日本地理学会発表要旨集
2008年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 116
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大分県における専門高校卒業生の職業経験とエンプロイアビリティ
*中澤 高志阿部 誠石井 まこと
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抄録


1.研究の目的
 本報告の主な目的は,高校卒業後ただちに就職という進路を取る若者がもはや少数派となった現状において,専門高校卒業生が地域労働市場においてどのような位置づけにあり,彼/彼女らがどのような職業キャリアを形成しているのかを明らかにすることである.
 雇用形態が多様化し,労働市場が流動化する中で,近年「エンプロイアビリティ(Employability)」という概念が注目されるようになった.厚生労働省は,エンプロイアビリティを「労働市場における能力評価,能力開発目標の基準となる実践的な就業能力」と定義し,その中核をなす労働者個人の能力については,A:職務遂行に必要となる特定の知識・技能などの顕在的なもの,B:協調性,積極性等、職務遂行に当たり,各個人が保持している思考特性や行動特性に係るもの,C:動機,人柄,性格,信念,価値観等の潜在的な個人的属性に関するもの,から構成されるとしている.
 本報告では専門高校を卒業した若者の職業経験をふまえ,今日の専門高校における教育が生徒のエンプロイアビリティ向上にどのような形で貢献しているのかについても議論したい.
2.調査概要と対象地域
 報告者らは,現役の教諭から卒業生を紹介してもらい,大分県立J工業高校を卒業した20歳代の男性10人と,大分県立K商業高校を卒業した20歳代の女性10人に対して1時間30分~2時間30分程度のインタビュー調査を行った.
 J工業高校は大分県北部の中津市郊外に立地する.中津市では1970年代後半から自動車部品メーカーの進出が見られたが,2004年12月に完成車メーカーが組立工場の操業を開始したことにより,自動車関連産業の雇用がいちだんと大きな位置を占めるようになった.K商業高校が立地する大分市では,新産業都市の指定以降,工業化が進んだが,就業者数に占める製造業の割合は低下している.大分市は人口47万人を擁する県庁所在都市であるため,一定の中枢管理機能や商業集積が存在し,高卒の女性は主に事務職や販売職に就いている.
3.職業経験とエンプロイアビリティ
 J工業高校卒業生のうち,卒業後ずっと同じ仕事を続けている者は3人であった.この3人は,仕事の中で順調に職業能力を身につけ,仕事にもやりがいを感じており,現職の継続を希望している.完成車メーカーで組立に従事している者は4人おり,いずれも正規雇用であるが,3人は中途採用であり,うち2人は高卒の時点で正規雇用の職が決まっていなかった.逆に高卒と同時に完成車メーカーに採用されたものの,現在はアルバイトをしている者が1人いた.J工業高校は初職への定着率が大分県内の高校一般に比べて高い方であるというが,それでもかなりの労働移動が認められる.完成車メーカーの進出は,地元での就業を希望する者にとって雇用の受け皿となっている.しかし仕事の満足度は受け持つ工程やラインによって異なっており,それが勤続に対する考え方にも影響を与えている.
 溶接や三角法など,具体的な内容を挙げて,工業高校での学習内容が役に立ったと述べた者もいたが,工業高校での学習内容は直接的には役に立っていないという意見が多かった.一方工業高校で学んだ結果として,彼らが製造業の職に就くことを半ば自明視していることが伺えた.つまり工業高校の教育は,先に述べたエンプロイアビリティのAの部分を高めることよりも,むしろBあるいはCの部分に当たる,工場で働く心構えを持った労働力を地域労働市場に供給することに貢献しているといえる.
 K商業高校卒業生は,すでに結婚によって退職した者を含め,全員が高卒時に就職した企業に勤め続けていた.就職先は地元の中小企業が中心であり,初任給は10万円台の前半が普通である.彼女たちは,商業高校への進学を選んだ時点で,高卒後の進路を就職と決めており,地元で事務職や販売職に就くことを想定していた.職場において専門的な職業訓練を受ける機会に恵まれた者を除き,結婚後は退職して子育てに専念することを希望している.
 商業高校では簿記などの資格の取得が大きな学習目標となるが,そうした資格が現在の仕事に直接役立つことは少ない.しかし商業の科目を通じて,職場で使われる言葉や会社内での資金の流れがある程度分かっていたので,職場に入ったときのとまどいが少なかったという意見が共通して聞かれた.工業高校と同様に,商業高校も知識や技能よりもむしろ意識的な面で地域労働市場の要求に合致する労働力を供給する役割を担っていると言える.

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© 2008 公益社団法人 日本地理学会
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