日本地理学会発表要旨集
2004年度日本地理学会春季学術大会
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インド農村空間の近代化
_-_グルガオン近郊農村住民の認知空間_-_
*澤 宗則
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p. 42

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抄録

_I_ 問題の所在
 開発途上国・インドは特に1991年の経済自由化政策以降、急激な経済成長を経験しているが、それは国内の経済構造を再編成すると同時に、地域構造にも再編成を迫っている。大都市においては、郊外にロードサイドのポストモダンなショッピングモールやオフィスビルが建ち並び、経済成長を享受する新中間層の空間が新たに生産されている。一方、従来からの旧市街地では、喧噪を極めるバザールに依然として牛が練り歩く。いわば新中間層以上の空間とそれ以外の階層との経済的二重構造が空間構造にそのまま表現され、いわば「スクラップなしのビルト」がインドの都市空間の近代化様式であるといえよう。
 農村においては、近代化の下、従来の農村のローカルな資源が新たな意味に書き換えられつつある(創造的破壊)。資本家は、農地としての価値ではなく、工業地や住宅地としての価値によって農村の土地の価値を評価する。この近代化のプロセスの中で、経済的価値が追求され、農地から工業地・住宅地に土地利用が転換される。それは同時に農村住民にとっても、固有な意味を持った様々な記憶が重層化した「場所」を剥ぎ取り、資本家にとっての経済的価値で評価される「空間」へと、意味が転換していくプロセスでもある。
 本報告では、デリーに隣接し、郊外型開発が進むグルガオン市(ハリヤーナー州)の近郊農村(GK村)住民の認知空間を対象に、近代化の進行が、空間に対する価値観の変化に与えた影響を考察する。
_II_ 研究方法
GK村は、最上層のブラーミンから指定カーストまで含むマルチカースト社会であり、近年旧集落外に分譲住宅団地が形成され、そこにはグルガオン市内の日本資本の自動車メーカーの下請け工場等の労働者などが家族単位で居住している。調査は、2003年12月に行い、ジャーティ・家族構成・就業構造(農業経営・農外雇用)・学歴・居住地移動・地域問題に関する聞き取りを行うと同時に、村内およびグルガオン市内のメンタルマップを作成してもらい、同時に描かれた「場所」の意味を調査した。

_III_ 考察
1)年齢による認知空間の差異
高齢者において、古い寺院や聖なる樹が村内の重要な場所である。
2)ジャーティによる認知空間の差異
社会的最下層である指定カーストの認知空間は狭い。
3)経済的格差による認知空間の差異
新中間層は、グルガオン市郊外のショッピングモールや自家用車で利用する国道バイパスを中心に認知空間が広がる。それ以外の大多数の農村の旧住民は、バスルートと市内のバザールを核とした認知空間である。
4)ジェンダーによる認知空間の差異
特に、主婦層は日常的な買い物は行商人を通じて行い、市内に出かけることが少なく、認知空間がきわめて狭い。女子学生は、通学以外には両親に外出を制限されるので、認知空間は男子学生より狭い。特に郊外のショッピングモールは「危険な場所」として厳しく制限されている。
5)通学先による認知空間の差異
私立学校の通学生は、村内に同級生が少ないため、村内の認知空間は狭く、市内の認知空間は広い。
6)新・旧住民間の認知空間の分離
新住民が居住する住宅地は、旧集落から離れて立地し、両者の認知空間には共有範囲がない。両者間の社会的繋がりも希薄である。
 このように、近代化は、様々な「場所」の意味(インド文化に埋め込まれたもの)を剥ぎ取り新たな意味を付与していく(脱埋め込み)が、同時にその変化のプロセス自体もインド文化に「再び埋め込」まれている。
本発表に際し、平成15年度科研費(基盤研究(A)(2)、課題番号:13372006、「経済自由化以降のインドにおける都市・産業開発の進展と地域的波及構造」・代表者:広島大学・岡橋秀典)の一部を使用した。
Giddens, A.(1990): The Consequences of Modernity, Polity Press
(松尾・小幡訳(1993):「近代とはいかなる時代か?モダニティの帰結」,而立書房)

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© 2004 公益社団法人 日本地理学会
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