アフリカレポート
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特集 コロナ禍におけるアフリカの人々
2020年コロナ禍のモザンビーク――マプト都市圏のインフォーマルな越境貿易業者(ICBT)の視点から――
網中 昭世
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2021 年 59 巻 p. 72-84

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要約

本稿は、コロナ禍で活動を大幅に制限されたモザンビークの首都マプト都市圏のインフォーマルな越境貿易業者(ICBT)の視点を通じ、インフォーマル経済を取り巻く環境の急激な変化を捉えるものである。本稿では、現地の調査協力者によるICBTへの聞き取りを通じ、ICBTとの関係が深いインフォーマル経済の末端の露天商をめぐる状況の変化を明らかにすると同時に、コロナ禍における移動にかかわる制約に直面するICBT自身の対応を詳らかにし、インフォーマル経済の社会経済的役割について再検討する。

はじめに

モザンビークでは、2020年を通じて新型コロナウイルス感染症(以下、COVID-19)の拡大そのものよりも、感染症拡大防止対策がマプト市と隣接するマトラ市を含むマプト都市圏のインフォーマル経済1で生計を立てる貧困層の生活を逼迫させる要因となっていた。2020年のモザンビークの経済状況をみると、コロナ禍以前のGDP成長率は4.3%と見積もられていたが、国内外の需要の低下、感染症対策による供給網の寸断、液化天然ガス開発の遅れといった影響を受け、成長率は1.3%に下方修正された[World Bank 20212。全般的な経済状況が悪化する中、都市部の経済活動年齢人口の65%が活動するといわれるインフォーマル経済は深刻な打撃を受けている。ILOモザンビーク事務所が2020年4月から5月にかけてインフォーマル・セクターの組合8団体(首都3団体と地方5団体)に対して実施した聞き取りによれば、半数以上の団体は収益が25~50%減少し、2団体に至っては75~100%減少したと答えている[OIT 2020a3

本稿はこうした状況にかんがみ、コロナ禍の規制の影響を顕著に受けるインフォーマル越境貿易業者(Informal Cross Border Trader: ICBT)の視点を通じて、コロナ禍のマプト都市圏のインフォーマル経済を取り巻く環境の変化を捉えることを目的とする。本稿がとくにICBTの視点に注目するのは、ICBT自身が越境不可能となり、さらにICBTの販売網の末端を担う露天商4の活動が規制されることから、コロナ禍の社会を国内外との連関をもって活写できると考えるからである。

調査の対象者は、マプト都市圏で活動するICBT経験者、ICBTの組合である「インフォーマル越境貿易業者組合」(Associação Mukhero)ならびに「インフォーマル・セクター労働者組合」(Associação dos Trabalhadores no Sector Informal: ASSOTI)の代表者である。ICBT経験者については2017年以降2020年3月までの調査を通じて接触のあったインフォーマントの中から、キー・インフォーマントとなりうるICBT経験者3名を選んだ[網中 2020a]。調査にあたっては、現地の感染拡大状況を随時勘案しながら感染防止対策のための諸規則の許す範囲内で、現地の調査協力者を通じて対面での半構造的な聞き取りを実施した。調査協力者が得た聞き取りデータは、音声もしくは動画で記録の上で、現地協力者もしくは筆者が書き起こしを行い、これを基に筆者が分析した。聞き取り調査の実施期間は、対象者によって調査の開始時期は前後するが、2020年8月から12月までのあいだにほぼ1カ月の間隔を置き、各インフォーマントに対して3回の聞き取りを行った。

以下では、第1節でモザンビークにおけるCOVID-19の拡大状況と防止対策の概要を把握する。第2節では、感染症対策と同時に進められる都市再開発事業によって露天商の生存維持手段が失われている実態をICBTの視点から捉える。第3節では、ICBTのコロナ禍への対応について3人のインフォーマントA、J、Lの事例を比較し、最後にインフォーマル経済の社会経済的役割について検討する。

1. COVID-19感染拡大防止に伴う規制

モザンビーク政府はアフリカ疾病予防管理センター(Africa Centres for Disease Control and Prevention: Africa CDC)の指針に従い、2020年1月下旬からCOVID-19に対する水際対策を講じていた。危機感が増したのは、隣国南アフリカで感染者が確認された3月5日以降である。首都マプトはモザンビークの南端に位置し、南アフリカ国境まで100キロメートル足らずという近接性から陸路で多くの人々が頻繁に越境する。

モザンビークでは3月22日に最初の感染者が確認され、政府は4月1日に国家非常事態宣言を発令した。これによって多くの国境が閉鎖され、査証の取り消し・発行停止、学校の休校、20人以上の集会の禁止、必要最低限の外出、公共空間でのマスクの着用とソーシャル・ディスタンスの確保を義務付け、シフト制の導入による勤務者の削減、営業時間の短縮、乗り合いバスの乗車率を定員の半数とするなどの方針が示され、8月までこれらの措置が継続された。

