Africa Report
Online ISSN : 2188-3238
Print ISSN : 0911-5552
ISSN-L : 0911-5552
Briefings
Commodification of Experience and Newly Created Souvenir: Finding from a Case of Cultural Tourism, Ethiopia
Nobuko NISHIZAKI
Author information
JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2020 Volume 58 Pages 14-19

Details

はじめに

アフリカにおける従来の観光では、野生動物観光(サファリ)や、人々によるダンス・歌などを「鑑賞する」スタイルが中心であり、現地の人々との深い交流がおこるかどうかは、その時々の偶然の出会いに頼っていた。しかし近年、現地の人々との交流や体験を重視するスタディツアーなどの体験・交流型観光が盛んにおこなわれるようになり、ゲストとホストの観光経験は大きく変わりつつある。体験・交流型の観光とは、ホストとゲストが出会い、行為(コト)や物(モノ)を介して両者が何かを体験したり、それぞれに何らかの考えを得たりするような観光を指し、旅における偶然の出会いを商品化することに特徴がある。本稿では、エチオピアの体験・交流型観光におけるゲストとホストの対面場面を手がかりに、ホスト側がいかなる観光経験をもたらしているのかを観光みやげ物の創出を通じて検討する。具体的には、不安定な観光業への対応として、ホスト側が目の前のゲストとの会話や販売を重視し、これまで積極的に観光みやげ物をつくろうとしてこなかったこと、しかし、頻繁にゲストと出会い、かかわりをもつことで、ゲスト側のニーズをくみ取り、独自にみやげ物を作り始めた職人がいることを示す。

1. アフリカの体験・交流型観光と観光みやげ物/スーベニア

観光研究におけるホスト/ゲスト論を牽引してきたスミス[Smith 1977]以降、ホストとゲストの相互作用で観光現象が生じていることが繰り返し述べられるようになった。スミスのホスト/ゲスト論はのちに、ゲスト、ホスト、文化的仲介者の分類が硬直的であることが批判され、アクター同士の関係性の柔軟さや流動性、力関係が可変的であることが明らかにされてきたが、アフリカにおける観光の現場では、「植民地的出会いの空間」と呼ばれる不均衡な関係性が維持されているケースがいまもみられる。体験・交流型観光はこの関係性を変更する可能性がある。

アフリカのホスト国や地域社会にとって観光みやげ物業は重要な位置を占めている。観光みやげ物には贈答用のギフトと観光客の観光経験に密接に関係するスーベニア(思い出や記憶を形にする記念品)がある1。伝統的なデザインや手工芸を応用した商品はツーリストアートと呼ばれたり、ユネスコの有形文化遺産として登録されるなどの高い評価を受ける一方で、途上国や少数民族が現地で作る観光みやげ物/スーベニア(以下、みやげ物と表記)は真正性を欠いた模倣品であり、芸術品よりも低俗・低質なものとして扱われてきた。少数民族のツーリストアートとして有名になったイヌイットアート[小林2015]やインディアンジュエリー[伊藤2007]の商品化と流通過程において、外国人や大学・博物館等が海外への紹介や地域外流通を加速させる役割を果たしてきた。これらのことから、途上国の観光業を新たな地域産業に発展させるためには、新しい技術やエンパワメントなどの外部からの介入が不可欠とされ、開発援助などによるみやげ物の商品化が進められてきた。

一方、観光人類学では、開発援助や西欧諸国からの評価を受けなくても、ホストの内側から創造的な営みがなされるという「文化の客体化論」[太田1993]としてみやげ物の創造が論じられてきた[井上2010飯田2017]。しかし、みやげ物の生産者と販売者が異なっている事例が多く、ゲストのニーズをホスト側がどのようにくみとり、みやげ物の創作に反映させているのかが十分に解明されていない。一方、タンザニアの狩猟採集民ハッザやケニアのマサイの事例では、女性がアクセサリ類を製作し対面販売するが、観光客に積極的に売り込むことも、製品の質向上に向けた努力もみられないと報告されている[ブルーナー2007八塚2017]。橋本は、みやげ物は「地域性を表象しているかどうか」ではなく、観光者に「いかなる観光経験を喚起させるのか」を議論する必要があるとし、そこでの「やりとり」が重要だと述べるが[橋本2011]、アフリカの事例では経済的効果に比べて、みやげ物の創造と販売においての「やりとり」などの社会文化的な実態が可視化されず、ホスト側にとってのみやげ物創作の動機や意味が問われてこなかった。

