2022 年 60 巻 p. 39
18世紀半ばから19世紀半ばに世界はイギリスでの産業革命を端緒に工業化の時代へと向かう大きな変容を経験した。従来から経済史の重要な研究対象であったこの時代は、グローバルヒストリーという新しい研究潮流のなかで、これまでよりも広い視野のもとで構想されるようになったと著者はいう。その広い視野に立って著者が展開したのが、この時代の世界経済において西アフリカが果たした役割を解明することをめざした本書である。本書によれば、奴隷貿易の禁止からアフリカ分割までの18世紀から19世紀にかけての時期に、西アフリカは旺盛な輸出地(とりわけアブラヤシ、アラビアゴム、落花生)であり、かつ輸入地(とくに綿布の需要が高い)であった。西アフリカの消費者はイギリス産よりも質が高いインド産綿布を盛んに購買し、それによって大西洋貿易にインドという生産地を連結させる役割を果たしたと著者は指摘する。この事実は、環大西洋圏で完結するものとして描かれがちであった大西洋貿易の捉え方に修正を迫ると同時に、西アフリカが世界経済の展開過程において果たした独自のエージェンシーのありようを指し示していると本書は論じる。
本書は、アフリカが長い低開発の時代を経て2000年代に入って急速に経済成長を開始している現実をふまえ、その変転をうまく説明できるような長期の分析枠組みを構築するべきではないかとの問題意識にも支えられたものでもある。本書が対象とした時期は奴隷貿易のあとに続く時期であるが、奴隷貿易時代に関する研究蓄積に比べて、この時期に関する本格的な研究はこれまであまりなされてこなかったという。奴隷貿易後の時代を正確に理解することにより、その後の負の遺産という観点から重視されがちな奴隷貿易時代だけではない歴史的背景がアフリカ経済にはあるのではないかというのが本書が読者に注意を促す点である。国際的な相互依存やグローバリゼーションといったキーワードを手がかりとして、世界のなかのアフリカの位置づけを改めて検討する研究視点は今日不可欠なものとなっているが、このような世界全体との関わりのなかで捉える視点が長期の時間軸で歴史を振り返る際にも必要であることを本書は改めて教えてくれる。
佐藤 章(さとう・あきら/アジア経済研究所)