アフリカレポート
Online ISSN : 2188-3238
Print ISSN : 0911-5552
ISSN-L : 0911-5552
論考
ケニアにおける司法化する選挙と2022年大統領選挙の行方――司法化の進捗は選挙暴力を防ぐのか?――
藤井 広重
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2022 年 60 巻 p. 7-18

詳細
要約

2013年と2017年のケニアでの総選挙は比較的平和裏に実施され、暴力的な争いは限定的であった。他方で、ケニアでは選挙をめぐる裁判が増加し、権力に対する司法という公式なルールが果たす役割が高まる司法化の進捗がみられた。近年、アフリカではケニアのほかにも、マラウイ、ザンビア、ナイジェリアなどで、大統領選挙に関連した裁判が提起され、権力に対する公式なルールが果たす役割は高まっている。上記のいずれの国でも大規模な暴力には至っておらず、アフリカ域内の選挙をめぐる司法化は、平和な選挙の実施における重要な要素かもしれない。そこで本稿は、ケニアの選挙をめぐる司法化が、次回2022年に予定されている大統領選挙にどのような影響を与えているのか、裁判所での議論を手がかりに考察した。そして、ケニアでは制度改革を契機とした司法化が進捗する一方で、法に基づく公式な制度が、法に基づかない非公式な制度に補完されている現況を本稿での考察によって明らかにした。このため、必ずしも裁判にて紛争そのものが解決されるとは言い切れず、政治エリートの個人的な取引が引き金となって、2022年大統領選挙をめぐる緊張がさらに高まる可能性は否定できないことを指摘した。

 はじめに

ケニアは、1991年12月の複数政党制導入以降、選挙の実施に際し度重なる暴力を経験してきた。1992年と1997年の総選挙では、民族間の対立により少なくとも3000人が命を失い、30万人が避難民となった[Cheeseman 2008, 170]。現大統領のウフル・ケニヤッタ(Uhuru Muigai Kenyatta:キクユ人1)が国際刑事裁判所(International Criminal Court: ICC)から起訴された2007年選挙後暴力では、少なくとも1113人が殺害され35万人以上が避難を強いられ、数えきれない性的暴力(少なくとも900人が病院で治療を受けた)と非人道的な行為の数々が報告されている[CIPEV 2008; KNCHR 2008]。

このような選挙をめぐる暴力は、ケニアだけではなくアフリカ各地において1990年代以降の複数政党制へ移行するタイミングで頻発した。移行段階での選挙実施が、選挙関連の暴力の多発現象につながり[Bekoe 2012]、「選挙の呪い」と呼ばれるようになる[Motsamai 2010]。近年発表された研究によると、1990年から2015年のあいだに、アフリカの46カ国において、複数候補者による大統領選挙が184回、複数政党による選挙が207回にわたって実施され、そのうち約25%が暴力的であったと評される[Bleck and Walle 2018, 30]。先行研究は、これら選挙に関連して発生する暴力について、選挙前の暴力と、選挙後の暴力が異なる目的を持って実施されてきたと整理し[Angerbrandt 2018; Straus and Taylor 2012]、たとえば選挙後の暴力は、公開された選挙結果と結びついて発生しており[Straus and Taylor 2012]、有権者を罰するために政治エリートによって扇動される可能性が高い[Garnett and Zavadskaya 2018; Birch, Daxecker and Höglund 2020]とされている。いずれにせよ、選挙暴力に関与する政府と野党のエリートには、それぞれに暴力を扇動したり容認したりする動機が異なるため[Smidt 2016]、選挙期間中はさまざまな要因によって暴力が発生しやすい社会環境が存在している。とりわけ、民族に基づく投票行動が顕著なケニアの選挙は、これまでも民族やコミュニティ間の対立を二極化させ、これが大規模な暴力へと発展してきた。

