Africa Report
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2021 Volume 59 Pages 20

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本書は、2013年に国連総会で採択された武器貿易条約を主題に掲げ、そこに至るまでの1世紀以上にもわたる武器移転規制をめぐる議論と交渉と思想の歴史を描き出した研究である。著者が分析の起点に据えるのは1890年に成立したブリュッセル協定である。この条約の根底には、アフリカでの奴隷狩りをやめさせるためにアフリカへの武器禁輸が必要だとする列強諸国の考えがあったのだという。つまり武器移転規制の議論は、欧米列強の父権的ともいえるスタンスと「文明化の使命」論そのものの思想のもとで口火が切られたのであった。このような起点から始まった武器移転規制の議論が、果たしていかなる変遷を経て今日に至り、ひとつの条約の誕生へと至ったのか。本書ではこの過程が描かれる。

著者は、史料にもとづいて歴代の条約交渉を詳細に再構成しながら、同時に、武器移転規制をとりまく思想史的、世界史的状況にも考察を加えていく。この点が、安全保障のあり方をめぐる言説的状況に注目する批判的安全保障論の研究視点に立つ本書の特徴である。著者によれば、19世紀末から今日までのあいだに、顕著な人間観の変化(端的には、自律した理性的な存在として措定される人間観から、脆弱さを湛えたものとしての人間観への変化)と、主権国家体制の性質の変化(端的には、一部の列強のみが条約交渉の主体となる体制から、多数の途上国が主体として参画する体制への変化)が生じたという。今日の武器移転規制をめぐる国際的な取り組みが、これらの変化と不可分のかたちで進展し実現されたことが本書では丹念に論じられている。

このように本書は、条約交渉そのものの分析と、それをとりまくメタ・レベルでの分析を総合した野心的な構想に立って書かれた研究書である。その射程は、紛争研究、外交史、国際関係論、思想史、グローバル・ヒストリーなど多大な領域に及ぶ。現代アフリカを考えるうえでの興味深い論点も数多く盛り込まれている。1990年代のマリ危機が西アフリカにおける武器移転規制の議論の大きな契機になったことを評者は本書で知ったが、その知識を、1世紀あまりにわたる世界というマクロな時空間のなかに位置づけて理解する視点が得られるところも、大きな射程を備えた本書ならではの読みどころといえる。今後の研究のヒントに満ちた刺激的な著作である。

佐藤 章(さとう・あきら/アジア経済研究所)

 
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