2024 年 62 巻 p. 42
漁業というと通常は海で行う漁業(海面漁業)を思い浮かべるが、アフリカの場合は大陸内に大きな湖や川も多く、とりわけ大湖沼地域の国々では河川・湖沼などで行われる淡水漁業(内水面漁業)が盛んである。本書は、そうしたアフリカの内水面漁業について、長期かつ複数回にわたる現地調査を実施し、そこから得られたさまざまなデータを基に分析・考察した研究書である。著者は、最後にいくつかの調査が実現すればこれまでの研究成果の集大成を示す方針を明らかにしていたが、そのために必要な現地調査を行っていたチルワ湖(マラウイ)でボート転覆事故にあい、2022年8月に急逝された。本書は著者の遺志を継いで所属先大学が編集委員会を作り、これまで発表された論文を取りまとめて出版したものである。
本書は4部に分けられており、①バングウェウル・スワンプ(ザンビア)の湿原漁業(第1~3章)、②シレ川(マラウイ)、タンガニイカ湖(コンゴ民主共和国)の内水面漁業(第4~6章)、③チルワ湖の内水面漁業(第7~9章)、④ネパールの山岳観光(第10章)が扱われている。ネパールについては1章のみであるが、著者がアフリカと同様に研究対象として関心を寄せ、また著者の基本的な研究目的(資源の持続的な利用に向けた諸問題を明らかにし、資源保全のための政策の基礎となる)につながることなどから、本書に所収されている。
本書の最大の貢献は、アフリカの内水面漁業の実態を先行研究、現地調査、文献調査などから立体的に描き出し、調査対象となった地域の住民を社会的に把握したうえで、その地域に特有の問題点を指摘していることである。そのために著者は現地において、漁法、使用する漁具、漁をする時間、漁獲量、漁民の民族、市場との取引形態など、多岐かつ細部にわたる聞き取り調査を実施している。なかでもバングウェウル・スワンプでは漁撈様式が民族集団ごとにパターン化され、時空間的にすみ分けながら資源を活用していることを明らかにした。そして著者は、こうした漁業は魚類の生態に則した漁法であり、水産資源の持続的利用にもつながる地域独自の伝統的な知恵、すなわち「在来知」(indigenous knowledge)であると指摘している。さらに在来知や地域の実状を十分理解しないまま策定された国際的な援助政策に対しては批判的な見解を示している。
著者の関心は漁ができない時期に漁民が従事する農業などにも拡がっており、深さと広さを兼ね備える追究心など、研究姿勢という点からも学ぶことの多い一冊である。著者の膨大な知識、幅広い視野、鋭い洞察力で構築されたであろう最終成果を読んでみたかった。
箭内 彰子(やない・あきこ/アジア経済研究所)