しかし、2013年と2017年のケニアでの総選挙は、以前と比べれば平和裏に実施され、暴力的な争いは限定的であった。その代わりに増加した争いが、選挙をめぐる裁判所での訴訟である。次節にて詳述するが、裁判所は2007年総選挙時に紛争解決の手段として機能しなかったが、2013年に約200件が、2017年に約400件が総選挙に関連した紛争として申し立てられた2。これは、2007年以降の司法改革によって選挙をめぐる紛争が司法の場に移行し、司法化が進捗したことが要因としてあげられる。司法化とは、以前は非公式または非司法的な方法で交渉されていた事項が、現在では法的な規則と手続きによって支配されるようになった状態のことであり[Sieder, Schjolden and Angell 2005, 5]、純粋な政治の問題、すなわち選挙のプロセスと結果、修復的司法、政権の正当性、行政の特権、集団的アイデンティティ、国家建設の問題を包含するまでに司法の役割が拡大した状態を指している[Hirschl 2011]。さらに近年は、アフリカ諸国の国際法廷への参加を司法化と捉える研究[Brett and Gissel 2018]やアフリカ連合での司法化の現象についての検証が行われ[藤井 2019; 2021]、アフリカで進捗する司法化は、現代のアフリカ政治を紐解くひとつの鍵といっても過言ではない。ケニアのほかにも、マラウイ、ザンビア、ナイジェリアなどで、大統領選挙に関連した裁判が提起され、アフリカにおいて権力に対する公式なルールの役割は高まっている[Akinkugbe and Gathii 2020]。そして、これらの国では大規模な選挙暴力は発生せず、アフリカの選挙をめぐる司法化は、平和な選挙に資する現象とも言えそうである。

そこで本稿は、ケニアで進捗してきた選挙をめぐる司法化が、次回2022年に予定されている大統領選挙にどのような影響を与えているのか、2013年と2017年大統領選挙をめぐり最高裁に提起された議論を手がかりに考察することを目的とする。まずは2010年憲法改正を契機に進捗した司法改革の一端を明らかにし、2013年総選挙と2017年総選挙におけるそれぞれの司法化の現象を捉える作業を行う。そして、執筆時2021年9月末までの情報を基に2022年大統領選挙の動向を整理し、その行方を考察する。

1. 2010年憲法改正と司法改革

ケニアでは、1991年12月に複数政党制とともに大統領の任期制限が導入された。以降、大統領は5年2期までの任期となり、1992年以降は、ほぼ5年ごとに大統領選挙を含む総選挙が実施されてきた。大規模な暴力が発生した2007年12月27日の大統領選挙では、対立候補であったオディンガ(Raila Odinga:ルオ人)はルト(William Ruto:カレンジン人)と選挙連合を組み、ルオ人だけではなくカレンジン人からも支持を集め、世論調査では選挙期間をとおして現職候補のキバキ(Mwai Kibaki:キクユ人)に対し安定したリードを維持していた。だが、ケニア選挙管理委員会(Electoral Commission of Kenya: ECK)は大統領選挙でのキバキの勝利を同30日に宣言した。これにオディンガが異議を唱え、両者を支持する民族間での暴力が発生した。注目すべきは、オディンガの選挙結果への異議に対し、ケニアの司法長官が裁判所で解決するように促したが、これにオディンガ陣営が強く反発したことである[Mueller 2008, 195]。その理由は、ケニアの司法が重要な問題について公平というより党派的なものであり、政府に縛られているとみなされていたからである。当時は、多くの市民も党派的なケニアの司法は紛争解決の場としての正当性を失っていると認識していた[Mutula, Muna and Koma 2013]。

