日本地理学会発表要旨集
2004年度日本地理学会春季学術大会
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木曽山脈西縁断層帯・大棚入山における大規模崩壊の発生時期
*宍倉 正展永井 節治二階堂 学木曽教育会 濃ヶ池調査研究会
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p. 19

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抄録

§1. はじめに

 長野県南西部の木曽川沿い(通称:木曽谷)にはN-S_から_NE-SW走向で雁行配列する上松断層,清内路峠断層,馬籠峠断層が分布する.これらは木曽山脈西縁断層帯に属し,全体の長さは約60kmにおよぶ.本地域の最新活動時期は,北_から_中部でAD1300頃という結果が得られている(宍倉ほか,2002,2003).

 木曽山脈周辺には,地震に起因すると考えられる大規模崩壊地形が分布し,特に1586年天正地震に伴う山体崩壊に関する報告が多い(松島,1995など).本研究では,上松断層から2_から_3km東に位置する大棚入山山腹に,半径500m程度の馬蹄形を呈した崩壊地形を確認した.この崩壊の発生時期を明らかにすることを目的に地形・地質調査を行ったので報告する.

§2.調査結果

濃ヶ池

 この崩壊で生じた土砂は土石流となり,日義村と木曽福島町の境付近を流れる濃ヶ池川を堰き止めるように谷を埋めている.この天然ダムによって生じたのが濃ヶ池である.現在,濃ヶ池はダムの決壊により消失している.土地の伝承によれば,ダムが決壊したのは寛文元年(1661年)5月とされる.池の跡は雑木林となっており,数条のガリーが発達する.

 濃ヶ池跡でピット掘削を行ったところ,地表から1.2mまで,クロスラミナを伴う細_から_粗砂が観察された.また,簡易貫入試験を行った結果,地表から2_から_2.5m付近に礫層と考えられる層が存在し,その下位には湖沼堆積物の可能性がある軟弱層が,少なくとも深度6.5mまで分布することが明らかになった.これらの堆積年代はまだ明らかになっていない.

下の池

 濃ヶ池より下流にも土石流に伴って生じた閉塞凹地があり,下の池と呼ぶ.この池は周囲200m程度で,通常は干上がっているが,大雨後には水を湛える.池の中心付近で行ったオーガー掘削によれば,地表より少なくとも3.6mの深度までシルト_から_細砂が確認された.堆積物中の腐植物の14C年代を測定したところ,深度3.6m付近で250±30yBP,深度2.6m付近で210±30yBPとなり,暦年較正から,これらがAD1520以降に堆積したことが明らかになった.

土石流堆積面

 土石流堆積面はあまり開析を受けていないように見える.堆積面上は土壌の発達が未熟で,表層付近の腐植物の14C年代は110±30yBPである.また,ヒノキ,カラマツの植林が行われているが,この植林以前に伐採したと思われるヒノキの切り株が数多く観察される.ほとんど朽ちているが,太さはいずれも直径1mを超えるものであった.直径約30cmの植林されたヒノキの年輪は,80_から_90年を数えることから,植林以前の直径1m以上のヒノキは,単純計算で300年程度の樹齢であった可能性がある.つまり土石流の堆積年代は400年程度遡ることができ,史料や14C年代の証拠と調和的である.

§3.まとめと今後の課題

 本地域の崩壊発生時期は,史料や14C年代,木の樹齢などからみて,400年以上前であると考えられる.この崩壊の誘因が地震であるかどうかは不明だが,年代から考えると,AD1300頃の木曽山脈西縁断層帯の活動か,あるいは1586年天正地震に伴って生じた可能性も考えられる.今後,土石流堆積物から年代試料を採取し,精度の良い堆積年代を推定する必要がある.

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© 2004 公益社団法人 日本地理学会
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