抄録
【背景】
堆積作用と沈降運動の活発な臨海部の沖積平野には後氷期の海進に伴って堆積した内湾性の泥層が広く分布していることが知られている.現在の内湾底泥では,化学分析によって人為起源物質の付加による環境汚染が問題視されてきている.しかし,沖積層における堆積物の化学組成の時間変動や堆積環境との関わりを扱った研究は少ない.化学元素の自然状態における分布特性を明らかにすることは,より広い意味での人為排出物質の汚染の理解に繋がると考える.
【目的】
沖積層のうち,いわゆる中部泥層に着目して,内湾性の堆積物中における重金属の自然状態における鉛直変化について明らかにすることを試みた.対象元素は,主要化学元素であるケイ素(Si),チタン(Ti),アルミニウム(Al),マンガン(Mn),マグネシウム(Mg),カルシウム(Ca),ナトリウム(Na),カリウム(K),リン(P),鉄(Fe),炭素(C),硫黄(S)の12元素及び,微量重金属元素であるヒ素(As),クロム(Cr),銅(Cu),ニッケル(Ni),鉛(Pb),亜鉛(Zn)の6元素とした.
【方法】
本研究では,濃尾平野で掘削された5本のコア,北から岐阜県浅西市AN1(標高3.3m,掘削長44.3m),愛知県稲沢市KM1(標高3.25m,掘削長40m),愛知県清洲市NK1(標高3.5m,掘削長26m),岐阜県海津市KZN(標高0.69m,掘削長47m),愛知県弥富市YM1(標高-1.52m,掘削長49.89m)を用いた(図1).各コアの深さ方向に1m間隔で,層厚5cm の部分を採取した.合計試料数はAN1が40,KM1が36,NK1が23,KZNが45,YM1が52である.成分分析には,波長分散型蛍光X線分析装置(ZSX PrimusII, RIGAKU)を用いて,地質調査所で発行されている標準試料11試料(火成岩類4種類,堆積岩類5種類,鉱石類2種類)を用いて,検量線法で定量した.5本のコアでは沖積層は下位から下部泥砂層(LS/M),中部泥層(MM),上部砂層(US),最上部層(TS/M)に区分される.US,MMは海成層である.また,堆積物の14C年代測定は,主に日本原子力研究開発機構が行い,測定数は合計61試料である.
【結果】
全196試料のうち,中部泥層にあたる層準について各成分の含有量の平均値と標準偏差を求めた(表1).各コアにおける中部泥層にあたる層準は,AN1が21,KM1が9,NK1が6,KZNが21,YM1が21試料である.また,表2には,地球化学図(今井ほか 2004)を基に,各コア掘削地点における各元素の含有量のレンジを示した(表2).なお,地球化学図では,内湾泥ではなく,現河床堆積物を分析対象としているので注意が必要である.
【考察】
地球化学図では,掘削地点において各元素の含有量の差異が大きかったのに対して,中部泥層においては,5本のコア間での差異は少なかった. 中部泥層の堆積期間はコアによって異なるが数千年間あり,中部泥層の重金属元素含有率は,数千年間の堆積期間を通じて変化が小さかったと言える.これに対して,地球化学図において各元素の含有量の差異が認められ,地球化学図で扱った表層堆積物においては地域的な差が生じやすいことに加えて,近年の人為による排出物の影響も考えられる.また,中部泥層において5本のコア間での差異が少なかったことから,中部泥層は,5本のコア全てが海中にあったときに堆積した内湾性の堆積物であり,堆積物を供給する後背地が,5本のコアにおいて共通性があったために,地域的な差が少なかったと考えられる.堆積期間は,コアによって異なるが数千年間あったこと,粒度組成が中部泥層を通じてほぼ一定であったことなどから,数千年間の堆積期間を通じて堆積環境が安定的であったこと,海中で堆積する際に,化学組成が均質化されるような平衡状態にあったことが考えられる.
【引用文献】
今井ほか(2004)日本の地球化学図,産業技術総合研究所地質調査総合センター,154-165