しかし、2010年8月に国民投票が実施され、大統領権限の大幅な縮小、地方への権限委譲、大統領選挙に係る申し立てを審理する権限を持った最高裁の導入などが盛り込まれた新憲法が成立したことで、抜本的な司法改革に着手されることになった3。2010年憲法は、1964年独立時に制定された憲法以来の初めての包括的な改正となり、機能的な三権分立と説明責任が重視され[Kivuva 2011, 11]、アフリカで最も進歩的な憲法のひとつと評される[Akech 2010; Glinz 2011]。このような新憲法が成立した背景には、2010年3月にICCがケニアへの司法介入を開始しており、これを阻止するためには4、司法制度を再構築することでケニアの司法が機能していることを示す必要があり[Fujii 2015; Olugbuo 2017]、また、次の2013年総選挙においても2007年選挙後暴力と同様の事態に陥るのではないかといった恐怖が市民のあいだで蔓延していたため[Nichols 2015, 198]、政治家にとって、国内の制度改革を進めているとアピールすることが、効果的な政治運動になっていた。さらに、国際的に仲介された和平プロセスとの連携によって、憲法改正プロセスが党派的な政治から隔離されたことが要因としてあげられる[Gathii 2016]。

2010年憲法の成立は、国外からの支援も増加させた。とくに司法の領域には、2010年憲法制定を受け世界銀行や開発パートナーが、司法パフォーマンスを向上させるためのプロジェクト(Judicial Performance Improvement Project: JPIP)の支援を開始した。JPIPはすでに国内で取り組まれていた司法変革枠組み(Judiciary Transformation Framework)の一環として導入された[Republic of Kenya 2012]。JPIPは、2012年11月15日から2018年12月31日の期間にわたって実施され、総額約1億2000万米ドルにもおよんだ。このJPIPが目的として掲げたのは、司法パフォーマンスを向上させ、透明性が高く、効果的で、説明責任のある方法でケニア国民に司法サービスを提供することであった。加えて、JPIPは法務官の採用や評価、裁判記録の管理システムおよび司法関連施設の改修・新設まで司法に関連するほぼすべての領域に対して改革に取り組んだ。

ケニアの司法は2010年憲法制定を契機に、国際的な支援を受けることに成功し、ソフトとハードの両面から改革が推進され画期的な発展を遂げたと評価された[World Bank 2012]。ケニアの司法当局も、国際的な支援を受けた司法の発展は、2010年憲法制定によって想定されたケニア社会の変革の一部と認識している[Republic of Kenya 2012, 2]。2007年以降に取り組まれた司法制度の改革は、主要な制度に対する国民の信頼を高め、政治がゼロサムゲームであるとの認識を減らしたのである[Lynch 2018, 35]。

このように、ケニアでは2007年選挙後暴力以降に、政治家の利益と市民の不安が絡み合ったさまざまな要因によって憲法改正が推進され、これを契機に、国外からの支援を得て紛争解決の場として正当性を失っていた司法制度は再構築されたのである。

2. 2013年と2017年の大統領選挙をめぐる司法化

(1) 2013年大統領選挙

2013年ケニア大統領選挙は、2010年に施行された新憲法下での初めての総選挙となり、改革された司法をはじめとした文字どおり新しいケニアの統治機構に対する試金石であった。新たな選挙を取り仕切るため、独立選挙管理・選挙区画定委員会(Independent Electoral and Boundaries Committee: IEBC)が2011年7月に設置され活動を開始した。だが、投票時には、有権者の電子的な識別や結果の送信に関しては新技術が機能せず、有権者名簿から一部の有権者の漏れが発覚し、さらにIEBCが全国集計センターで結果を集計する際のやり方に対しても不満が出た[Barkan 2013]。数々の問題があったにもかかわらず、IEBCは、ケニヤッタが617万3433票を獲得し、オディンガの534万546票を上回ったことを発表した。その結果、オディンガの得票率は43.28%であったのに対し、ケニヤッタは、2010年憲法で新たに導入された「50%+1票」の基準5である50.07%の得票率を得て、ケニヤッタが大統領に、選挙連合を組んだルトが副大統領に就任することが決まった。このとき、オディンガは、同選挙で不正があったと主張し、ケニアの最高裁に訴えた。だが、本訴えに対し、最高裁はIEBCによって公表された選挙結果を支持する判決を下した6

