2022 年 60 巻 p. 26
本書は全7巻からなる「グローバル関係学」シリーズのひとつとして公刊された。世界各地の紛争を経験した/経験している国家を取り上げ、編者の2人をはじめ長らく中東、アフリカ、アジア、ヨーロッパ諸国をフィールドとしてきた研究者が論を展開している。既存の主体のあいだで交錯するさまざまな「関係性」を分析しようとするシリーズ全体の視座を受けて、本書で共通の作業として措定されたのは、①エリートと、非エリートである一般の人々との関係性に注目し、一般の人々の意識を析出する試みとして世論調査の手法も採用すること、②一般の人々の認識、国家観の多様性に迫ること、である(序章)。
紛争経験国を対象とした研究に携わったものであれば、自分の研究がともすれば国家や政党、軍、民兵などの既存の主体を描くことを中心にしがちであることには自覚的であろうし、そこに「一般の人々」の声を描き込むことの難しさは誰もが思いあたることであろう。本書の各論は、そうした大きな乖離を世論調査や社会調査で埋めようとする重要な試みの成果でもある。
「崩壊国家」論のような「理念系としての国家」を措定した議論の限界を示し、「経験的な国家」という視座の重要性を示した末近と遠藤による序章に続き、3つの章がアフリカを取り上げている。独自の世論調査を通じて、既存研究で重視されてきた地域主義やいわゆる「東西対立」が実は国民の政治意識にほとんど反映されていないことを発見した第3章「紛争下のリビアにおける国家観」(小林周)。ソマリアのプントランドにおいて、地域的に異なり、互いに競合する国家観が併存している様子とその政治的・歴史的背景を明示した第4章「ソマリアにおける国家観の錯綜」(遠藤貢)。エボラ出血熱の流行という危機に際して、パトロン・クライアント関係を通じた動員や物資の分配が一部で国家機能を成功裡に代替した様子を、現地での聞き取り調査を敢行することで浮かび上がらせた第9章「シエラレオネにおける国家を補完する人脈ネットワーク」(岡野英之)である。本書にはその他、シリア、イエメン、イラク、ボスニア、インドネシア、ミャンマーを取り上げた論考が並び、いずれも読み応えがある。「関係性」を捉えようとするこのシリーズ、残る6巻にもぜひ注目したい。
津田 みわ(つだ・みわ/アジア経済研究所)