日本地理学会発表要旨集
2009年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: S404
会議情報

ニシン漁の盛衰と漁民の活動
*服部 亜由未
著者情報
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録

はじめに
 近世後期から近代における北海道の基幹産業は漁業であり,その中心をなしたのがニシン漁であった.ニシンの粕は北前船により,西日本を中心とした日本各地に運ばれ,魚肥として綿や菜種などの商品作物へ利用された.太平洋戦争中,及び戦後における食料難の時代には,重要な食料として求められるなど,ニシンの漁獲量が皆無になる1960年ごろまで,需要は高かった.さらに,技術の発展や漁場の拡大により,大量の労働力が求められた.近世にはアイヌ民族を使役し,アイヌ民族が減少すると,本州からの出稼ぎ者を雇うことで成り立っていた.ニシン漁を介して多くの人々が移動し,その影響力は大きかった.
 しかし,1960年には北海道日本海側でのニシン漁は幕を閉じ,ニシンは「幻の魚」と称されるようになった.そして,ニシン漁の担い手たちは今,姿を消しつつある.現在,ニシン漁経験者各人の中に記憶として眠っている体験をまとめることで,史料分析からは描き出せない具体的内容を付加できる最後の段階にきているといえる.
 一方,北海道の日本海沿岸地域では,ニシン漁に関係する建造物の保存運動や,「ニシン」をキーワードに観光化策への連結も主張されるようになってきている.
 本報告では,ニシン漁が行なわれていた時代のニシン漁と漁民とのかかわり,特にニシンの不漁から消滅にかけた漁場経営者や出稼ぎ者の対応について検討する.また,近年のニシン漁に基づく活動を紹介し,ニシン漁を考える意義について述べたい.
ニシン漁と漁民
 3月下旬から5月下旬の2ヵ月という短い期間に,獲れば獲るほどお金になったニシン漁には,多くの労働力が必要とされた.特に,江戸時代に行なわれていた場所請負制度が廃止されると,漁場が増加した.漁場経営者は漁業権を獲得すれば,自由に漁場を開くことができ,漁場周辺の人だけでは足らず,多くの出稼ぎ者が雇われた.
 ニシンは豊漁不漁を繰り返し,その漁獲地は北へ移っていった.漁の傾向が予測できない状態で,漁場経営者は多額の出資をして準備を行ない,出稼ぎ者は出稼ぎ地域を決定しなければならなかった.漁獲量が変動する中で,ニシン漁場経営者たちは,漁を行なう網数に適した出稼ぎ者を雇い,漁獲量が多い場合には,臨時の日雇い労働者を雇う形態をとっていた.また,衰退期には,ニシン漁以外の収入源や共同での漁場経営への移行,生ニシンの加工業への転換が見られた.一方,出稼ぎ者は初年度には身内とともに出稼ぎに行くが,その後は各自の判断により地域や漁場を決めた.そして,不漁期を経験した人々への聞き取り調査からは,2年続いて不漁であれば,3年目には他の漁業や他業種の出稼ぎに転換する傾向が見受けられた.報告では,史料や聞き取り調査から判明した実態を紹介・検討する.
ニシン漁に基づく町おこし
 北海道日本海側の市町村には,ニシンが獲れなくなった現在においても,ニシン漁にまつわる歴史や文化が存在し,ニシン漁によってその市町村が形成されたことを感じさせる.各自治体史編纂の地域史においては,この点が強調されてはいるが,自村のみの事例紹介でとどまっている.そのような中,後志沿岸地域9市町村では,「ニシン」という共通の資源を基軸にした「後志鰊街道」構築の試みがなされている.報告者はこのような興味深い取組みを後志地域だけでなく,北海道日本海側全域,東北を中心とした出稼ぎ者の出身地域,さらには北前船の寄港地を含んだ地域にまで拡大できないものかと考えている.こうしたニシンによる地域交流圏を仮称「ニシンネットワーク」として調査研究を進め,各自治体の町おこしに協力していきたい.
 ここではその第1報として,出稼ぎ者の出身地域である青森県野辺地町の沖揚げ音頭保存会の活動を紹介する.当会は,利尻島への出稼ぎ者を記した「鰊漁夫入稼者名簿(利尻町所蔵)」がきっかけとなり,2008年に結成された会であり,祭りや小学校での実演,指導を行なっている.2009年9月に利尻町の沖揚げ音頭保存会との交流会を行なった.
ニシン漁再考
 昨今,放流事業の成果もあってか,再びニシンが獲れるようになり,話題となっている.ただし,現在漁獲される石狩湾系ニシンは,かつての北海道サハリン系ニシンとは種類が異なっており,かつてほどの漁獲量にはならないと予想される.しかし,利益至上主義による乱獲をしてはならないことを過去の経験から学ぶ必要がある.
 また,北海道日本海側の地域形成の議論には,出稼ぎ者出身地域とのつながりからのアプローチ「ニシンネットワーク」論が有効であると考える.そのために,北海道と出稼ぎ者出身地域との両地域を対象とし,史料の発掘や経験者への聞き取りを積み重ねていきたい.

著者関連情報
© 2009 公益社団法人 日本地理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top