日本地理学会発表要旨集
2005年度日本地理学会秋季学術大会
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中央ヨーロッパの地域変化と環境問題
*加賀美 雅弘
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p. 21

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抄録

1.はじめに 1989年に始まった一連の政治的・経済的な改革を経て、中央ヨーロッパの旧社会主義諸国は、ここ15年の間に急激な変化を遂げた。その際、市場経済の浸透と資本の流入は地域間で著しく異なり、結果として経済の発展が著しい地域と停滞した地域が顕在化し、地域間の経済格差が拡大することになった。 とくに経済的な停滞地域に目を向けると、社会主義時代に国家政策として工業化が進められたところが多く、市場競争力が弱い企業が多い上、環境汚染物質の排出源となる未整備の工場が生産の縮小や閉鎖に追い込まれており、環境問題を抱えているという点で共通した性格がみられる。 この報告では、このような経済停滞地域としての特徴をもつ地域において環境問題はどのような意味をもつのかを、そこに居住する人々、とくにロマとのかかわりから考察し、環境問題が中央ヨーロッパにみられる地域格差を読み解く鍵になる点について、話題を提供したい。2.中央ヨーロッパの停滞地域と環境問題 中央ヨーロッパの旧社会主義国では、かつて計画経済体制の下、生産を重視した工業化政策が進められた一方で、環境問題は著しく軽視されてきた。その結果、中央ヨーロッパの広い地域で深刻な環境汚染や環境破壊が進行した。 とりわけ旧東ドイツ南部とポーランド南西部、チェコ北部にわたる地域は工業中心地であり、大気汚染や河川の汚染、酸性雨による森林の破壊など深刻な環境汚染と破壊が起こり、「黒い三角地帯」とも呼ばれた。それが政治改革後、汚染源を排出する工場の規模縮小や閉鎖、汚染物質の排出規制、褐炭の消費量の抑制などがなされたことによって、「三角地帯」の状況は大きく改善の方向に向かった。 これに対して、ポーランドやスロヴァキア、ハンガリーの東部地域では、政治改革当初、「黒い三角地帯」のような深刻な環境問題は指摘されなかったが、中央ヨーロッパ全体での環境の改善が進む中、依然として環境問題を抱える地域として注目されるようになった。 改革後15年が経過した今なお、このような環境問題を抱える地域は、一般に経済が停滞し、社会的にも問題を抱えているケースが少なくない。たとえばハンガリーの東部地域では社会主義時代に工業化が推進され、製鉄業や化学工業、金属工業などの工場が設置されたが、1990年代前半にそれらの工場の操業が経営困難なことから操業規模の縮小、閉鎖が進んだ。しかし、経済的な投資が少なく、環境汚染対策は十分に進んでいない(Kovacs, 2004)。インフラの整備が遅れ、企業の進出が比較的少ないこれらの地域では、汚染源排出を抑えるための設備投資が遅れ、水質や大気の汚染の問題は依然として残されたままになっている。3.ロマ問題と環境問題 ハンガリーの東部地方では、経済が停滞し、環境の汚染が進行している上に、比較的多くのロマが居住している。 ロマは彼ら固有の価値観や社会を維持する傾向をもつが、一般に教育水準が低く、就労の機会も限られており、社会経済的に厳しい状況に置かれている。そうした彼らに対する差別や偏見は根強く、しばしば彼らの人権や安全を脅かす事態に発展している場合もある(加賀美、2005)。 ロマの多くは所得水準が低く、安価な住宅や居住者が転居したままの空き家に居住する傾向がみられる。とくに工場の生産縮小・合理化、あるいは閉鎖によって多くの転出者が出た地域では空き家がめだち、ここにロマが居住するケースがみられる。たとえばハンガリー北東部の工業都市オーズドでは、旧国営の製鉄所が閉鎖したことにより多くの住宅が空室になり、ここにロマが居住するようになった。 一方、ロマの多くが固有の社会をもち、必ずしもハンガリー社会との接触を求めない動きがあることも、彼らの多くが経済停滞地域に居住する一因になっている。資本や情報の移動が少なく、イノヴェーションの流入が緩慢な地域では、彼らに固有の価値観が維持しやすいからである。 その結果、ロマが多く居住する地域では、投資家の関心は概して弱く、また地域イメージもネガティヴなものになりやすい。下水道やごみ処理などインフラの整備が進まず、河川の水質改善が遅れる傾向があるのも、ロマが多く居住する事実と無関係ではない。経済停滞地域が深刻な環境問題を抱えていることに加えて、その背景に多くのロマが居住しているという事実があることも指摘しておきたい。■ 参考文献・資料加賀美雅弘編2005.『「ジプシー」と呼ばれた人々!)東ヨーロッパ・ロマ民族の過去と現在』学文社.Kovacs, Z. 2004. Socio-economic transition and regional differentiation in Hungary. Geographical Bulletin LIII: 33-49.オーストリア東・東南ヨーロッパ研究所作成の地図掲載サイト www.aos.ac.at

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© 2005 公益社団法人 日本地理学会
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