的な区分が政治的に問題となった。例えばヨルバ人の多い南西部、イボ人の多い南東部、ハウサ=フラニ人の多い北部という区分である。過去4回中2回の大統領選挙は出身地、民族、宗教のいずれもが異なる候補者同士が立候補したため、南北だけで分けて単純化して言えば、北部出身の候補者が北部の多くの州で勝利し、南部出身者が南部の州で勝利する傾向があった。しかし先述の通り、今回はそれらが全て同じ、北部出身、フラニ人、ムスリムの2名が有力候補者として対立した。

このため概して南部の人々にとっては、与党APCと最大野党PDPの大統領選立候補者が出揃った時点で、大統領が2期連続で北部出身者となることがほとんど確定した。しかしこのことは彼らにとって重大な問題とはならなかった。この背景には、民主化が行われた1999年以降、6年間を北部出身者が、14年間を南部出身者が大統領を務めていたこと3、また各党の大統領候補選出で南部出身の有力候補者がいなかったことがある。むしろ問題となったのは、両候補者の副大統領候補(running mate)が誰かという点であった。現職のブハリは、南西部地域出身のヨルバ人であるイェミ・オシンバジョ(Yemi Osinbajo)を引き続き副大統領候補とすることとした。他方でアブバカールは、南東部地域出身のイボ人であるピーター・オビ(Peter Obi)を副大統領候補とした。三大民族であるヨルバ人、ハウサ=フラニ人、イボ人の中で、1999年以降、大統領も副大統領も選出していないイボの人々にとって、オビが副大統領候補となることは歓迎された。表1は大統領選挙の結果について6つの地域区分に基づきまとめたものであるが、ヨルバ人の多い南西部地域ではブハリが勝利し、イボ人が多い南南部と南東部地域ではアブバカールが大差をつけて勝利している。

出典:Stears[2019a]、INEC[2019]をもとに筆者作成

このような地域区分の問題に関連して、南南部と南東部地域ではブハリ再選に反対する別の理由があった。ビアフラ独立運動と、石油産出地域であるナイジャーデルタの武装集団に対する恩赦プログラムをめぐる問題である。前者のビアフラ独立運動について、その主力となる組織が、2012年にビアフラ独立を望む人々によって設立されたIPOB(Indigenous People of Biafra)である。実際のところ地元住民の多くは積極的に独立を望むことはないのだが、この運動はブハリ政権が南東部地域における開発や失業対策などを怠っていると主張する絶好の機会となった。2015年に北部出身のブハリが大統領になって以降、抗議行動やデモ、集会が増加し、治安機関との衝突で多数の死者を出している。今般の選挙においても、IPOBの代表であるカヌによってオビ副大統領候補の支持を呼びかける動きがあった。

後者の恩赦プログラムとは、ナイジャーデルタの武装集団に対する紛争終結を条件とした恩赦と、彼らに対する職業訓練や生活資金給付等を行うものである。同地域では石油採掘による環境汚染とそれに伴う住民の生活基盤の破壊が深刻である。そのためこれまで多くの人々が環境の改善や石油収入の配分方法の変更、生活の保護を訴えてきた。強力な武装集団も結成され、治安機関との衝突が相次いでいた。2009年に始まった恩赦プログラムはこうした事態を緩和する成果を上げてきたが、ブハリが2016年にその一部削減を発表し、大きな反発が起こった。なかでもブハリ政権期に結成されたNDA(Niger Delta Avengers)は原油生産・輸送施設を破壊し、原油生産に大きな打撃を与えた。2017年に入り、オシンバジョ副大統領が現地を訪問して協議を行い情勢はやや安定したものの、ブハリに対する不信感は根強いものとなった。

2. アブバカール候補の「自滅」と低い投票率

ブハリは南南部と南東部地域でアブバカールに敗北したが、他の多くの地域では勝利をおさめ再選を果たすことができた。この背景には、対立候補であるアブバカールがブハリ以上に支持されず「自滅」したことがある[島田2019: 249]。その主因はアブバカールに対して多くの国民が抱える汚職疑惑の印象を払拭できなかった点にある。アブバカールは副大統領を務めた際、ドイツ企業シーメンスとの贈収賄事件や、マネーロンダリングのためのアメリカへの4,000万ドルの不正送金などの疑惑をかけられ大きな話題となった。いずれも逮捕には至らなかったが、巨額の汚職によって富を得た人物という否定的な印象は、今般の選挙でも常に付き纏った。アブバカールが当選すれば、政治家らによる汚職と不正にまみれた「古い」ナイジェリア政治が再来すると国民は考えた[Demarest 2019]。