国際的な選挙監視団も、選挙運動がほぼ平和的に行われ、IEBCが全体的に選挙前の準備を透明かつ効果的な方法で管理したと評した[The Commonwealth 2013]。同じく選挙監視のため現地で活動したカーター・センターは、IEBCの技術管理と最終的な選挙結果の集計に重大な欠陥があったかもしれないが、紙ベースの集計や集計手順は、ケニアの有権者の意思表示を維持するのに十分な保証を提供していたと結論づけた[The Carter Center 2013]。最終的にオディンガは、最高裁判決を受け入れ、ケニヤッタの大統領就任を認めたために、支持者間の大きな衝突は発生しなかった[Harrington and Manji 2015]。

たしかに2007年選挙後暴力の惨劇を振り返ると、2013年総選挙は平和裏に実施され、ケニアの平和と民主主義の確立に向けた大きな一歩であったが、その一方で選挙結果に対する批判的な意見は抑圧された。最高裁の判決に関しては、東アフリカの法律家グループより、選挙結果を支持する根拠が示されていないとして批判の声があがった[Sanga 2013]。最高裁は、大統領選挙における次期大統領の勝利に異議を唱える申立人は、「合理的な疑いを超えた(beyond reasonable doubt)」証拠を提出しなければならないとしたが、なぜこのような高度な要件が求められるのかについての根拠を明示していない[Maina 2013]。たとえ不正行為があったとしても、その証拠は当選した次期大統領とそれを公表したIEBCが握っているため、申立人が提示できる証拠には限界があり、この要件下で訴えが認められるとは考えづらい。つまり、本判決は、平和を確保するという結論が、憲法が要請する選挙の公平性よりも先に存在していたことを示唆していた[Harrington and Manji 2015]。

加えて、現地の多くのアナリストやケニア国民の大部分は、2013年総選挙における不正や採用された投票技術に重大な問題があったため、同選挙が真に自由で公正なものであったとは信じていない[Cheeseman, Lynch and Willis 2014; Elder, Stigant and Claes 2014]。しかし、そのような疑義があったにもかわらず、2013年総選挙の結果は是としてケニアの社会に広く受け入れられた。多くの人が平和を確保するために公正な選挙結果を犠牲にしようとし[Long et al. 2013]、最高裁も法ではなく、過去を忘れて前を向く社会の雰囲気に従ったように映った。

(2) 2017年大統領選挙

2013年大統領選挙における司法の役割は極めて結論ありきの議論が展開されたように窺えるが、大きな混乱には発展しなかった。他方、司法改革が進むにつれて、2017年総選挙に関する裁判所への申立は、2013年時より増加した。選挙前の段階で争われたのは、有権者登録、IEBCによる投票材料の調達7、選挙の集計に係る技術の採用などをめぐってであり、与野党が双方に訴えを提起した。ここでの問題は、政治家たちが司法に訴えたことではなく、自ら裁判所を利用しながら、不利な判決が下された時に、躊躇なく裁判所を攻撃したことである。政治家たちは、法に判断を委ねるというよりも、法を自身の政治活動に結びつけるために、裁判所の判断を利用しようとしていた。このような政治家たちの姿勢によって、司法が選挙に向けた判断を重ねれば重ねるほど、選挙プロセスはより政治的なものへとなった[Kanyinga and Odote 2019, 241]。そして、2017年総選挙は実施され8、最高裁は2017年大統領選挙結果の無効を判断した9。司法判断によって大統領選挙が再選挙となったのは、アフリカ史上初のことであった。

