アフリカレポート
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資料紹介
有井 晴香 著 『それでも、彼女は学校へ――エチオピア村落の教育とジェンダー――』 東京 風響社 2025年 262 p.
児玉 由佳
著者情報
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2025 年 63 巻 p. 69

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本書は、2016年3月に提出された博士論文をもとに、大幅加筆・修正を行ったものである。調査対象は、エチオピア西南部に暮らす少数民族マーレの女性たちである。焦点を当てるのは、学齢期を超えてから就学した女性たちであり、彼女たちがなぜ改めて学び始めたのかを解明することで、女性の自律性を問い直すことを目指している。

本書は6章構成となっている。第1章で調査地の概要を説明したのち、第2章では教育環境とそれに伴う人々の意識の変化を取り上げている。そして第3章では、10代から20代の女性に焦点を当てて、彼女たちをとりまく社会や教育環境の変化を解説しつつ、就学と結婚をめぐって女性たちがどのような選択をしたのかを豊富な事例とともに紹介している。

後半の第4章から第6章までは、女性たちの具体的なライフストーリーを分析している。第4章では、9人のこどもを生んだ女性による語りを取り上げている。ここで対象とした語りは、母から娘への「言い置き」である。これは、娘の結婚式において親が伝えるメッセージのことをさし、母から娘に対して公に教示を行う数少ない機会となる。この女性は、自らは教育の機会はなかったが、娘たちには早い段階から学校に通わせていたことから、「男のような」娘を育ててきたことを誇るとともに、本来息子がするとされる彼女のケアを娘が担うことを期待していた。第5章では、第4章の女性の次女であり、教員となった女性の人生を、本人の語りとともに紹介している。この女性は、19歳でその学年唯一の女子生徒として小学校に入学し、結婚・出産後に夫に勧められて30歳で教員養成学校に行き、小学校教員となった。この経歴からは強い意志をもつ女性にみえるが、実際には親や夫の意向や承認を強く意識して自らの行動を選択している点が興味深い。第6章では、調査地で比較的多い既婚者の復学をとりあげ、その動機の解明を目指している。結婚や出産によって教育を断念する事例は発展途上国では多くみられるが、マーレの調査地の多くの女性がそれを乗り越えて復学を果たしている。彼女たちの学びへの意欲は、就学によって経済的貧困を打開しようというよりも、「知りたい」という内なる気持ちから生まれているようにみえる。著者は、それを「生きがいを見出す選択肢のひとつ」と位置づけている。

ひとびとの語りに耳を傾け、会話を恣意的に誘導せずに誠実に記録しているがゆえに、語りが疑問にストレートに答えていない場合もある。そこが若干もどかしいところではあるが、それも含めて、著者がマーレの女性たちと向かい合って、彼女たちの人生を知ろうとしている姿勢が伝わってくる。また、章の合間に挟まれる5つのコラムも、マーレの人々の暮らしが垣間見えて楽しい。写真やエピソードを通じて描かれる生活の細部の描写は、本書の魅力の一つとなっている。

児玉 由佳(こだま・ゆか/アジア経済研究所)

 
© 2025 日本貿易振興機構アジア経済研究所

本論文は、クリエイティブ・コモンズ表示 4.0 国際(CC BY 4.0)ライセンスのもとで提供されています。オリジナルの出典と著者を表示することを条件として、自由に配布、複製、利用することができます。
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