このことに拍車をかけたのが汚職対策に関するアブバカールの公約であった。彼はブハリによる汚職対策が十分ではないとした上で、賄賂対策のための公務員の給与引き上げや、汚職疑惑のある政治家や政府高官に対して、資金返還の代わりに恩赦を与えることを公約とした。しかし多くのメディアは恩赦を与えること自体問題であると批判し、あるいは汚職疑惑のある人物が汚職対策を実現し得るのかとする疑念を報じた。

これに加え、アブバカールが最も重視した経済政策に関する公約も国民には受け入れられなかった。これまでブハリは一貫して保護主義的な経済政策をとり、国内産業の育成と発展を目指すことを重視した。また巨額の汚職と経営不振が常に問題となっている国営石油公社は、政府主導で改革すると明言した。他方のアブバカールは経済自由化路線を鮮明に打ち出し、国営石油公社についても民営化するとした。これに対して、国内では市場の自由化促進による国内産業への負のインパクトを危惧する声が上がった。また国営石油公社の民営化は更なる汚職の増大が懸念されるとも非難された。結局のところアブバカールの経済政策に関する公約は、国外の投資家らが歓迎するに留まったのである。

以上のようなアブバカールに対する否定的な印象と公約の不支持によって、ブハリは積極的な支持が十分に無いままで勝利した。こうしたことから選挙期間中は、ブハリとアブバカールのいずれが大統領になろうとも、ナイジェリア政治は何も変わらないとする悲観的な見方が大勢を占めた。そして今般の選挙の投票率は、民主化以後5度にわたり行われた国政選挙のなかで最も低い35.6パーセントに留まった[INEC 20194。国内外のメディアは今回の選挙は盛り上がりを欠き、また有権者は苦渋の選択を強いられたと揶揄した。

3. これまでのブハリの政治運営

これまでのブハリの功績は決して高い評価を受けていない。ブハリが2015年の選挙時に掲げた公約は、経済復興、汚職対策、ボコハラムを含む紛争対応の3つであり、2019年以降においても主要な課題とされる。そこで以下では2015~19年におけるブハリの政治運営について概況する。

1つめの経済復興について、2016年をピークとする深刻な景気後退に対応できなかったことが批判された。2016年に実質GDP成長率がマイナス1.6%にまで落ち込んだ。主因は歳入の約70%、外貨収入源の約9割を占める石油部門が、石油価格の大幅下落により大打撃を受けたことにある。この結果、失業率はブハリ就任時の2015年第二四半期に8.2%であったのが、2018年第三四半期には23.1%にまで悪化した[NBS 2016; 2018]。物価上昇率も2015年に9%だったが、2017年には16.5%にまで悪化していた[World Bank 2019]。

2つめの汚職対策についてだが、これは3つの主要政策課題のなかでは最も批判が少ないといえる。2015年の大統領就任直後からの彼の取り組みは多岐に渡り、その当初は肯定的な評価があった。例えば汚職に関わる内部通報者に対して、返金された資金の2.5~5%を賞金として供与する制度を設けた。同制度の甲斐もあり、2018年6月時点で14億ドルが返金された[Campbell 2018]。また年金を不正受給するための「幽霊公務員」の徹底的な削減の結果、2019年2月の発表で約5億5,000万ドルが節約された。さらに1993~98年に国家元首であったサニ・アバチャが横領した3億2,100万ドルが、スイス銀行と世界銀行との協議により返金されることとなった。返金された資金は2018年以降、貧困対策である条件付現金給付(CCT)に充てられている[ANEEJ 2018: 22-3]。

他方で大統領就任から2年ほど経過した頃から、ブハリの汚職対策は政治化されており政敵やPDPに対して厳し過ぎるとの批判が増えた5。例えば2018年にはAPC所属のカノ州知事が、23万ドルの賄賂を現金で受け取る場面を隠し撮りした動画が配信されたが、これに対するブハリの対応は極めて消極的であった。こうした動きからPDP所属の政治家が摘発を逃れ相次いでAPCに移動する事態すら起こった。

