アフリカレポート
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石田 慎一郎 著 『人を知る法、待つことを知る正義――東アフリカ農村からの法人類学――』 東京 勁草書房 2019年 296 p.
網中 昭世
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2021 年 59 巻 p. 17

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人が人を裁くことは極めて困難である。権力基盤が脆弱な政治的な移行期であればなおさら、国家の権威に裏打ちされる近代法に基づいた裁判制度への信頼は得難い。著者によれば、リーガル・プルーラリズム(法的多元主義)とは、異なる社会的背景を持つ法システムが併存する状況を示し、司法の場では、「異文化の法」に関わりながら新しい規範の形成が図られる。しかし、多元性ゆえに複数の正しさが存在し、その中からひとつだけを選び出すと、別の正しさとの矛盾が永遠に解消しない「呪縛圏」が発生する。呪縛圏のなかで妥協を図ることは容易ではない。こうした状況に対して、本書は、ケニアにおける近代法と慣習法の併用の事例を通じ、呪縛圏の外へと解決の糸口を見出すオルタナティブ・ジャスティスの可能性を示す法人類学の成果である。

アフリカでは、特定の契機を経て、各地で「伝統的権威」や「慣習的権威」が復権を果たし、これらの権威者が司る慣習法への関心が高まった。本書によれば、ケニアにおいてその契機とは、植民地期に進んだ土地資源の希少化と独立後の1989年に始まった土地登記事業であった。これらの契機によって移住と土地分配が加速したことが、村落内の人間関係と紛争処理の在り方に多大な影響を及ぼしたという。土地の権利と親族集団への所属とを結びつける傾向が強まり、村落内のみならず、地方裁判所や高等裁判所の民事訴訟の場でも、土地資源の再分配を規定する相続問題とセットになった婚姻関係に関わる慣習法に基づく判断が求められるようになったのである。本書で示される事例では、地方裁判所の判事が当該分野の近代法、コモンロー、慣習法の複数を照らしあわせつつ、形式的な関係規定による主張と実質的な関係理解による主張を双方排除することなく、巧みに法的な推論を展開し、判決を導き出し、ときには判決を保留とする様子が描かれている。

本書に触発され、自分の調査地と比較し、国・地域レベルで異なる歴史的経験に由来する民族的アイデンティティの強弱、固有の慣習法と近代法との関係など、考えさせられた点は尽きない。著者は、当該社会の慣習法の運用を支える年齢組体系や長老結社のような制度的基盤と運用のメカニズムを比較するには、「深層の社会的基盤に照らした分析が必要」である、とすでに今後の課題を見据えている。本書に続く成果が待ち遠しい。

網中 昭世(あみなか・あきよ/アジア経済研究所)

 
© 2021 日本貿易振興機構アジア経済研究所
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