8月にアフリカ全体の感染者数の半数を占めていた南アフリカの感染者数の増加率が減少に転じ、南アフリカ政府が規制を緩和したことを受け、モザンビークでも9月7日に規制の一部が緩和され、ビーチや文化施設が再開され、集会の参加人数の上限は50人へと引き上げられた。4月1日以降、飲食店の営業時間が17時までと短縮されていたが、9月7日以降は20時までとされた。また、店内での酒類の提供は業態によって規制が異なり、座席数が決まっているレストランでは可とされたが、不特定多数の顧客が出入りする食堂・居酒屋・バーなどでは不可のままであった5。違反すれば、1500メティカル(2000円相当)の罰金に加え、しばしば賄賂を要求される6

2020年のモザンビークにおける感染の拡大は、当初懸念されたよりは緩慢であった。感染拡大の第一波は、2020年9月13日から19日で週あたり新規感染者が1497人、2020年内で週あたりの最大死者数は15人(11月8日~14日)であった7。こうした状況を受け、政府はクリスマス休暇の消費や、観光業の回復を見込んで12月1日からモザンビークへの入国時の自主隔離、PCR検査の陰性証明に関連する規制を緩和した。南アフリカがクリスマスから年末年始にかけてすべてのビーチを閉鎖していた一方で、モザンビークは陰性証明を持った訪問者に国境を開放し、観光客数の回復が見られた。

クリスマス休暇と年末年始を挟んで国内外で人の往来が活発化した結果、2カ月間安定していた新規感染者数は2021年1月以降、劇的に増加し、第二波となった。これを受け、政府は1月15日~2月4日まで商業施設や飲食店の営業時間を短縮するなど再び規制を強化したが、感染拡大の勢いは衰えず、2月初頭にはマプト都市圏に夜間外出禁止令を出すに至った。2021年1月31日から2月6日の週あたり新規感染者数は6407人、同時期の死者数は82人と急増していた8。冠婚葬祭を含む集会の参加人数の上限は20人、政府関係行事は50人と制限され、その他の制限はすべて継続され、ビーチや学校は再び閉鎖された。

注:データは2020年1月3日〜2月6日の5週間の曜日別の中央値を基準値として、該当する曜日の標準値を表す。各カテゴリに分類された場所への訪問者(またはその場所に滞在した時間)が曜日別基準値と比べてどう変化したかを示している。

出所:Google. COVID-19:コミュニティ・モビリティ・レポート。

上述の感染症対策のための規制と緩和を、に示すマプト市における人出の変動率の推移と照合してみよう。なお、職場への人出が減少する休日の直前に買い出しのために食料品店・医薬品店への人出が増加するのは非常事態宣言にかかわらぬ全般的傾向であり、一週間周期の変動がみられる。また、一週間の周期とは別に変動率が-60%以上を記録している日は週末以外の祝祭日である。それらを考慮すると、2020年中の4月からの非常事態宣言、9月以降の規制の緩和、そして2021年に入っての規制の強化という動向と人出の変動率はほぼ対応しているように見えるが、注意深く見ると、非常事態宣言発令以前の3月中旬からすでに居住地以外での人出が減少し始めている。その中でも人出が大幅に減少している場所は公園である。

前述のとおり、モザンビークでCOVID-19に対する危機感が高まり始めた第一の契機は3月5日に南アフリカで最初の感染者が確認されたときであるが、その時点でもマプト市の人出には大きな変化はなかった。第二の契機は3月22日の国内初の感染者の確認だが、それ以前にマプト市の人出は減少傾向にある。これはマプト市の再開発事業の一環として、公園周辺で商いをしていた露天商の強制退去が実施された結果である。次節では、この強制退去が事後的に政府によるCOVID-19対策によって正当化され、長期にわたり人出を減少させている点を検討したい。

2. 露天商の排除

2020年3月中旬以降、マプト市の人出を大幅に減少させたのは、COVID-19対策そのものではなく、市が3月13日に旧市街の繁華街で実施した露天商の強制退去である[DW 2020a; 2020b]。この事業は、コミシェ(Eneas Comiche)市長(2004~2008年、2019年~現在)が世界銀行の資金援助を取り付けて2007年から始めた一大事業である[DW 20189。とくにマプト湾に面した旧市街は、庶民が日々利用する船着き場兼漁港の先に史跡、博物館、大学施設、コロニアル様式の建造物が点在する一方で、新築の中央銀行本店や市の第三セクターのイベント施設があり、官庁街としての側面も持つ。市は旧市街を装い新たなベイエリアとすべく再開発に取り組んでいる。

