日本建築学会計画系論文集
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イスラムの住宅 : 神秘(スフィーズム)の解釈
あみに むさらむ さっか
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1994 年 59 巻 456 号 p. 255-264

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抄録

本稿は,「スフィーズム」の神秘性の解釈を通して,イスラムの住宅とイスラムの精神世界との関係を明らかにすることを目的とする。イスラムと日本の住宅との比較を,考察の方法として援用した。イスラムの住宅の基本構成は,中央の泉とそれを囲む中庭,そのまわりのポーティコあるいは開口部を持つ壁,その外側に配置された諸室,さらに最も外側の壁によって成立する。これは核となる中央の水が天上世界を写し出し,それを囲むオープンスペースが「無」あるいは「内面性」を表現しており,その外側を「存在」の領域に対応する「物質的」あるいは「外面的」な空間が囲んでいると理解できる。すなわち住宅は「実体」と「空間」,または「肉体」と「精神」という相対する二項から成るということができ,住人は神の啓示が顕われる場所の精神を体現できる者と位置付けられよう。スフィーズムの世界観によれば,大地創造の過程はある一点が与えられることに始まり,その点より生じた線分が回転することにより平面を生み,最後に空間が作られたと説明されている。イスラムの住宅における中央の泉はその「点」を象徴し,それを囲む中庭は線分の回転によって生じる平面を象微する。住宅の「精神性」を象徴する中庭の規則正しい形態は,その週囲の「物質性」を象徴する歪んだ空間と相対関係を成すが,これは陰と陽,女性と男性の対応関係に似た相互補完的な関係を成し,これにより住宅は調和を保った統一を成功させている。イスラムの住宅の特徴である中心性・精神性・ひかえめな外観・プライバシーの重視・宗教的整合性・環境適合性などの考え方は,日本の住宅における空間の階層性・左右非対称性・直線的な部屋の配置・開放性・外観の装飾性・プライバシーの軽視・宗教的非整合性・環境に対する不完全な適合性などと比較すると対照的である。これらの基本的性質の相違は,環境的差異だけでなく宗教的かつ社会的差異の結果である。すなわちイスラム教は,中心性・統一性・絶対性を特徴とし,宇宙のあらゆる現象を内包しているのに対し,仏教は直線的であり多様性を特徴とする。イスラムの神は無であるのに対し,仏陀はあらゆる実在性を表す。イスラム教の信仰が中心に対する内向性を指向するのに対し,仏教の信仰は瞑想によって,多様性の領域を内包する二次元の直線的な形態を取る。これらの思考を通して,イスラムの住宅における建築形態と象徴的要素が,イスラム教的天上世界と精神性の反映であるとする仮説を提示した。

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© 1994 日本建築学会
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