まず、2017年大統領選挙をめぐっては、8月11日に、IEBCからケニヤッタの再選が発表された。だが、野党は同16日に同選挙の不正を最高裁に訴えた。これを受け、最高裁は、4対2の賛成多数で9月1日にケニヤッタの当選を無効とする判決を下し、再選挙を命じた10。多数意見は、IEBCが憲法と法律に合致した方法で大統領選挙を実施することを怠り、結果の伝達に違法性があるとして、大統領選挙全体に影響を与えたとの見解を示した。これに対し、少数意見は、不正行為が有権者の意思に影響を与えたことを証明していないと指摘した。この両者の見解が異なったことの核心は、選挙を無効にすべきかどうかという点であり、多数意見は、選挙プロセスは最終結果と同等に重要であり、法律を遵守していないことは選挙を無効にするのに十分な根拠とした。他方、少数意見は、結果が国民の意思を反映していない場合にのみ無効化できると主張し、とくにオジュワン(Jackton Ojwang)判事は、「裁判官は市民自身や国家の政治機関に委ねられた一般的な政策や政治の日常的な運動に注意を集中させるべきではない」と指摘した。つまり、裁判所が「どこまで」政治的な問題に関与するべきかという議論であり、選挙に関する紛争を解決するための裁判所の利用は、裁判所と政治家とのあいだに対立を生み、司法の独立性が侵食されるおそれもあった[Hirschl 2008]。

最高裁判決を受け、10月26日に再選挙が実施されることになった。だが、オディンガは、再選挙前にIEBCの再編成を主張したが聞き届けられず、これを理由にボイコットした。再選挙では、ケニヤッタが98.3%の得票率で当選したが、投票率はわずか39%であった。ボイコットしたオディンガは、2018年1月に「人民の大統領」への就任を一方的に表明した。国内の緊張は高まり、暴力の拡大が懸念される事態となった。

3. BBIをめぐる対立と裁判所の判断:2022年大統領選挙への影響

2017年大統領選挙後の政治的な行き詰まりを解消したのは、ケニヤッタとオディンガとのあいだで交わされた個人的な取引(a personal deal)であった[Cheeseman et al. 2019, 217]。2018年3月9日、ケニヤッタとオディンガは、政治的な違いを脇に置いてともに活動することを公言し、「架け橋イニシアティブ(Building Bridges Initiative: BBI)」に取り掛かった。このBBIのおもな目的は、ケニア人のための統一国家を作るにあたって重要な9つの問題分野を徹底的に調査することであり、現職の官僚や政治家で構成された14人のメンバーがBBIタスクフォースに任命された11。タスクフォースは、2020年10月にBBI報告書の最終版を公開した。BBI報告書は、憲法など国の制度の大規模な改革や、大統領と首相が権力を分有する新たな統治システムの導入など、多岐にわたる提言を行った。そして、これらの提言を実現するために2020年憲法改正案が発表された。2021年5月にケニアの議会は2020年憲法改正案を承認し、国民投票が行われることになった12

BBIの取り組みは、与党(ジュビリー党)内での亀裂を深めた。ケニヤッタが憲法改正によって権限が拡大する首相に就任するのではないかとの憶測があるなか[Obonyo 2019]、次期大統領の有力候補であるオディンガとともにBBIを進めようとしたことによって、ケニヤッタ政権下で副大統領を務め後継者と目されてきたルトとのあいだに溝があることが決定的となった13。ルトを支持する政治家たちは、オディンガが政治的利益のために与党であるジュビリー党を「ハイジャック」していると非難し、他方でBBIを支持する政治家たちは、ケニア人を団結させようとするケニヤッタのイニシアティブをルトと支持者たちが阻害していると非難した[Onguny 2020, 558-559]。このことは、2022年総選挙に向けて、BBIを契機に与野党が再編されたことを意味した。オディンガを大統領に据え、憲法改正によって権限が拡大する首相への就任をめざすとされるケニヤッタの連合14と、これに対するルトという構図が出来上がったのである。