市によればすでに6カ月前に街路からの退去命令を通達済みであったが、3月13日当日も数百人の露天商が集まり、抗議を行っていた。市は指定する新旧の公設市場の使用権を得る機会を提供したが、露天商による抗議は続いた。日銭を稼ぐ必要がある貧困層にとって公設市場の月極使用料すら固定費として重い負担になる。ましてや市が用意した新設の公設市場が市街地から遠く離れ、人気のない立地の場合には、なおさら利用希望者は減る10。しかし、市は、退去に応じず旧市街にとどまる露天商が、市の提供した公設市場の使用権利を放棄したとみなし、市警察のみならず、国家警察に属する機動隊を出動させ、催涙ガスとゴム弾を使用して露天商を退去させた。2019年の市の推計ではこの一帯だけで2100人以上の露天商らが活動していたが[Carta de Moçambique 2019]、非常事態宣言以降、マプト市の旧市街一帯には機動隊が配備され、マプト市ならびにマトラ市内各所でも警察による露天商の排除が続いている。に示される公園の人出の大幅な減少はこれを反映したものである。

旧市街の公設市場に小売店舗を構えるICBTのJ(26歳・女性)は、2020年3月以降に目撃している露天商の排除について次のように語った。

COVID(-19)のせいで悲惨なことが沢山起きているわ。街には独身女性が沢山いる。オレンジやマンゴーを詰め込んだタライを頭にのせて、行商している女性たちがいる。子供たちのために日々のパンを稼ぐために。彼女たちは夫に捨てられたり、死別したりして、よそに家を借りて生活している。彼女たちは何も持っていない。市警察が彼女たちのことを追い回して、彼女たちの売り物を地面に投げ捨てるのを見たことがあるでしょう。彼女たちは泣いている。なぜって、新たに仕入れる金は持っていないからよ。

(インタビュアー:どうして警察はそんなことをするのですか?)禁じられているからよ。確かに街の中には指定された売る場所はあるわ。でも彼女たちには売る場所がないの。売る場所がないのよ。いったいどれだけの人たちがこの旧市街から退去させられたと思う?その日のパン代を稼ぐためだけなのに。私は(公設)市場の中にいるから警官に追い立てられる恐れはないわ。でも、他の人たちは違う。私のリスクは店舗の使用料を支払えるかどうか。もとに戻るには長いことかかるわ。まだ苦しい日々は続くの。「街路の清掃」だと言っているわ。いったい誰のため?背中に赤ん坊を背負った母親の行商人まで追い立てられているのよ(括弧内、筆者加筆)11

Jは、10代の頃から始めた駄菓子の露店や服飾雑貨の行商を経て、南アフリカ、インド、中国で仕入を行ってきた現役ICBTであり、1児の母である。彼女が露天商に向ける眼差しからは、半ば自分自身の経験と重ね合わせる様子がうかがえる。そしてJの語りにあるように、街には「独身女性」が多くいる。2017年の国勢調査によれば、マプト市の世帯主に占める女性の割合は33.2%である。女性世帯主の婚姻状況の内訳は未婚42.37%、既婚5.35%、同棲14.64%、離別・離婚9.99%、死別27.65%となっている[INE 2019]。こうした女性たちにとって参入障壁の低い露天商は生存維持のための手段となっている。

旧市街地の公園や広場で新興中間層に売れ筋の南アフリカ産のフルーツを販売するのは露天商であり、露天商向けの商品を供給しているのが、日々南アフリカ国境最寄りの農場や卸売市場へ生鮮食品を仕入れに行くICBTである。単価の安い商品で利益を出すには一定量を扱う必要があり、輸送には大型車両を借り上げるか自ら大型車両を運転する。越境輸送に使用したトラックでマプト郊外の卸売市場に乗り付け、荷台から直接、仲卸に販売する。仲卸の顧客も多様であり、市内中心部の一等地に店舗を構えるホテルや飲食店、近年活況を呈している結婚披露宴向けの宴会場の他、露天商など幅広い業態の顧客がいる。ICBTは多くが女性であり、本稿のインフォーマント3人もすべて女性である。女性の経済的自立を体現するようなICBTはインフォーマル経済の中で就労する若年女性たちのロールモデルとされている[Honwana 2012]。

COVID-19との関係に戻れば、モザンビークの非常事態宣言は、不要不急の外出を厳格に規制した南アフリカのロックダウンとは異なり、露天商の活動を禁じているわけではない。他方、マプト市の再開発事業の一環として2020年3月13日に実施された露天商の強制排除は事後的に感染症拡大防止対策と結び付けられ、さらに市内各所のインフォーマル市場の撤去、公設市場の一時閉鎖を伴う清掃が実施された。これらの市の事業は保健省によって感染症拡大防止対策として評価され、反対に、2020年3月以降のマプト市の再開発事業には感染症拡大防止策が盛り込まれ、これらは相互に結び付けられて正当化されている。