2. エチオピア南オモ県における体験・交流型観光

エチオピア南オモ県に来訪する観光客の目あては、伝統的な民族衣装を観光用ではなく日常的に着用するなど、独自の文化を今なお保持している人口数千から数十万人の農牧民の民族文化を見ることである。この地域で少数民族が大衆観光の対象となりはじめたのは1980年代頃からといわれており、エキゾチックな生活様式が観光資源として消費されてきた[Abbink 2000]。エチオピア政府はこの地域を急速に近代化しようとしており、農牧民の伝統文化を強調する観光を批判してきた。その影響もあり、体験・交流プログラムをとりいれた農耕民の観光については、ガイドの養成講座を開催するなど地方政府が支援している。

体験・交流プログラムの先駆けとなったのがジンカ町周辺域に暮らす農耕民アリの集落である。アリは農業を生業とし、定住的に暮らす。体験・交流プログラムは、2000年代にはじまった。観光客が入村料として一人250ブル(約1250円)を支払うと集落出身のガイドが一人同伴するビレッジウォークがおこなわれる[西﨑2017]。アトラクションの中心は農業や食文化の紹介と体験である。穀物で醸造した蒸留酒や北部民族の主食であるインジェラを飲食・調理体験するメニューによって、鑑賞を中心とした農牧民による観光と差別化が図られてきた。観光客にさらに人気なのが土器職人と鍛冶職人の作業見学である。最初は観光客が作業場にきても、職人たちは淡々と日常の仕事を続けるだけで特別なパフォーマンスはおこなわれず、みやげ物の製作や販売もなされていなかったが、2018年の調査でこの状況に変化が起きていることが観察された2

3. 観光みやげ物の「創出」の実態

観光客が主にみやげ物を購入するのは毎週各地で開催される定期市である。定期市はこの地域を代表する観光資源で、開催曜日にあわせた観光ツアーが商品化されている。定期市では商人(おもに北部出身の民族)が、この地域の少数民族から安価で買い取った日用品やアクセサリ類、隣国からの手工芸品などを地面に並べて対面で販売する(写真1)。商品に説明書きはなく、詳細はガイドか販売者に直接確かめる必要がある。少数民族が観光客にアクセサリなどを直接販売することもあるが、そこでのコミュニケーションは値段交渉に限られ、観光客がホストの文化や暮らしを深く知る機会は皆無であった。

体験・交流プログラムがはじまると観光客が頻繁にアリの集落を訪れるようになり、そこでのコミュニケーションやみやげ物の創作に変化が起きた。女性土器職人のGさん(調査時点の推定年齢35歳)とHさん(推定年齢30歳)の事例から検討する。

写真1 定期市でのみやげ物販売(2015年筆者撮影)

【事例1】土器をみやげ物として「転売」する

2013年、わたしは初めてビレッジウォークに観光客として参加した。このとき、観光ガイド協会設立時からのメンバーであるGさんの夫がガイドとしてついた。飲食の体験後、土器職人の作業場にいき、Gさんの夫から土器作りの技法や日常の土器の使用方法について説明を受けた。Gさんは柔らかい状態の粘土と敷物を家屋から取り出し、粘土をこねはじめた。Gさん自身が観光客に話しかけることはなく、観光客からの質問にはGさんの夫が答えていた。成型からはじまり、丸く平らな皿型土器をGさんが完成させると、Gさんの夫が土器の乾燥と焼成のプロセスを口頭で説明した。2015年に再訪すると、Gさんの夫が再度ガイドをつとめ、前回と同様の作業過程を見学した。その時、皿型土器に加えて、コーヒーを沸かす土器と鍋型土器を作業場に並べていた(写真2)。前回の調査時には見られなかった土器の由来を尋ねると、Gさんが定期市で買ってきた土器であるという。Gさん自身が土器を作らず、購入した土器を対面で販売しようとしたのは、Gさんが皿型土器しか作れないこと3、手っ取り早く現金収入を得ることが理由であると考えられる4。Gさん夫婦が観光客を最初に迎えてからみやげ物の土器を販売するまでに10年以上の年月を要した。その間の観光客との様々な「やりとり」を通して、Gさん夫婦はみやげ物の販売を試みることにしたという。

写真2 Gさんによる土器づくり。赤印が定期市での購入品。(2015年筆者撮影)

【事例2】みやげ物用の土器をつくる

ジンカ町から徒歩で約40分のところにある集落に住むHさんは、2017年から自らみやげ物を創作し始めた。集落ではビレッジウォークはおこなわれておらず、町のガイドが観光客を直接作業場に案内する。Hさんは2010年に最初の観光客を迎えた。観光客には粘土をこねて成型するまでの作業を見せる。Hさんに特徴的なのは、作業をみせるだけでなく、鍋型土器、コップ型土器など、「小さめの土器」を自ら作り、展示販売している点である(写真3)。「小さなものはないのか」と何度も観光客に聞かれたことがきっかけである。さらに、Hさんに特徴的なのは、観光客にできるだけ家族のことを話すようにしていることである。離婚経験や子育てについて話すと、観光客は自作の土器をたくさん買ってくれるという。

