アフリカレポート
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資料紹介
香室 結美 著 『ふるまいの創造――ナミビア・ヘレロ人における植民地経験と美の諸相――』 福岡 九州大学出版会 2019年 v+200 p.
網中 昭世
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2022 年 60 巻 p. 20

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本書は、ドイツ領西南アフリカ(現ナミビア)で支配者が伝えた被服を、自らの服飾文化とするヘレロ人の独特な植民地経験を現代的観点から描いている。本書のもとになっているのは、2009年から2012年のあいだに行った調査に基づき執筆された博士論文である。

植民地期のアフリカ各地であったように、ナミビアでも植民地当局によって任命される「最高首長」の地位が創造され、ヘレロもそのもとにひとつの民族集団として構築された。さらには社会的構築物にすぎなかったはずの集団は支配の過程で虐殺の標的とされた。そのヘレロが、支配者の服飾文化を自らの代表的な服飾文化とする経緯は、いわゆる「民族衣装」と呼ぶにはあまりに複雑である。その被服とは、ヘレロ社会の冠婚葬祭や伝統的な式典に参加する際に男性が着用する植民地時代の軍服風の装い、そして催事に限らず女性が日常的にも着用するロングドレスである。これらの装いが、20世紀初頭のドイツ植民地軍による殲滅作戦を生き延びた人々によって、ジェノサイド後に共同体を再建しようとする営みのなかで生まれた点は歴史的にも興味深い。

それと同時に本書の特徴は、こうしたヘレロの装いを、歴史的経験と集団性を表す道具としてのみ捉えるのではなく、人々がファッションを楽しむ日常的感覚を端的に映し出す現代的側面を捉えていることだろう。ロングドレスと合わせて被るオシカイバと呼ばれるヘッドドレスには、元々の生業であった牛の牧畜から生まれた美意識が反映され、時代ごとに徐々に変形し、調査時には見事な牛の角を模した形となっていた。人々の美意識が集約されたロングドレスのファッションショーは、調査時点ではナミビア国内のみならず、ナミビアの貿易産業省がドイツで開催したトレードフェアでも行われたという。巻末にある年表と合わせてみると、ロングドレスの着こなしの美しさを追求する盛り上がりが、2001年以降にヘレロの「最高首長」らがドイツ政府に対して訴訟を起こして国際的に注目され、2016年にドイツ政府がヘレロに対するジェノサイドを謝罪する方針を発表するに至る出来事と重なる。

植民地支配をめぐる関係は現代も構築され続けている。2021年にはフランス、オランダ、ドイツの各国政府が文化財の返還に向けて具体的に動いた。今後、こうした歴史的な契機は、ロングドレスを纏う人々の意識にどのように働きかけるだろうか。本書は、植民地経験という過去と現代の新たな展開に興味を抱かせる一冊である。

網中 昭世(あみなか・あきよ/アジア経済研究所)

 
© 2022 日本貿易振興機構アジア経済研究所
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