経済活動年齢人口の65%は何らかの形でインフォーマル経済にかかわっているといわれる都市部において[Raimundo and Chikanda 2016]、再開発事業とCOVID-19対策の結果、これまで露天商で生計を成り立たせてきた都市貧困層が生計手段を失っている。その一方で、現行の社会福祉サービスの一環である現金給付予算は、農村部の絶対的貧困の軽減に主眼があり、マプト市に対する配分は4%(2017年)に過ぎない[網中 2020b]。2020年5月には都市貧困層を対象とする新規予算が組まれたが、2020年8月時点で対象者の登録作業を行いつつも、10月時点でも未だ策定段階であり[OIT 2020b]、現金給付の具体的な見通しは示されぬまま2021年を迎えた。再開発事業にも社会福祉サービスにも包摂されず、その狭間で困窮化する人々が生み出されている。

3. コロナ禍におけるICBT

前節でみたとおり、コロナ禍においてインフォーマル経済の末端で活動する都市貧困層が生計の機会を失う一方で、そうした露天商に商品を供給してきたICBTはこの状況でどのような影響を受けているのか。前節では南アフリカから生鮮食品を調達するICBTについて言及したが、これまでのICBTの展開と多様化の過程で、一部は小売店の経営に転じたり、兼業したりする者もいる。また、取扱商品の多様化にともない、仕入先も南アフリカから中国へと広がって久しい。ここでは、まずICBTのインフォーマル経済の中での位置づけを把握し、次にICBT内部の階層性を概観し、本稿で扱う事例を位置づけたい。

近年のマプト市のひとり当たりの平均月収は3万5000~4万6000メティカル(2万6000~3万3000円相当)であるのに対して、たとえば陸路で近隣諸国に青果を買付に行き、市内の代表的な卸売市場に卸すICBTの粗利益は推計5万5000~11万円である12。そこから輸送費・市場使用料を差し引いた純利益が平均月収を上回ることが推察される。

他方、空路で中国の広州で買付けるICBTについてみると、年2、3回のペースで渡航するLの予算は渡航費も含めて3000~4000米ドル(約31万~41万4000円)である。ほぼ毎月の頻度で渡航するJの予算は少なくとも20万メティカル(約27万4000円)だという。Jの予算の内訳は航空券代金(6万~10万円)、公設市場の月額使用料(約1万3700円)と小売店舗の費用(約1万円)、宿泊滞在費(3泊・約2万円)、現地案内人手数料(不明)である。服飾雑貨の利益率は一般的には40~60%程度だが、広州での仕入では80%にも及ぶことがある。前掲の諸経費を除いた残額13万~17万円を仕入れの資金とすると利益率80%で1回の買付で推計38万~58万円の純利益が見込まれる。仕入商品次第で別送費用がかかるとしても、次回の仕入費用を確保してなお手元に残る金額は、陸路で近隣諸国に行くICBTを大きく上回る。

以上のように、インフォーマル経済の中でICBTは比較的上位に位置するが、さらにそのICBTの階層の中でも、中国で仕入れるICBTは上位に位置することが分かる。以下では、3人のICBTおよび元ICBTの事例から、コロナ禍への対応を明らかにする。

(1) 事例A:元ICBT・現飲食店経営者

A(47歳・女性)は、2000年に当時0歳と4歳の女児を連れて離婚したことを機にICBTに従事し、2010年頃までスワジランド(現エスワティニ)、南アフリカとマプトのあいだで食料品を仕入れ、その後、母親の飲食店兼居酒屋を引き継いだ。飲食店の営業許可はレストランと食堂兼居酒屋で異なる分類に属し、Aは食堂兼居酒屋としての営業許可を得ている。店舗はマプト市が隣接するベッドタウンに繋がる幹線道路沿いで、複数の食堂が軒を連ねる一角にある。

AはICBTから飲食店経営に転じたが、モザンビークと南アフリカで価格差が大きい精肉の仕入れは、南アフリカへ行くICBTに任せていた。Aは、南アフリカのロックダウン以降「人は越境できないが、物資は越境できる」という情報を得て、トラック運転手に仕入れの代行を依頼した。しかし、45キログラムの注文に対して10キログラムずつ複数回に分割されて届けられている13

コロナ禍での営業に際しては、各店が手洗い用の水と洗浄液を用意し、店舗の入り口に備えるよう、市役所や保健局の職員が訪問指導している。営業時間も以前は21時までだったが、2020年4月以降は17時までに大幅に短縮され、店内に3つあるテーブルも、1テーブルに着く客数はふたりに制限された14。4月、5月のマプトは肌寒くなる季節でただでさえ客の出足が悪いのだが、それに加えて利幅の多い酒類を店内で消費することが禁止され、売り上げは通常の20%程度にまで大幅に落ち込んでいる15

