日本地理学会発表要旨集
2007年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 618
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南アルプス南部,悪沢岳北面魚無沢における第四紀後期の氷河作用
*長谷川 裕彦佐々木 明彦増沢 武弘
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抄録

 南アルプス南部では,現地調査に基づいて最終氷期を通しての氷河の消長史が明らかにされた地域はまだ無い.演者らは,2005 年夏季に荒川三山北面に位置する魚無沢において現地調査を実施し,同地域の氷河地形発達史を明らかにしたので報告する.

調査地域
 魚無沢は,荒川中岳(3083 m)と悪沢岳(3141 m)を結ぶ稜線の北斜面を源頭とし,北流して標高 1900 m 付近で大井川支流の小西俣に合流する谷である.現河床高度 2000 m 付近から上流は,谷底幅の広い U 字形の横断面形を呈する谷となっている.荒川三山を取り巻く斜面には複数の圏谷が発達するが,魚無沢流域にだけは圏谷が分布しない.

堆石の分布
 空中写真判読と現地調査の結果から,魚無沢には上流側から順に a~g の 7 組の堆石群およびアウトウォッシュ段丘が分布することが明らかとなった(図 1).各堆石の分布下限高度は以下の通りである.a 堆石;2600 m,b 堆石;2430 m,c 堆石;2320 m,d 堆石;2130 m,e 堆石;2060 m,f 堆石;1960 m,g ティル;2000 m.
 a~e 堆石は,リッジ状の形態を残す地形的に明瞭な端堆石・側堆石で,a~d 堆石は氷河表面ティルと判断される無層理・無淘汰の角・亜角礫層からなることが確認された.b~e 堆石の下流側には,地形的に連続するアウトウォッシュ段丘が分布し,b・c 堆石では氷河上ティルと融氷流水堆積物の境界部を観察できる露頭が発見された.f 堆石は,谷壁斜面に張り付くように残る側堆石で,氷食岩盤上に堆積する氷河底ティル・氷河表面ティルが確認できた.g ティルは,現河床からの比高 50 m~200 m の谷壁斜面に分布する層厚 10 m 前後の堆積物で,層相から氷河底ティルと判断された.g ティルには,他の堆石構成層には認められない風化の著しく進んだ礫が含まれる.

氷河前進期の区分
 各堆石の分布高度,開析・変形の程度,構成礫の風化度に基づいて,魚無沢における氷河前進期を古い方から順に最古期(g ティル堆積期),魚無沢期 1・2・3(f・e・d 堆石形成期),悪沢岳期 1・2・3(c・b・a 堆石形成期)に区分した.

氷河前進期の編年
 c 端堆石を構成する氷河表面ティルの上位には,下位から順に層厚 40 cm の礫まじり風成二次堆積物,層厚 140 cm の崩積堆積物,層厚 80 cm の周氷河斜面物質が堆積し,表層に腐植質土層が載る.腐植質土層最下部とティル直上の風成堆積物内にはガラス質細粒火山灰のレンズが挟在し,火山ガラスの屈折率測定の結果,前者は K-Ah,後者は AT に同定された.これにより,悪沢岳期 1 は AT 降灰以前であることが確実である.日本アルプスで明らかにされた氷期編年との対比から,最古期は一つ前の氷期,魚無沢期は最終氷期前半の亜氷期,悪沢岳期 1 は最終氷期後半の亜氷期初期,悪沢岳期 2 は最終氷期極相期,悪沢岳期 3 は晩氷期にそれぞれ対比されると考えられる.
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© 2007 公益社団法人 日本地理学会
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