日本地理学会発表要旨集
2004年度日本地理学会秋季学術大会
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セマングム干拓事業とセマングム保存運動
運動に関わる研究者の視点から
*洪 性泰
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p. 11

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抄録

1.地域破壊の観点近代国家はいわば「開発国家(Developmental State)」といえる。近代国家とは、確立した法制度と国家機構を利用し、持続的な経済成長を追求する国家である。近代化の過程で、開発とはもっぱら工業化を意味するものであった。しかし、工業化とは単なる工業という新しい産業の登場を意味するものではない。それはある社会の空間的な変化とも密接に関連するものである。 開発国家は、工業化を推進しながら、国土開発というなの下に空間の変化をも強力に推し進める。工業化が産業開発とすれば、国土開発は空間開発である。産業開発と国土開発は近代化の二本柱である。 国土開発の実態は地域開発である。地域開発は自然と地域社会を大きく変貌させる。したがって、地域開発をめぐる熾烈な対立と葛藤がしばしば起こる。こうした事態を防ぐため、近代国家は強力なイデオロギーを作り、言いふらした。「開発はすなわち発展」という開発主義がそれである。 しかし、我々は地域開発が行われた全てのところから、開発主義の虚構性は確認することができる。地域開発は長い年月をかけて形成されてきた自然と地域社会に取り返しのつかない傷を残している。このような「傷」を癒すため、我々は、地域開発を「地域破壊」という観点から見直す必要がある(洪、2000)。それは自然と地域社会の人為的な破壊であり、そういった意味で地域破壊は生態的かつ文化的な二重の破壊である。 セマングム干拓事業は世界でも類をみない地域破壊の事例である。それは世界的にもまれな河口干潟であるセマングム干潟を全てなくす自然の破壊事業であり、セマングム干潟を生活基盤として長い年月にかけて築き上げてきた集落やそこでの営みをなくしてしまう地域社会の破壊事業である。2.セマングム干拓事業の経過 セマングム干潟は韓国全羅北道の群山市、金堤市、扶安郡一帯の巨大な干潟である。その規模は韓国最大であるのみならず、世界的にも大規模な干潟である。セマングム干拓事業の開発面積は40,100haであるが、従来韓国で行われた干拓事業の平均面積の約1000倍であり、独立後に行われた干拓面積の約65%にのぼる。当初、事業期間は1991年_から_2004年とされていたが、全国的な反対運動により工事期間は大幅に延びている。事業費も当初は2兆51億ウォンと計上されたが、工事が進むにつれ大幅に膨らみ、2003年度にはすでに6兆4475億ウォンを超えている。なお、防波堤完成後の土地造成にかかる費用を含めると、総事業費はさらに膨らむ。3.セマングム保存運動の展開 セマングム干拓事業による地域破壊に対する指摘は防波堤工事が始まった直後からなされていたが、本格的なセマングム保存運動が始まったのは1996年の始華湖の汚染問題が全国的な関心事として登場してからである。セマングム干拓事業においても始華湖と同様に淡水湖を造成する計画があるため、始華湖の汚染はセマングムの将来を示すものと考えられた。 セマングム保存運動が本格化するにつれ、問題的も広く知らされるようになった。第一に、経済的な問題である。莫大な税金を消耗する事業であるが、経済的な妥当性が全くないことが判明された。第二に、生態的な問題である。セマングム干拓事業は世界的にもまれな河口干潟を完全になくし、この地域に深刻な生態的な被害をもたらすことことが危惧される。第三に、文化的な問題である。干潟がなくなれば、干潟に依存して営んできた人々の生活もなくなる。要するに、セマングム干拓事業は総体的な地域破壊事業である。 セマングム保存運動の特徴の一つに研究者の大々的な参加がある。環境運動や社会運動において研究者の参加そのものは特に珍しいことではない。しかし、「セマングム生命学会」のような学際的な組織を作り、国際的な調査活動をはじめとする様々な活動を展開することはセマングム保存運動が始めてである。報告者も環境社会学者としてこの学会に参加しており、「参与連帯」の政策委員長としてセマングムの保存に励んである。 世界的にみて、セマングム干拓事業はきわめて後進的で時代遅れの事業であり、世界的な恥と言える。セマングム干潟は世界的な自然資産である。我々にはこの資産を次世代に残す責任がある。

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