2020年4月以前は従業員をふたり雇用していたが、4月にひとり、その後もうひとりも解雇せざるをえず、同年12月時点ではAがひとりで営業している。通常なら2台稼働させる大型の冷蔵庫を1台に減らしているが、警備員の費用など固定費は出ていく。店舗は賃貸だが、幸いにも家主の提案で通常7000メティカル(約9600円)の家賃を4月から3000メティカル(約4100円)に減額してもらえ、この措置は継続している。家主はAの飲食店と同じ並びに賃貸物件を複数所有しており、いずれの物件も家賃を減額している。この店舗物件の賃貸に際しては、不動産仲介業者を介さず、家主とも普段から顔を合わせる良好な関係にあったことが幸いしている16

2020年9月には規制が緩和され、気候も温暖になり、COVID-19に対する人々の恐怖感も薄れて顧客も徐々に戻ってきた。レストランとして登録されている店舗は、着席での飲食が前提で、座席数の上限を超えて客を入店させることはないため、同年9月以降酒の店内消費も許可され、営業時間は20時までに延長されて規制緩和の恩恵を受けている。しかし、入店客数のコントロールが難しい居酒屋・バーなどに対しては酒の店内での消費は禁止され、営業時間は17時までという規制は継続されている17

(2) 事例L:現役ICBT

現役ICBTのL(43歳・女性)は、南アフリカで仕入れた被服・服飾雑貨を扱い、露店・行商を経て、2015年に首都のベッドタウンであるマトラ市の自宅敷地内に小売店を設けた。店舗は市の中心部から8キロメートルほど離れた住宅街の一角、車両が通行可能な未舗装道路に面している。自宅および店舗の地所取得と建築には、南アフリカ国境近くで両替商を営んでいる配偶者と資金を出し合った。マトラの店舗のほかにも、同時期から夫方の義母がいる他都市にも出店し、経営を息子(28歳・既婚)に任せ、Lが国外で仕入れた商品は息子の店舗でも販売している。2軒の店舗では、国外で仕入れた服飾雑貨の他に、国内で仕入れた米、冷凍の肉・魚、トウモロコシ粉などの加工食品を小売している18。Lは2018年以降、仕入れのために年に2、3回の頻度で中国の広州へ渡航していた。Lが取り扱う商品は旅客機に手荷物として載せることのできる付け毛や服飾雑貨から、注文買い付けを専門として船便で別送する家具にまで及んでいる19

コロナ禍の2020年6月~8月にかけては付け毛や被服の需要は多かったが、供給できず商機を逃した20。7月には付け毛や服飾雑貨の在庫が底をつき、8月に入ってICBT仲間を通じて仕入代行を依頼し、コンテナ輸送で3~4週間後の8月下旬に受け取った。仕入れの商品の品質には不満があるが、売り手市場なので強い要望は伝えられない21。その後、同年9月に2度目の代行を依頼し、その時は偶然にもほぼ満杯のコンテナに便乗でき、2週間で商品を受け取ることができた。現在も代行で仕入れているが、2020年12月初頭の時点ではコンテナ輸送の目途が立っていない22

Lの顧客は若年層の20代~40代の地域住民であるが、長引く経済活動の停滞で顧客も実入りが少ないために、2020年10月初頭にはICBTが仕入れる服飾雑貨の需要も減り始め、ICBTの利益はほとんどなく、仕入れ資金を生活費に充当しなければならなくなった。マトラの店舗の従業員は6人だったが、同年4月にふたり解雇し、今後も給与か人数を減らす必要がある。息子に任せていた店舗は売り上げが伸びずに閉店した23

(3) 事例J:現役ICBT

冒頭にも登場したJ(26歳)は、民間企業で固定給を得る配偶者とのあいだに未就学の子がひとりいる。Jの店舗2軒のうち1軒は、マプト市の旧市街地の一角、中央銀行本店と目と鼻の先にある一等地の公設市場内にある。もう1軒の店舗は市内中心部から約6キロメートル離れた住宅街にあるヘア・サロンで、仕入れた付け毛の施術と服飾雑貨の小売りをしている。さらに国内の地方中核都市の小売店への卸の需要もあり、国内空輸便で地方都市に発送している。公設市場の利用料は月額1万メティカル(約1万3700円)、郊外の店舗の賃料は7500メティカル(約1万円)で、コロナ禍における減免措置はない。人件費は基本的には歩合制だが、毎月それに上乗せした金額を支払ってきたので、今ではそれも負担となっている24

