アフリカレポート
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資料紹介
Leslie J. Bank, Dorrit Posel and Francis Wilson, eds. Migrant Labour after Apartheid: The Inside Story. Cape Town: HSRC Press 2020 xii+404 p.
佐藤 千鶴子
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2022 年 60 巻 p. 45

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本書は、アパルトヘイト後の南アフリカにおける移民労働の実態を考察した論文集である。副題は、本書の対象が国境を越えた移民労働ではなく、おもに東ケープ州の旧ホームランド(トランスカイ、シスカイ)から都市や鉱山への国内移動であることを示している。アパルトヘイト時代の南アフリカでは、アフリカ人の国内移住が制限されており、農村と都市および鉱山のあいだで還流型の移民労働制度が発展した。就労地での家族形成や生活基盤の構築を阻まれていた移民労働者は、仕送りによって農村に残る家族を支え、退職後の生活を保障しようとした。アパルトヘイト末期に移住制限が撤廃され、アパルトヘイト後の政府や鉱山会社が都市および鉱山周辺での住宅供給に力を入れるなかで、国内の移民労働にはどのような変化がみられるのか。これが本書に収められた19の章に共通する問いである。

国内移動に関する研究は、1980年代まで盛んに行われていたものの、1990年代以降、下火となっていた。都市への移住制限が撤廃され、鉱山会社が世帯用宿舎を導入したことで、都市や鉱山周辺へのアフリカ人の定住と家族形成が進み、農村との結びつきは弱まると考えられたからである。しかしながら、2012年8月に起こったマリカナ鉱山の悲劇により、この思い込みの誤りが露呈した。賃金上昇を求めてストライキをした鉱山労働者の多くが東ケープ州出身の移民労働者で、彼らは鉱山近辺の掘っ立て小屋地区に住む家族と旧トランスカイ農村に暮らす家族の両方を経済的に支えていた。借金を抱える労働者も多く、賃上げはストライキ参加者にとって切実な要求だった。マリカナ事件は本書が編まれたきっかけともなっており、4つの章が北西州のプラチナ鉱山地帯に焦点を当てた考察をしている。

就労地と出身村の両方にまたがった生活をしているのは鉱山労働者ばかりではない。本書は、都市における雇用と住居の不確実性を背景に、移民労働者の多くが「2カ所に根を張っている(double-rootedness)」とし、アパルトヘイト時代からの継続性を強調する。他方で、東ケープ州の旧ホームランド農村に目を移すと、移民労働者による仕送りの使い道が家畜の購入から住宅建設や家財購入へと変化していたり、住宅の建設が女性移民労働者のイニシアティブで進められていたりなど、昔とは異なる新たな動きがみられるという。アフリカ人のあいだでの婚姻率の低下を背景にキョウダイ間の結束が強まり、都市にいるキョウダイが資金を出し合って農村の実家の改築や新築を行っているという話はとくに興味深かった。旧ホームランド農村で起きている変化を知るうえでも有益な一冊である。

佐藤 千鶴子(さとう・ちづこ/アジア経済研究所)

 
© 2022 日本貿易振興機構アジア経済研究所
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