ここで留意しておきたいことに、BBI報告書は、民族対立への取り組みなど重要な政策を提示しているが、ケニヤッタは、2007年選挙後暴力を契機に設置された真実・正義・和解委員会(Truth, Justice and Reconciliation Commission: TJRC)による報告書の勧告をいまだ実施していない。BBI同様に、TJRC報告書も政治家による持続的な権力乱用と、政府と政治エリートによる一貫した暴力などのケニアが抱えている諸問題について包括的に明らかにし、2013年5月にケニヤッタに手渡された。TJRC法第49条と第50条は、政府に対しTJRC報告書提出後に速やかに議会で審議し、勧告された事項について実施するように求めているが、今日までTJRC報告書で示された勧告にまったく取り組まず、過去に発生した暴力と向き合ってこなかった15。このことは、ケニヤッタがBBIを選挙戦略の一環として利用していることを示唆する。BBI反対派からは、2020年憲法改正案が成立すれば司法の独立や政府への反対活動が制限され、ケニヤッタが2022年に大統領から退陣した後も、首相として政府内で影響力を行使する可能性があることへの懸念が示されてきた。

しかし、これまでに実施されてきたケニアの大統領選挙は、現職の大統領とその後継者が有利であった。このため2022年大統領選挙でもケニヤッタとオディンガの連合が勝利する可能性は高いと考えられてきた。だが、BBIをめぐって、複数の市民社会組織は、国、議会およびIEBCを裁判所に提訴し、国民投票の阻止を試みた16。そして、ケニアの裁判所は、両者をつなげてきたBBIと2020年憲法改正案を2021年5月13日(高等裁判所)と8月20日(控訴審)に違憲であると判断した。これは、BBIの議論をとおして権力の再編を進め、オディンガの大統領就任とケニヤッタの首相就任を画策してきた政治家たちにとって大きな衝撃となった。

まず、5月に高等裁判所が出した判決は、「大統領は(2010年の)憲法の下では、憲法の変更を開始する権限を持たず、憲法改正は、憲法第256条に基づく議会の発議、または憲法第257条に基づく民衆の発議によってのみ開始できる」ことを確認した。つまり、憲法改正は大統領ではなく一般市民から提起されなければならず、これゆえに、BBIタスクフォースは「違憲かつ非合法な団体」であり、憲法改正のための行動を開始する法的能力を持たないと判断された。これは2020年憲法改正案に至ったBBIのプロセス全体が違憲ということを意味した。

控訴審でも、高等裁判所の判決が全面的に支持され政府の控訴は棄却された17。パトリック・キアゲ(Patrick Kiage)控訴審判事は、「説明責任のない大統領の時代はとっくに終わっている」と述べ、BBIをとおしてケニヤッタが主導したような、議会が行政と共謀して断片的かつ利己的に憲法を改正することが禁止されていることに言及した。本控訴審判決によって、たとえ最高裁に持ち込まれBBIが合法と判断されようとも、2022年総選挙までに憲法改正のための国民投票を実施することは日程的に不可能となった。ケニヤッタとオディンガは計画の中断を余儀なくされ、ルトの支持者は判決を歓迎した[Mbaka 2021]。

ケニヤッタが権限の強化された首相への就任をめざしていたとしたら、裁判所の判決によってその思惑は外れたことになる。したがって、新たな「個人的な取引」がオディンガとケニヤッタの連合を解体する可能性も、別の連合を生み出す可能性も出てきた。2017年大統領選挙に対する司法判断のように、BBIをめぐる裁判所の判決は、違法な試みを止めた。だが、次期大統領選挙を翌年に控え収まりかけていた政治家たちの政界での立ち位置を揺さぶる新たな火種を作ったことで、ケニヤッタ、オディンガ、ルトたちは、より激しく民族に基づく選挙戦を展開している[Menya, Owino and K’onyango 2021]。権力の分配を伴うケニアの民族政治は、選挙時に暴力を伴う危険性を高めていると指摘されてきたように[Kagwanja and Southall 2009; Shilaho 2018]、民族性が積極的に選挙にて利用、強調される現状からは2022年大統領選挙を楽観視できない。チーズマンも指摘するように、2017年大統領選後の危機的状況から脱することができたのは、おそらく2010年憲法によるものではなく、独立以来、エリートたちが権力を管理し、ある程度共有することで確立されてきた一連の非公式な制度にもとづき、ケニヤッタとオディンガとのあいだで個人的な取引が結ばれたことによる[Cheeseman et al. 2019, 223]。つまり、司法化の現象は進捗しながらも、現時点でのケニアの政治的安定と民主化は、公式な制度と非公式な制度の相互作用に依存しているのであり[Cheeseman 2018]、司法化の進捗はあくまでも選挙暴力を抑制する一要素にすぎないことを示している。