複数の販路を持つJは、在庫が僅少となれば毎月でも仕入れに広州に行っていた。2019年12月の仕入れの後も、2020年2月末に春節の休暇が明けるタイミングで渡航を予定していたが、中国側のロックダウンのために渡航できなくなった25。はやくも翌3月には取り扱う服飾雑貨の在庫が不足し始めたが、広州の現地案内人から4月になっても今後の目途が立たないとの連絡があった。当座の状況を見極めているあいだ、マプトの気候が肌寒くなってきた4月・5月には従来の服飾雑貨だけではなく、市内の倉庫街で調達できる羽毛布団を仕入れて販売した。倉庫街の状況を把握できるのは、17歳の頃から仕入れに行っていた経験が活かされているからである26

他方で、2020年5月には広州に仕入れの代行を手配したが、現地案内人の品質管理能力はJの期待に沿うものではなかった。そこでJは、代行者に仕入れの際の指定商品の選別を委ねるのではなく、広州の卸売店に希望する商品の仕様の詳細を直接伝えて商品を取り置いてもらい、代行者には商品の引き取りとコンテナ輸送の手続きだけを依頼するよう工夫した。それでも輸送の所要日数に関しては予測不可能である。1回目の代行は5月に注文して6月に届いたが、2回目の6月に注文したものが9月末になっても届いていなかった。Jは広州の代行者が外部からの注文に対応しきれていないと認識している27

2020年6月の2回目の注文品を待つ一方で、Jは南アフリカへの越境に関して、旅客車両の越境は許可されていないが物流用の車両は越境可能との情報を得て、コロナ禍で3回目となる仕入代行を南アフリカで試みたが納得のいく結果は得られなかった。9月末時点で船便の到着を待っていた荷物は9月から12月にかけて4つのコンテナに分割されて輸送されている。この状況を見たJは、11月末に広州の代行者に4回目の買付を依頼した際には注文品を国際宅配便のDHLで空輸するよう指示した28

試行錯誤を重ねつつ仕入れを試みるJは、確かに需要があるという。Jは自分のヘア・サロンで施術と小売もしているが、結婚披露宴に参列するために着飾る女性たちが需要の鍵である。現在、感染症拡大防止のために冠婚葬祭の参列者の上限は50人であるうえに、披露宴会場での酒類の消費は禁じられている29。しかし、挙式を検討している若年世代は、この状況を逆手にとって挙式を小規模化しながらも面目を保って倹約できる絶好の機会だと捉え、小規模な披露宴を企画し、その件数が増加しているのだという30

(4) 考察:供給に関する条件・制約・戦略と垣間見える需要

コロナ禍はICBTにどの程度のインパクトを与えたのか。現地の市民社会組織が2020年6月にマプト市内の主要市場ならびに各地区でインフォーマル・セクターの就労者を対象に実施した調査によれば、一日の平均売上はコロナ禍前と比べて総じて減少している[OMR 2020a]。その落ち込み度合は各市場や地区の特性によって幅がある。相対的に高い売上を維持している市場は、青果卸売市場(コロナ禍前比77%)や、感染症対策のためのマスクの需要の恩恵を受ける仕立屋が市場内に多数存在する小売市場(同72%)である。つまり、ICBTが南アフリカやエスワティニに越境して仕入れた商品を卸す青果卸市場は、後述するマイナスの要素によって売上が減ってはいるものの、依然として8割程度の売り上げを維持しているのである。

ここでは、コロナ禍におけるICBTの個別の活動について前掲の3事例を総合的に検討する。まず、商品の供給についてみると、コロナ禍以前、陸路で南アフリカに仕入れに行っていたICBTは、自身が運輸業も兼ねていない限り越境が不可能となり、その場合には運輸業者に仕入れの代行を依頼しているが、商品の注文量を処理できないといった問題が発生するのは事例Aでも見られた。さらに、運輸業者の越境も容易ではない。モザンビークの運輸業者は圧倒的多数が個人事業主である。南アフリカとの国境で通関手続きを待つ車両は、工業原料や資材、あるいはマプト都市圏に出店している南アフリカ資本の商業施設の商品を輸送する車両と、ICBTが利用しておもに生鮮食品を輸送する個人事業主の車両とに分けられ、前者の通関手続きが比較的スムーズに行われるのに対して、コロナ禍以降、後者の滞留が数日間にも及ぶ事態が発生している31。2020年8月19日には、個人事業主のトラック運転手らが国境付近の道路を封鎖して抗議した。

他方、空路・航路での移動・輸送で中国に仕入れに行っていたLとJがともに悩まされているのが、仕入代行の際の品質管理と、商品の輸送日数の問題である。船便輸送の日数が見通せない背後には、中国からの船便に必要なコンテナ、さらには船便そのものの不足がある。不足を反映して、中国からの船便の費用は2020年10月半ば以降、大幅に上昇している[NIKKEI ASIA 2020]。この時点でJがコンテナ輸送費の大幅な上昇を認識していたかどうかは確認できていないが、輸送手段を船便から航空便に切り替えたJの判断は的確であった。Jは年末商戦の商機を逃さぬように、また、その後中国側が春節に入るため、次の仕入にはさらに時間を要することを考慮し、多額の輸送費を負担してでも商品を空輸している。

