日本地理学会発表要旨集
2004年度日本地理学会春季学術大会
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大正期における女性労働の地域差
*中澤 高志
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p. 50

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抄録

1.目的
ある地域における女性労働のあり方は,その地域が持つジェンダー文化を如実に反映し,その地域の空間分業への組み込まれ方と密接に関連する(マッシー,2000).また,ある人が辿るライフコースは,どのようなジェンダー文化を持つ地域に生まれ,育ったかによって異なってくるだろう.膨大な蓄積を持つ女性労働の研究の中で,その地域差に目を向けた研究は必ずしも多くないが,戦後についてはKamiya and Ikeya(1994)や禾(1997)などがある.本研究では,大正期の日本における女性労働がどのような地域差を持って展開していたのかを明らかにするとともに,そうした地域差をもたらす要因を探ることを目的とする.本研究の成果は,現代日本の女性労働の地域的パターンが歴史的にみて連続性を持つものか否かを検討する基礎ともなるものでもある.

2.資料と時代背景
本発表では,第一回国勢調査をもとに女性労働の地域差を把握し,いくつかの資料を使いながらそれを説明してゆく.第一回国勢調査が行われた大正9年は,第一次世界大戦の終結直後に当たる.当時日本では,第一次大戦時のドイツやイギリスにおいて,男性が戦場に赴くことによる労働市場の逼迫を,女性労働力の動員によって対処したことに国家的な関心が向けられていた.もとより大正期は,近代化の進展による新しい職業の誕生と,大正デモクラシーを背景に,「職業婦人」が登場し始めた時代である.その一方で紡績工場などにおける「女工哀史」的な状況は,いっこうに改善していなかった.第一回国勢調査の結果概要を記した『国勢調査記述編』でも女性労働に関する記述は多く,当時の女性労働に対する関心の高さが伺える.

3.分析
女性の年齢5歳階級別の本業者割合をもとに,クラスター分析によって都道府県をグルーピングすると,都道府県は3_から_7つのグループに分けられる.ただし労働力化率のカーブは,大都市に位置する都道府県を除くと基本的にどれも台形で,台の高さがグループの違いとなっている感が強い.
女性労働力化率を規定すると思われる変数を説明変数とし,年齢5歳階級別の労働力化率を被説明変数とする重回帰分析を行ったところ,全年齢層について農家世帯率の高い地域ほど労働力化率が高かった.労働力化率が大都市とその周辺で低く,農村部で高い傾向は,戦後の研究の知見と一致する.20歳未満の若年層については,大規模工場に勤める者が多く,女学校卒業者割合が小さく,染織工場出荷額が高い地域で労働力化率が高くなっており,若年女性労働力と繊維工業地域との関係が示唆される.
当時,大都市における職業婦人の登場が社会現象となっていたにもかかわらず,大都市における女性労働力化率はどの年齢層でもきわめて低い.大都市の労働力化率の示すカーブは,丈の低いM字型か,現代の高学歴女性にみられる「きりん型」に近いものといえる.東京市について,年齢階級別の労働力化率を配偶関係別に分けてみたのが図1である.これをみると,30歳代以降では,女性労働力のかなりの部分が離別・死別者によって担われていたことがわかる.東京市では,死別・離別の女性の実数も多く,こうした女性達が生活の糧を得る為に他地域から流入していた可能性もある.当時は結婚規範および結婚適齢期規範が強く,30歳代以上で未婚の女性者は少ない.しかしこうした女性の労働力化率は高く,公務・自由業を職業とする者が多い点が特徴的である.労働力化率の高いグループに入る茨城県では,既婚者の労働力化率も15-19歳から50-54歳までのすべての年齢階級で60%を上回っている.ところが東京市における有配偶女性の労働力化率は,最も高い40-44歳でも10.2%でしかなかった.当時の大都市圏における女性労働は,生活の為にやむを得ず働くという性格が強かったと考えられる.
〈文献〉
禾 佳典1997.東京の世界都市化に伴う性別職種分業の変化.人文地理49:63-78.
マッシー,D.著,富樫幸一・松橋公治訳2000.『空間的分業』古今書院.
Kamiya, H., Ikeya, 1994. Women’s participation in the labour force in Japan: trends and regional patterns. Geographical Review of Japan Ser.B 67: 15-35.

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© 2004 公益社団法人 日本地理学会
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