日本建築学会計画系論文集
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建築的文脈における「開放性」の概念に関する研究
Leila AYOUB小林 英嗣
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2001 年 66 巻 546 号 p. 305-313

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抄録

建物の開口や空間を通して、人間は周辺環境、他人、自然や神との関係を規定している。見、聞き、呼吸し、建物内部から外部を感じることは、人間が「開放性」や周辺環境における自らの存在を通して刻み込まれている実存的な要求である。本稿の目的は、建築的な空間をデザインしていく過程において、また、異なった形で存在する要求、文化、社会的な興味への対応において、どのように「開放性」の概念を反映させることができるかを、伝統的建築とモダニズム建築を通して模索することである。方法としては以下の通りである。人間の知覚・感覚を通しての「開放性」の意味を抽出するために、理論上の検討を行なった上で、「開放性」の概念を定義する。その際Marleau Ponty、Jean Cousin とChristian Riccordeauの言説を参照した。このアプローチは、「開放性」の概念は「閉鎖性」の概念や領界性と深く相互関係があることを考慮する上での基本となる。伝統的建築やモダニズム建築の空間において示されている「開放性」の表現をみる。建築において、領界をとおした開放は、内部と外部の間で機能的な要求(光・眺め・通気・空間的で時間的な接続)を調節する異なった表現や配置・形状をもたらす。よって、内部と外部の関係やそれらの接合の仕方を通して、「開放性」の多様な表現を見た。得られた知見を以下に示す。1.「開放性」の定義 はじめに、「開放性」を人間の感覚や歩行能力と関係する概念として定義した。すなわち、それは領界を通して、領界や人間の身体における外側との接続と伝達を可能とするような、人間の感覚である。さらに、歩行している身体を通して得られる自身の感覚の拡張である。Gaston BachelardとChristian Riccordeauの研究を参考にしたことにより、以下のことを導いた。それは、人間の性質の同義性である開放/閉鎖、すなわち、人間は領界における「開放性」を通して自らを拡張できることを望むだけでなく、安全で保護されていると感じたい欲求があることが知られているということである。2. 多様な「開放性」の表現とその依拠 次に、伝統的建築やモダニズム建築を検証し、異なるコンテクストの中の様々な「開放性」の表現の探求を行った。その結果を以下に示す。・「開放性」にもとづいた空間的処理によってもたらされる多様な建築的空間は、多くの指標に依存していると考えられる。具体的には社会・文化的なコンテクスト、物質的なコンテクスト、気候、機能的なコンテクスト、実存化、使われた技術、最後に建築家である。・これらの指標の影響を調べた上で、建物において最も重要なことは、我々の必要性を満たす解決策の型であり、文化的に定義されるものであると結論づけた。それは、窓やドアの存在の有無ではなく、それらの位置や方向である。・外部の周辺環境や内部で要望される雰囲気の特性を知ることや、周辺環境を顕在化させたり内部に異なる雰囲気を創出するために「開放性」をデザインすることは重要である。3. 結論 この研究の目的は、建築のデザインにおける技法的な概念として、「開放性」の領界を検証することであった。そしてこれは最初に「閉鎖性」ではなく、「開放性」に焦点を当て、建築的な空間について考えることにより可能であった。次に、人間の経験的、文化的、社会的な事柄の具体化のために、どのように「開放性」はデザインされることが可能なのかを提示した。具体的には、以下のように結論づけることができる。・ 物理的かつ社会・文化的なコンテクスト、すなわち、与えられた環境の土地に自ら立った上で企画を行なうに際し、「開放性」の概念は、与えられた環境に対する答えとなる計画の極めて初期段階に検討されるべきである。・周辺環境を感じ、場所に帰属するプロジェクトをつくり、それに"地域性"をもたらすために、我々ははじめに、環境(光、眺望、空気、音)から何を選択するのか、内部と外部の間をどのように接合するか、構成の段階において開放と閉鎖をどのように組み合わせるかを考えるべきである。・おそらく、「開放性」が視覚的な透明感だけでなく、すべての感覚に関係しているという事実に気づくことにより、人間の要求に対してより敏感な計画を実行することができる。(内部の変化する雰囲気を感じることにより、人間に十分に喜びあふれる経験をさせる)。人間の感覚と「開放性」を組み合わせたり分割することによって、性格とアイデンティティを、雰囲気の相違に応じて空間に与えることができる。・「開放性」にもとづいた空間のデザインのプロセスを展開することによって、最近の課題をも解決しうる点で、日本の伝統的建築は優れていると考えられる。

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© 2001 日本建築学会
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