3つ目の紛争対応についてだが、その主要課題は北東部地域で依然として活動を続けるボコハラムへの対応であった。ブハリ大統領は2015年中のボコハラム打倒という目標を掲げ、実際にほぼ全ての領域をボコハラムから奪還し、12月には「技術的に」(technically)勝利したと宣言している。この結果、確かに2016年以降ボコハラム関連の死者数は減少したが、事件総数はさほど変化せず、治安機関との衝突数はむしろ増加した[ACLED 2019]。2018年頃からは軍事拠点への攻撃が増加しているほか、ナイジェリア軍側の兵器がボコハラムに比べて圧倒的に不足し、現場の軍の士気は低いことが相次いで報じられた。ボコハラム対応は、複雑化、長期化の様相を呈しているとの評価が大半となっている。さらに、こうしたボコハラム対応に加えて、ナイジェリア中部における牧畜民・農耕民間の紛争は激化の一途をたどっている。死者数は2016年1月から2018年10月の間で3,641人(内80%は2018年に発生)とされ、ボコハラム関連死者数よりも多い[Amnesty International 2018]。

おわりに:今後の課題

これまでの政治運営の概況に基づき、2期目を迎えるブハリが今後抱える課題を整理する。まず経済復興について、2017年頃から石油価格が徐々に値を取り戻したところで、ブハリ政権は「ナイジェリア経済復興計画」を本格化した。同計画ではGDP構成比で50%以上を占めるサービス業や、約21%を占める農業に潜在力があるとし、その保護と育成を積極的に進めるとしている[MBNP 2019]。これは石油依存からの脱却と経済の多角化の推進という積年の課題への対応である。アブバカールが推進した経済自由主義路線とは異なり、投資家の反感を買ってでも保護主義的なブハリの経済政策の行方が注目される。

また汚職対策について、汚職疑惑の印象が拭えなかったアブバカールと比較して、ブハリは汚職対策に厳格な人物と評される。1期目に散見された「身内」への優遇のない「中立的」で厳格な汚職対応がより一層求められる。

最後に紛争対応について、ボコハラムや牧畜民・農耕民間の紛争に加え、南東部地域におけるビアフラ独立運動や、ナイジャーデルタにおける武装集団と治安機関との衝突は、依然として重大な問題である。先述の通り南東部地域の人々は今般の選挙において明白にブハリに対して不支持を表明している。紛争や争いを激化させないための南東部地域への政治的配慮がどのように行われ得るのか、引き続き注視する必要がある。

本文の注
1  国民議会選挙について、3月9日に32の選挙区で追加選挙が行われているが、本文中の結果はそれも加味してある。

2  大統領選挙の結果が選挙管理委員会により発表された後、敗れたアブバカールは選挙結果を無効とする裁判を起こしているが、選挙結果が覆ることはないと考えられる。

3  1999年の民政移管後、ナイジェリアでは地域格差を是正し公平な政治参加を目指すために、政治ポストの均等配分と持ち回りを行う制度として慣行化された輪番制がある。例えば大統領が北部出身の場合、副大統領はその逆の南部出身者を選出する必要がある。また2015年まで与党であったPDPは、党の綱領に大統領候補を南北持ち回りで選出することを明記している。しかし2007年に大統領となった北部出身のヤラドゥア大統領が任期途中の2009年に亡くなったあと、副大統領だった南部出身のジョナサンが臨時大統領となり、その後の大統領選挙でもジョナサンが立候補し大統領に当選した。こうした経緯により、結果として南部出身の人物が民主化後長く大統領の座に居座っている。

4  投票率の低下には複数の要因がある。例えば選挙実施日当日の朝2時に突如として選挙管理委員会が選挙の1週間延期を発表したことは、とりわけ選挙のために地元に帰還していた人々を落胆させた。選挙管理委員会は延期の理由を、一部の投票所で準備が整っていないことや治安上の懸念によるとしている。前回2015年の国政選挙でもその延期はあったが、今回はそれが選挙開始僅か数時間前に行われたため、国際社会、立候補者、有権者の皆が一様に驚きを隠せないものとなった。

5  アフロバロメーターの調査では、政府の汚職対策のパフォーマンスの評価を「とても良い」または「良い」と答えた人を合わせた割合は、2015年の大統領就任直後は59%であったのに対して、2017年は21%にまで落ち込んでいる[Frinjuah 2018]。

参考文献
 
© 2019 日本貿易振興機構アジア経済研究所
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