おわりに

司法化の進捗は、ケニア政府にとって諸刃の剣のようである。政治家たちは、自身の権威を生み出したり、維持したりするために司法を利用する一方で、市民社会のアクターたちも、政府の権威を弱めたり、権利文化を発展させるために利用する。これは逆説的でもあるが、裁判所での紛争解決がつねに社会的な安定に資するわけではないことを示唆している。司法判断の増加にともない、ケニアの与野党は裁判所の決定に影響を与えようと競い、また、裁判所は政党の選挙政策を審査することによって、政治的な中心性を獲得し、「司法の政治化」が進んだとも指摘される[Kanyinga and Odote 2019, 236]。確認したように、2017年大統領選挙を取り消した最高裁の判決は、法に従い再選挙を命じたが、これに応じなかったオディンガは自らを大統領と宣言し、ケニアは再び選挙暴力の脅威に直面した。政治家が選挙で勝つことのみに関心を持ち、自分たちの利益のために裁判所を利用するという政治文化が残っている場合には、裁判所の判決が、選挙暴力の引き金になり得る危険性をはらんでいる。法に基づく公式な制度が法に基づかない非公式な制度に補完されているケニアの現況は、制度改革を契機とした司法化が進捗していても、必ずしも裁判にて紛争そのものが解決されるとは言い切れない。民族的基盤を動員しながら選挙に勝つための個人的な取引が続くかぎり、民族間の緊張は選挙に向けて高まることになる。2022年総選挙にて選挙暴力が引き起こされる可能性は、現時点で決して低くはないのである。

本稿は、2010年の憲法改正、2013年および2017年大統領選挙に焦点を絞って議論してきたため、選挙暴力と司法化をめぐる領域を十分に網羅できておらず、さらなる検証が必要である18。ただし、少なくとも本稿は、ケニアの司法化が政治に与えている影響の一端を確認できたことで、司法化によって誘発される非公式な制度による取り決めの実態を捉えることの重要性を提示できた。2020年憲法改正案への違憲判決を受けて、「個人的な取引」は水面下で激しさを増していると考えられる。政治のゼロサムゲームのような総取りの社会からの是正をめざし、2007年選挙後暴力を経験したケニアの社会は2010年憲法をはじめとする改革に取り組んできた。改めて、その真価が問われている。今後も、2022年のケニア大統領選挙をめぐる新たな政治動学を注視しデータを集めることで、司法化の現象と選挙暴力とのさらなる実証研究を積み重ねる。

謝辞

本研究は、令和3年度宇都宮大学男女共同参画推進室による研究補助員(福原玲於茄、横山友輝)配置制度から支援を賜りました。また、2020年度稲盛研究助成[研究課題:アフリカにおける国際的な司法介入後の“レガシー”をめぐる実証研究]およびJSPS科研費[基盤研究(C) 21K01343:代表 藤井広重]の助成を受けた研究成果の一部です。

本文の注
1  ケニアの民族政治は、植民地時代の制約のもとで成熟したと指摘されているように[Mueller 2020]、独立以降のケニア政治は、エリートたちの民族性に影響を受けている。とりわけ、2002年の大統領選挙以降は、投票行動においても民族性がより重要な要素となっていることが指摘されており[津田 2009]、本稿の目的にかんがみて主要な政治家については民族名を記す。もっとも民族性のみが投票行動を決定する唯一の要因ではなく、政府のパフォーマンスも重要であり、民族性がどの程度政府のパフォーマンスを評価するときに作用するのかという視点からも研究が取り組まれている[Long and Gibson 2015]。

2  “Elections.” The National Council for Law Reporting(2021年9月27日アクセス).