写真3 Hさん自作の土器。皿型土器以外はみやげ物として制作。(2018年筆者撮影)

4. ホスト側の観光みやげ物「創出」の動機と意味

エチオピア南オモ県の従来の民族文化観光では、観光客とホスト側の交流は限定的で、両者の不均衡な関係性には外部から批判があったが、長く維持されてきた。そこで体験・交流プログラムが実施されはじめたことで、「双方向の対話の場」5と「観光みやげ物の創出」が見られるようになった。通常、土器職人が定期市で地元の人々に土器を売るとき、売り手と買い手の間では値段交渉がおこなわれるだけで、職人が土器の使い方など製品を詳細に説明することはないという[金子2011]。それをふまえれば、観光客から土器の作り方や使い方の説明を求められたり、感想を言われたりすることはホスト側にとっての観光による「新しい経験」になる。「小さな土器をつくれないのか」「男性はどのような作業をしているのか」など、観光客からの土器づくりおよび土器そのものへの長年にわたる問いかけ、ホスト側の応答、ニーズへの具体的対応がみやげ物の「創作」の動機になったとみることができる。

一方で、みやげ物を「創作」するホスト側の意欲は2つの事例で異なる。別の職人が作った土器を土器職人が購入することはあっても、必要がないため、これまで転売されてこなかった。エチオピアの政治状況が不安定で、観光業は決して持続的とはいえないことから、Gさんのみやげ物づくりには、観光業への投資を最小限に抑えようとする戦略をみることができる。観光客にとっては、アリの土器職人による作品であることに変わりはなく、みやげ物としての真正性は保持されている。Hさんが「小さめの土器」を自ら作り、展示販売しはじめたのは、観光客が高額で土器を購入してくれた成功体験にもとづいている。さらに、観光客から多額のチップを得るために、子どもや彼女自身の離婚経験を「ものがたり」として話すようにもなった。つまり、ここでのみやげ物は、商品の完成度や機能性だけでなく、観光客にとってのスーベニアの価値と、目の前のゲストに対する販売や会話を重視するホスト側にとっての多様な意味とが重なり合ったところに誕生する商品ということになる。

おわりに

コーエンは、「創発的オーセンティシティ」(Emergent authenticity)という概念を提示し[Cohen 1979]、ホスト側が自分たちの生活で利用した装飾品を、観光客の訪問を意識して記念品として作りかえる時、その装飾品にはゲストとホストの間で新たな価値が付与されると述べる。エチオピア南オモ県における観光は、これまでホスト・ゲスト両者が出会いを一度限りと割り切ったコミュニケーションにとどまっていた。観光業の持続可能性は国家レベルでの政治経済の動態と連動しているため、ホスト側の対応には観光業および観光客と適度な距離を保つことが最優先されてきた。しかし、体験・交流型観光の登場で、ホスト側から、観光客と対面して交流する場をつくり、個別の会話の内容からさまざまな情報を読みとり、鮮明に記憶し、具体的な対応につなげることを試みている。農耕民アリの集落ではじまった体験・交流型観光は、この地域で主流とされる農牧民による観光スタイルのオプショナルの扱いでしか今はないが、ホスト側の主体的な働きかけは、「伝統を生きる民族集団」の鑑賞を重視してきたゲストと観光業者の視点を、同時代を生きる個人間の出会いに意味を見出す観光へと転換させる可能性がある。今後、体験・交流の商品化が喚起するコミュニケーションについてのエピソードを多数蓄積することで、少数民族内部からエチオピア主流社会や国際社会に発信される新たなイメージやモノのあり様をより鮮明に浮かび上がらせることができるのではないかと考えている。

本文の注
1  観光みやげ/スーベニア研究の詳細は鈴木[2014]を参照のこと。

2  本稿は、筆者の聞き取り調査と参与観察をもとにしている。現地調査は2013年1月、2014年2月、2015年2月、2016年9月、2018年9月に各3週間実施した。

3  女性土器職人は結婚を機に移住し、移住先の粘土で土器をつくりはじめ、成形する土器の種類が変化する[金子2011]。

4  観光ガイド協会からGさんには後日1回あたり50ブル(約250円)の謝金が支払われる。観光客に土器は一つを約100ブルで販売し、全てGさんの収入になる。

5  対話の場づくりと促進において重要な役割を果たしているガイドについては別稿で述べる。

参考文献
 
© 2020 Institute of Developing Economies, Japan External Trade Organization
feedback
Top