日本地理学会発表要旨集
2003年度日本地理学会春季学術大会
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公共空間の分煙化に関する研究
たばこ広告と男性
*村田 陽平谷畑 健生
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p. 000022

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抄録

本研究は,日本の公共空間における分煙化の遅れを,たばこ広告の表象と男性のジェンダーの関係性に注目して検討するものである.日本においてたばこの煙が問題となったのは,1980年代に電車車両の分煙化を求めた嫌煙権訴訟以降のことといってよい.この裁判の結果,禁煙車が大幅に増加するととともに,その後大規模企業や官公庁などにおける分煙化が実現するようになった.しかし,他の「先進国」と比べると,全体的な公共空間の進展は必ずしも十分ではない.そこで本研究では,その阻害理由の一つとして日本人男性の喫煙率の高さに注目する.最近の調査によれば,「先進国」の喫煙率は男女ともに約20%であるのに対して,日本では男性約50%・女性約10%というジェンダー格差が報告されている.本研究では,この日本人男性の喫煙率に注目し,たばこ広告が,少なからず日本人男性に喫煙行為を促しているのではないかという仮説のもと,最近の日本のたばこ広告を定性的に分析する.従来のジェンダーの視点からのメディア研究においては,広告がもつ人々のジェンダーアイデンティティ形成のインパクトを検討してきた.たばこ広告も,単なる商品の紹介という役割のみならず,少なからず,男性のジェンダーアイデンティティに関連する役割を果たしていると考えられる.
具体的な資料は,1987年から2000年に一般雑誌に掲載された「たばこ広告」を収集したものである.それらの広告に描かれた言語的および図像的意味を分類し分析を行った.その結果,たばこ広告にみられる典型的な特徴として,主に次の3点 1)「自然」の強調 2)「男らしさ」の強調 3)「西洋」の強調 が抽出された.1点目の「自然の強調」は,空(青色)や山(緑色),雪(白色)といった鮮やかな原色を用いて,自然を表象する広告である(MILD SEVEN,Salem,KENT,KOOL,CABINなど).ここでは,たばこのイメージを自然に融合化させているといってよい.一方,たばこの多くのフィルターは化学製品であり,自然には消滅しない物質が使われている.また山火事の一つの原因としてのたばこは従来から問題視されており,必ずしもたばこと自然が「美しく」「クリーン」に共存しているとはいえない.このような矛盾があるにもかかわらず,自然を強調するのは,喫煙行為の「自然性」を暗黙に訴えかけている側面は否めない.2点目の特徴としては「男らしさ」の強調である.とりわけ「HOPE」「ネクスト」の広告にみられるように,「男性の呟き」「男性の力の誇示」という表象が,繰り返し用いられている.また,たばこに関するマナー広告においても,喫煙者に公共空間における喫煙マナーを促す一方,男性の喫煙自体の肯定的表象においてはさまざまな「男らしさ」に関わるレトリックが使用されている.3点目の「西洋」的特徴は,1点目の「自然」や2点目の「男らしさ」を組み込みながら強調されている.たばこ広告では,日本人男性に比べて白人男性の登場率が高く,さらにそれが自然な風景とともに描かれていることが多い.例えば,開拓使的な風景のなかで馬に乗る白人男性(Marlboro),プラットホームで語らうスーツ姿2人の白人男性(CASTER),サーフボードを抱えた半裸の白人男性(LARK),オープンカーにのる髭面の白人男性(LUCKY STRIKE),サングラスで皮ジャンの白人男性(Valiant)などである.白人女性の登場するたばこ広告(VIRGINIA SLIMS, Salem ピアニッシモなど)では,喫煙のもつ負のイメージ(匂い・健康)などを払拭することに主眼があり,「自然」はほとんど強調されていないことから,「白人男性=自然」という側面の強調が確認される.ただし,ここで注意したいのは,白人男性の喫煙率は,日本人男性に比べて高いわけではないにもかかわらず,白人男性が頻繁に登場している点である.これは,喫煙という行為を西洋化することで,男性の理想像としてのさらなる価値付けをしている側面は否めない.
以上の分析を通じて,たばこ広告は,「自然」「男らしさ」「西洋」という三つの要素を活用していることが理解される.その結果,日本人男性の喫煙行為に,「西洋的で自然な男らしさ」の肯定的なイメージを付与していると考えられるのである.このような広告によって,喫煙行為が,「健康」や「有害」などたばこの対抗概念を払拭する強さで男性に身体化されることで,現実的に男性同士のコミュニケーションに有用な役割を果たしている点や,男性のパーソナルスペースの確保に繋がっている点は否めない.公共空間における分煙化という「文化的」施策と,たばこ広告にみられる男性というジェンダーの「自然性」の強調は,拮抗する関係にあるともいえるのである.

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