アフリカレポート
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Peg Murray-Evans, Power in North–South Trade Negotiations: Making the European Union’s Economic Partnership Agreements. Abingdon and New York: Routledge 2019 xiv+164 p.
箭内 彰子
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2021 年 59 巻 p. 108

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従来、通商交渉における先進国の立場は圧倒的優位にあった。しかしWTOではルールに基づいた手続きが重視されるようになったため、交渉過程における途上国の相対的な地位が高まり、中国、インド、ブラジルといった有力な途上国のみならず、中小の途上国であってもグループを形成することによって一定の交渉力を持つことが可能となった。しかしその結果、WTOでの交渉は膠着状態に陥り、主要先進国は通商交渉の主戦場を二国間・地域間の自由貿易協定(FTA)や経済連携協定(EPA)にシフトさせた。WTOでの交渉と異なり、FTA/EPA交渉ではパワーの非対称性が大きく影響し、とりわけ途上国に対しては先進国が貿易大国として持っている交渉力を有利に活用できるからである。

しかし著者は、多国間交渉はルールベース、二国間・地域間交渉はパワーベースという単純な図式化に異論を唱え、先進国―途上国間のFTA/EPAであっても、つねに先進国の意向が反映されるわけではないと主張する。具体的な事例としてEUとアフリカ諸国間のEPAを取り上げ、EUが望んだ新しい交渉分野(競争、投資など)がアフリカ諸国の反対でEPAに組み込まれなかったり、EPA交渉を始めるにあたってアフリカ諸国をいくつかのグループに分ける際、EUの想定どおりには進まなかったことなどを挙げている。

EUの交渉力が制約を受けた要因について、著者は、EU―アフリカ関係の歴史的背景やGATT/WTOでの途上国特恵制度の経緯、EPA交渉におけるEU側の思惑、さらにはアフリカ諸国の事情やアフリカの地域統合の様相など、多面的な分析に基づいて説明している。たとえば、競争や投資などの新しい分野に関しては、すでにWTOの交渉アジェンダから外されることが「WTOでの決定事項」となっており、これに依拠するアフリカ諸国の主張に反論できなかったとする。なぜなら、EU自身が「WTOでの決定事項」を根拠に、これまでの片務的な関係(EUからアフリカ諸国に対する一方的な特恵供与)を双務的なEPA(EUのみならずアフリカ諸国も貿易自由化を実施)に転換することをアフリカ諸国に受け入れさせたからである。

また、アフリカにはすでに多くの地域経済共同体(REC)が存在し、ひとつの国が複数のRECに属するなど、そのメンバーシップも複雑に重複している。著者は、各RECはそれぞれ固有の歴史的、政治的、経済的背景に基づいて形成されており、EUという外部からの強制的な地域分けに対してアフリカ諸国は強く抵抗したと指摘する。その他、アフリカ諸国にとってのEU市場の重要性が中国の台頭で低下していることなどにも触れ、途上国であっても、戦略的に臨めば、立場がはるかに強い先進国相手に対等に交渉できると説く。先進国―途上国間FTA/EPAの重要性は高まっており、その交渉過程に関する通説に一石を投じている本書の主張は非常に示唆に富む。

箭内 彰子(やない・あきこ/アジア経済研究所)

 
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