日本地理学会発表要旨集
2003年度日本地理学会春季学術大会
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駒ヶ根市における開発型中小企業群の展開
*藤田 和史小田 宏信
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p. 000003

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抄録

_I_. 問題の所在  経済のグローバル化など,日本の製造業を取り巻く経済環境は,近年大きく変化してきた.その過程で,日本の製造業は従来型の大量生産の企業システムから脱却し,より技術集約・知識集約型の企業システムへと変貌を遂げてきている.これは,中小製造業においても同様であり,下請量産形態から試作・開発など技術集約・知識集約型の形態へと変化してきている.従来,労働集約型の組み立て工場が卓越してきた農村の一部においてもこの変化は進行し,製品開発型の中小企業が勃興しつつある.本報告は,長野県駒ヶ根市を事例として,同地域に展開する開発型中小企業の形成過程および事業展開を示すとともに,その技術的基盤を明らかにすることを目的とする. _II_. 駒ヶ根市工業の歴史的展開  駒ヶ根市における工業発展の遠因は,製糸業に求められる.製糸業は,1920年代末期の世界恐慌期に衰退し,その後に休廃業した製糸工場の施設を利用した軍需産業の疎開工場進出が相次いだ.これらの疎開企業が,戦後の駒ヶ根市工業発展の基礎となる.疎開企業の多くは,終戦後駒ヶ根市からひきあげたが,残留した企業の中から電気機器・精密機器工業の中核企業が排出された.特に,帝国通信工業は駒ヶ根市の電気機器工業発展の基盤となっている.1958年,新大田切発電所が県営事業で建設され,電力などのインフラストラクチャ整備が進んだ.このような中で,駒ヶ根市は工場誘致条例を制定し,税制・動力などの優遇措置を講じた.さらに,1962年,伊那谷全体が国の低開発地域工業開発促進法の指定を受け,いっそうの基盤整備と工場誘致が進行した.その結果,廉価な労働力と広大な敷地を求めて,モーター類など電機機器部品を中心とする進出企業と,その下請工場群が数多く出現するという,農村工業化が進展した.図1は駒ヶ根市における機械金属工業従業者数を示している.これをみると,1973年以前を中心として電機機器工業の従業者数の増加が著しい.その後も電機機器工業の従業者数が第一位を占めているが,1985年のプラザ合意以降,大幅な減少がみられる.その一方で,一般機器工業の従業者数が増加しつつあり,90年代以降ののびが相対的に顕著となっている. _III_. 開発型中小企業の形成と展開  1985年のプラザ合意以降,メーカーの生産拠点の海外移転および海外企業との競争が激化するにつれ,労働集約的な生産形態で業務を行ってきた中小製造業は危機に立たされるようになった.そのような状況下,企業の中には従来の電機機器部品生産に加えて新規に技術導入をはかり,自社製品開発など新たな業種へと参入する企業が現れた.また,技術的な研鑽を積み,自社技術を深化させることによって製品開発業務へと参入する企業も出現した.このような形で,自社製品開発型企業の基盤が形成されてきた.これらの企業は,技術の蓄積に関して,生産に関わるネットワークを活用するとともに,「テクノネットこまがね」という異業種交流ネットワークを構築し,積極的な技術学習を実施している.そのようにして得られた技術は,さらなる製品開発に活用される.このように,駒ヶ根市の工業は,従来の労働集約的な業態から,より知識・技術集約的な業態へと変化しつつあるということができよう.

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