L、J、元ICBTのAいずれも実店舗での小売りも行っているが、コロナ禍で実店舗を維持する負担は個別の事情・条件に大きく規定されている。大きな固定費である店舗の家賃は、自宅併設で家賃が発生しないL、賃貸店舗だが減免措置が講じられているA、公設市場と賃貸店舗家賃の減免のないJと三者三様である。他の経費である人件費についてみると、Jは物品の販売もヘア・サロンでの施術も出来高払いで従業員を雇用し、人件費の負担の度合いは低く、被雇用者も職そのものを失うという状況は免れている。これに対してAは飲食店でのサービスの提供、Lは食料生活雑貨の物品販売のために従業員を固定給で雇用しているために負担となり、従業員を解雇せざるを得なくなった。さらに経済的負担を軽減しうる世帯内の他の収入源についてみても、Lの配偶者は国境地帯での両替商を営むが、渡航者の大幅な減少により配偶者の収入も減少しており、Lも仕入資金を生活費に充当している。Aは離別しており、生活費自体は就労している娘の稼ぎに部分的に支えられている。Jの配偶者は固定給の会社勤務で生活費の負担は相対的に軽い。

次に、需要についても目配りしておきたい。そもそもコロナ禍の不況の中でICBTが越境して仕入れる商品の需要はあるのか。南アフリカで生鮮食品を仕入れるICBTの場合を考えると、2020年3月中旬以降の露天商の排除によって、最も消費者に近い販路の一部が失われている。また、軒並み飲食店の営業時間が短縮され、観光や商用での訪問客がほぼ皆無となったことから宿泊施設や飲食店の需要が減少していることはAの事例からも伺える。

その一方で、国内で生まれる意外な需要が保たれている。それは結婚披露宴を行う宴会場の食材供給である32。宴会場は都市郊外の広い敷地に200~300人を収容し、ビュッフェを提供できる宴会場と厨房、手入れの行き届いた庭園、大規模な駐車場を備えている。以前であれば、新興中間層の結婚式は新郎新婦の両家での内輪の宴席と教会での挙式に続き、三桁に及ぶ列席者を招く披露宴を執り行うところ、コロナ禍で列席者の数は最大50人までに制限され、宴会場でも酒類の消費は禁じられている。しかし、これを好機と捉えて披露宴を挙行する若年世代の行動原理はJが語ったとおりである。

上記のような需要が一部で生まれる一方で、青果・生活雑貨の小売市場の売上はコロナ禍前と比較して66~65%にとどまり、卸売市場より大きな影響を受けている。さらに市場外の販路、すなわち小規模な小売店か露天商がおもとなる郊外での売上はコロナ禍前と比較して51%~42%にまで減少している[OMR 2020a]。なお、マプト市中心部からほぼ同心円状に、都市部、郊外、周辺部と分けた居住地域別にコロナ禍前後の世帯収入を比較すると、都市部で-44%、郊外で-46%、周辺部で-28%といずれも大幅な減少がみられ、さらに低学歴者世帯主の多い郊外(就学年数10年未満48%)では43%、周辺部(同31%)では33%の世帯が食事の回数を減らしていたことも報告されている[OMR 2020b]。インフォーマル経済の末端で露店を担ってきた人々の生計活動が大幅に制約を受け、困窮の度合いを増していることが如実に現れている。

おわりに

マプト都市圏のICBTの視点をとおして見た2020年のコロナ禍におけるモザンビーク社会では、インフォーマル経済内部の階層性が顕著に浮かび上がる。本稿で取り上げたような、一定程度の資金を持つまでに至ったICBT自身は、経済的に余力のある中間層の需要に支えられ、試行錯誤を繰り返しつつも、適応力を見せている。マプト都市圏の卸売業を担い、南アフリカやエスワティニで食料品を買付けるICBTや、中国で服飾雑貨等を買付け、卸・小売を行うICBTがそれに該当する33。それに対して、インフォーマル経済の中でも販路の末端を担っていた露天を担う都市貧困層の生計活動は厳しく制限され、都市貧困層世帯の家計は急激に悪化している。

今日、コロナ禍で適応力を見せるICBTや店舗経営者がかつては露天や行商を経験してきたことを想起されたい。インフォーマル経済は生存維持の手段を提供するセーフティ・ネットとして機能していただけでなく、上昇の可能性が開かれていたからこそ、貧困や抑圧への不満を吸収する緩衝材としての社会政治的役割を果たしてきた[池野・武内 1998]。しかし、2020年以来、都市貧困層にとって最も参入障壁の低いはずの露天の機会は、マプト都市圏ではコロナ禍を機に急速に閉ざされつつある。これが感染症対策を掲げて進められながらも、本来は再開発事業であるという事実は、露天の排除は感染症対策の一過的なものではなく、常態化されることを意味する。

