日本地理学会発表要旨集
2004年度日本地理学会春季学術大会
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パタゴニア北氷原・エクスプロラドーレス氷河の特徴と短期流動速度
*澤柿 教伸青木 賢人安仁屋 政武谷川 朋範
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キーワード: パタゴニア, 氷河, 流動速度
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p. 31

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抄録

はじめに
 南米パタゴニア氷原は総面積17,200km2を占め,南半球では南極氷床に次ぐ面積の氷原である.氷原からは多くの溢流氷河が流出しており,これまでの研究結果から,それらのほとんどが後退傾向にあることが明らかにされており.パタゴニア氷原全体でみた場合,1944年以降の後退に伴う氷の融解量は,海面変動の3.6%に寄与しているという見積もりもある.2003年12月に,パタゴニア北氷原(4,200 km2)にあるエクスプロラドーレス氷河において,地形・氷河学的な現地調査を行ったので報告する.

エクスプロラドーレス氷河
 エクスプロラドーレス氷河は,パタゴニア北氷原北東端上に突出しているSan Valentin山(3910m)を源流域とし,北北東に向かってエクスプロラドーレス谷へと溢流する氷河である.溢流部の全長はおよそ30km,末端部の高度は約230mで幅は約3kmである.

 氷河の末端(標高230m付近)には,樹木等の植生に覆われた比高約70から100mのターミナルモレーンがある.そこから上流2kmにわたって氷河は巨礫を含むデブリに覆われており,ハンモッキーな表面形態をなしている.ターミナルモレーンの内側,およびそのすぐ上流側にある数列のリッジには氷体が存在し,アイスコアード・モレーンである事が確認できた.

 ターミナルモレーンのすぐ内側には,融解水がせき止められてできた池がいくつか存在する.モレーンの内側にも樹木が侵入しているが,凹地に生えた樹木が浸水している箇所があり,このことから,かつてモレーンの内側へと樹木が侵入した安定期があって,その後,ほぼ現在において急速に氷体の融解が進行していることが伺える.

年代試料
 モレーンの礫間を埋めるシルト粘度質のマトリックス部を掘削し,葉片を採取する事ができた.パタゴニア氷原から溢流する他の氷河では,完新世には,3600 yr PB (I), 2200 yr BP (II), 1600-900 yr BP (III), および小氷期 (IV)の前進期があったことが確認されており,今回採取した年代試料によってモレーンの形成年代を特定できるものと期待できる.今回行った現地での観察結果では,植生の進入状態や土壌の発達程度,およびアイスコアの保存状態などから判断して,小氷期以前に形成された可能性が高いと考えられるが,最終的な結果については今後の炭素放射年代の測定結果を待って,あらためて報告する.なお,もし,これが小氷期よりも一つ前の前進期(III)に相当するとすれば,小氷期のモレーンは顕著なリッジとして存在しないことになり,他の氷河にはみられない特徴を有することになる.

流動観測
 氷河末端から上流およそ5kmの間の6点で,GPSによるディファレンシャル測位を行い,短期の流動速度観測を行った.測位間隔はおよそ10日間である.

 デブリに覆われたハンモッキーモレーン帯でも流動が検出され,氷河は最外縁のターミナルモレーンのすぐ内側まで流動していることが明らかとなった.しかし,ターミナルモレーンの一部がアイスコアード化しているという観察事実からすれば,その流動に伴って最外縁のターミナルモレーンが現在も形成されているとは考えがたい.簡易的ではあるが,20cmほど氷に埋め込んだステークが数日間で倒れた.この結果から推定すると,末端付近の表面融解量は相当のものがあり,流動による変化を打ち消しているものと考えられる.

 ハンモッキーモレーン帯では,クリーンアイスとなる中流部と比較してより大きな上昇成分が観測された.クリーンアイスからハンモッキーモレーン帯へと移行する地点には明瞭な横断リッジが存在し,この位置で上昇成分の変化に伴う表面形態の変化が発生しているものと推定される.今後はさらにGPS測位の結果を詳しく解析して表面高度の変動を求め,表面融解に伴う低下量を補うような湧昇流の成分も明らかにしていきたい.

 今回の測定は非常に短期間であったこと,さらには,融解最盛期よりも前の時期に観測したということもあって,この結果を年間の移動量に換算することは難しい.今回設置した観測点を一年後に再測することによって,年間移動量を求めていく予定である.

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