3  2010年憲法改正についての詳細は、津田[2012]とKramon and Posner[2011]を参照。

4  ICCは、対象国に重大な人権侵害事案を訴追する「意思(willingness)」と「能力(ability)」がなければ司法介入を行う補完性の原則を掲げているため、同国の司法がICCの問題とする事案に対し機能していれば、司法介入を行わない。

5  モイ(Daniel Arap Moi)は、1992年と1997年の大統領選挙にて総投票数の半分以下である37%と40%の得票率で勝利した。このような事態を回避するために同基準が規定され、民族的な結びつきをこえた全国的な支持が、当選のためには重要になった。

6  Raila Amolo Odinga and Others v Independent Electoral and Boundaries Commission and Others, Petition No.5 of 2013.

7  野党は、IEBCが投票用紙の印刷を大統領の家族との関係が伝えられているドバイの印刷会社Al Ghurair Printingに一本化し、入札への一般参加を促進しなかったことで、法律に従わなかったと主張したが、控訴審にて時間的猶予がIEBCにはなかったとして野党からの主張は認められなかった[Asaka 2017]。

8  2017年総選挙に関する詳細は、津田[2018]。

9  Raila Amolo Odinga and Another v Independent Electoral and Boundaries Commission and Others, Presidential Petition No. 1 of 2017.

10  最高裁は、プロセスに問題はなかったが、IEBCが投票結果を送信する際に「不正および違法」な行為が認められると判断した。なお、IEBCで電子投票システムの責任者を務めていたクリス・ムサンド(Chris Msando)が選挙の直前に拷問され殺害される事件が起こり、選挙情報のセキュリティに対する不安は拡大した。同氏の死は、選挙におけるテクノロジーの活用をめぐる論争に拍車をかけ、最終的には2017年の選挙の信頼性を損なう原因となったと指摘されている[Odote and Kanyinga 2021, 567]。

11  「統一されたケニア(a united Kenya)」を脅かす9つの問題とは、①国民的エートスの欠如、②市民としての責任と権利、③民族間の対立と競争、④分裂的な選挙、⑤包括性、⑥繁栄の共有、⑦汚職、⑧分権、⑨安全と安心である[BBI 2019, 8]。

12  憲法改正には、議会とケニアの47カウンティ(県に相当)による単純過半数によって承認された後に、国民投票を実施することが必要である(2010年憲法第255条-257条)。

13  なお、副大統領の地位は憲法上保証されているため、大統領と不仲になったとしても自由に解雇されることはなかった。

14  また、第2代大統領モイの息子であるギデオン・モイ(Gideon Moi)もBBIを強く支持し、オディンガ、ケニヤッタの両氏との関係を深めている。

15  国際委員としてTJRCに携わったスライ[Slye 2020]は、TJRCからの勧告を実施に移す義務があることをケニア政府とも事前に確認していたが、それが今日まで果たされていないと批判している。

16  David Ndii & others v Attorney General & others, Petition No. E282 of 2020.

17  Independent Electoral and Boundaries Commission & 4 others v David Ndii & 82 others; Kenya Human Rights Commission & 4 others (Amicus Curiae), Civil Appeal No. E291 of 2021.

18  たとえば、2007年選挙後にガーナの地方平和委員会をモデルとして各地域に設置された平和委員会やムンギキに代表される民兵とも呼ばれるケニア青年層が構成する自警団の存在など、選挙暴力を緩和させたり、拡大させたりする要因はほかにも存在している。

参考文献
 
© 2022 日本貿易振興機構アジア経済研究所
feedback
Top