貧困や抑圧への不満を吸収する緩衝材を失いつつある社会は、同様の社会的機能を担う代替手段を生み出すのか否か、あるいは他の変容が生じるのか。今後、さらなる検討が必要である。

本文の注
1  本稿では、国際労働機関(International Labour Organization: ILO)の定義にならい、法律上または実務上、正式な取り決めの対象とならない、または不十分にしか対象とならない労働者や経済単位によるすべての経済活動とする[OIT 2020a]。

2  液化天然ガス開発への投資の遅れには、COVID-19の感染拡大そのものよりも、開発地域におけるテロによる治安の悪化がより大きく影響している。

3  ILOモザンビーク事務所が聞き取りを行った首都の3団体は「ドメスティック・ワーカー組合」(Sindicato Nacional das Empregadas Domésticas)のほか、本文で後述する次の2団体「インフォーマル・セクター労働者組合」、「インフォーマル越境貿易業者組合」である。後者2団体は、本稿執筆にあたって聞き取りを行った2団体と同一である。

4  以下、本稿では、露天で簡易の店舗を設けて商いを行う物売りと、店舗を設けぬ行商人も含めて露天商とする。

5  以下、本稿ではインタビューで得られた情報について、インフォーマントと聞き取り調査の実施回数、実施日を記す。インフォーマントA、3回目2020年12月1日。

6  以下、本稿では2020年12月末の為替レート1メティカル=1.37円で換算する。インフォーマントJ、3回目2020年12月1日。

7  本稿では、国際連合人道問題調整事務所(United Nations Office for the Coordination of Humanitarian Affairs: UNOCHA)のデータベースを利用した。UNOCHA. Mozambique: Coronavirus (COVID-19) Subnational Cases ( https://data.humdata.org/dataset/mozambique-coronavirus-covid-19-subnational-cases ).

8  UNOCHA. Mozambique: Coronavirus (COVID-19) Subnational Cases.

9  インフォーマントASSOTI、1回目2020年9月21日。

10  これまでのマプト市行政のインフォーマル市場・露天商への対応は次の3通りに大別できる。第一に、自生的に集積地が発生してインフォーマル市場が形成され、それを市行政が正規化し、同じ場所に整備しなおす場合、第二に、他所の既存の公設市場に割り振る場合、第三に他所に公設市場を新設する場合である。第三の場合、市内に新たな用地を確保することは困難なため、しばしば郊外もしくは周辺のアクセスの悪い立地となる。

11  インフォーマントJ、3回目2020年12月1日。

12  推計粗利益は当該市場におけるCOVID-19以前の1日当たりの平均売上高8324メティカル(1万1403円)に基づく[OMR 2020b]。週6日営業日4週間の売上高は約20万メティカル(約27万4000円)となる。青果卸を行うICBTの活動に必要な経費は原価分の買付費用・輸送費・公設市場利用料を基本とし、店舗賃料は不要なため比較的高めの利益率が想定される。利益率を20~40%と仮定すると約5万5000~11万円の粗利益が推計され、そこから輸送費・市場使用料を差し引いた額が純利益となる。

13  インフォーマントA、1回目2020年8月3日。

14  インフォーマントA、1回目2020年8月3日、3回目2020年12月1日。

15  インフォーマントA、2回目2020年9月19日。

16  インフォーマントA、2回目2020年9月19日、3回目2020年12月1日。

17  インフォーマントA、2回目2020年9月19日。

18  インフォーマントL、2回目2020年10月1日。

19  インフォーマントL、1回目2020年8月27日。

20  インフォーマントL、2回目2020年10月1日。

21  インフォーマントL、1回目2020年8月27日。

22  インフォーマントL、3回目2020年12月6日。

23  インフォーマントL、2回目2020年10月1日。

24  インフォーマントJ、1回目2020年8月17日、2回目2020年9月30日。

25  インフォーマントJ、1回目2020年8月17日。

26  インフォーマントJ、2回目2020年9月30日。

27  インフォーマントJ、2回目2020年9月30日。

28  インフォーマントJ、3回目2020年12月1日。

29  冠婚葬祭の参列者数の上限は新規感染者の拡大を受けて2021年1月には20人に削減された。

30  インフォーマントJ、3回目2020年12月1日。

31  インフォーマントAssociação Mukhero、1回目2020年8月24日、3回目2020年10月26日。

32  インフォーマントAssociação Mukhero、1回目2020年8月24日。

33  マプト都市圏のICBTの淘汰や多様化の過程については、網中[2020a]を参照されたい。

参考文献
 
© 2021 日本貿易振興機構アジア経済研究所
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