日本地理学会発表要旨集
2007年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 413
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拡大EU加盟後の山村集落の選択
ポーランドのカルパチア地域では
*中だい 由佳里
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抄録


1.研究目的
 ヨーロッパ統合の歩みは、1920年代の「パン・ヨーロッパ」構想やブリアンのヨーロッパ統合構想に端を発し、1958年には欧州経済共同体(ECC)へと発展していった。その後の拡大により2006年末には加盟国は25カ国となり,アメリカの経済力と対抗できる経済圏を確立しつつある。一方,民族や移民問題など既加盟国と新規加盟国間で、また国家内部でも階層化や地域格差など様々な軋轢が生じている。このような中で,急速な経済成長を迫られている新規加盟国の中にあり,かつ条件不利地域に位置する山村集落ではどのような選択が可能であろうか。
 2005年に拡大EUの正式加盟国となったポーランドは、既加盟国の基準である31項目の加盟基準を満たさなければならない。特に30%近くが第一次産業従事者であるポーランドでは, 2005年まではSAPARDにより,以後はCAPによる補助金が投入され,今後の農牧業の質の向上は大きな課題である。2006年度から地域への配布が始まった補助金は,どのように地域で活用されていくのか。ポーランドの山村集落カルパチア地域を取り上げ検証する。
2.調査地の概要
 調査地であるポーランドのカルパチア地域の山村集落バランツォーバ(Barańcowa)は,冷涼な気候にあり狭小な農牧業を主な生業とし,森林の副産物を利用する複合的な生業により生活維持を行っている。行政や商業の中心から遠いという地理的に負の要因により,経済支援は遅れがちでありインフラ整備は緩慢にしか進行していない。公的な供給は電気のみである。国内外への出稼ぎが顕著ではあるが,現在においても基本的には血縁という家族を中心として生活維持のため自給自足的な生活を継続させている。
3.研究方法
 2001~2005年の聞き取り調査及びアンケート調査結果と,2006年8月に行った個別の全戸アンケート調査と参与観察とを比較し,EU加盟直後の変化の分析と考察を行う。
4.調査結果
1)拡大EU,ポーランドによるインフラ整備
 EU加盟条件を満たすために各種法やインフラの整備を急速にかつ強力に推し進めてきたポーランドの2005年加盟は,国民の意識の集中を図ることはできたが,大多数を占める零細な個人農業経営の拡充を図ろうとする農業対策は軋轢を生んでいる。マウォポルスカ州の州都であるクラコフでも,バスターミナルが整備され,市内を避けるバイパスから高速道路への進入が著しく短縮され,農村部の道路の質も向上した。一方,民間での変化は着実に進行している。農村部でも,定期市に替わって小さな店舗が並ぶようになり,国営のバス路線と競合して私営のミニバスが均一料金で定期運行されるようになった。
2)山村集落バランツォーバの選択
 2006年度よりEUからの農家へ助成金の直接支払いが開始された。希望者のみの配布であるが,25世帯のうち9世帯が初年度の助成金を受け取った。来年度以降に観光への意向を示している世帯や,牧草地から農地への転換を図ろうとしている世帯もあったが,大多数の世帯は来年の農業経営も今年同様の規模で行うと回答している。しかも,来年度に集落外(海外を含む)に働きに出る家族を持っている世帯は,5世帯に上る。
5.結論
 ポーランドでは農牧業への直接的援助は始まったばかりであるため,当面は生活費の補填要素が強いと予想されるが,今後は補助金の使途について各農家に対して選択肢を示唆する方法もあろう。景観保全地域であれば変化より現状維持を優先する必要があり,農牧業の拡大を目的とする地域と区別する必要がある。地域ごとの将来像の確定に伴った補助金の活用が直近の課題である。現状では,公的な方針の策定が後手に回っているように見受けられる。
 ポーランドに限らず,新規拡大EU加盟国の選択は壮大なヨーロッパ共同体形成の過程である。実験的要素も否めないため,今後も試行錯誤を続けながら変化していくことが期待される。未来への調査の継続が重要な研究分野である。

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© 2007 公益社団法人 日本地理学会
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