日本地理学会発表要旨集
2009年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 613
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北海道中央部,西ヌプカウシヌプリにおける岩塊斜面の不安定期と越年地下氷の形成年代
*澤田 結基
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抄録

1. はじめに
北海道中央部~東部の山地斜面には,越年地下氷を含む局地的な永久凍土が分布する.最近の研究では,岩塊斜面や岩屑斜面では外気の移流が生じるために,現在の気候環境下でも局地的な永久凍土が存在可能であることが示されている.しかし,この結果は,必ずしも越年地下氷の形成期が最近であることを意味しない.局地的永久凍土の形成期を明らかにするためには,堆積物や越年地下氷をサンプリングし,年代測定を行う必要がある.そこで本研究では,ボーリングによって越年地下氷を含む長さ約3mのコア試料を採取し,そのなかに含まれる有機物の年代測定を行った.本発表では,この年代測定結果を用いて推定された,岩塊斜面の不安定期と,越年地下氷の形成年代について報告する.

2. 調査方法
掘削は,西ヌプカウシヌプリ(標高1251m)の山頂付近に分布する岩塊斜面の末端部で行った.この掘削地点は,澤田・石川(2002)が地下氷の季節変化を観測した場所と同一地点である.掘削は2005年7月に行った.氷には凍土用のタングステンビット,安山岩塊にはダイヤモンドビットを使用し,最終的に地表面から約3.9mまでの試料を,凍結状態のまま採取した.試料の記載は,-20℃の低温実験室で行った.試料に含まれる有機物のAMS14C年代測定は,地球科学(株)およびパレオラボ(株)に依頼した.

3. コア試料の構造
採取したコア試料は,上から間隙氷を含む岩塊層(地表面からの深さ:121-254cm),間隙氷を含まない岩塊層(254-322cm),礫混じり砂層(322-340cm),礫混じりシルト層(340-391cm)の4層に区分された.掘削地点で行っている地下氷の成長・融解量観測の結果より,間隙氷を含む岩塊層の最上部(深さ121-150cm)にある氷は,2005年の融雪期に形成された季節氷であると判断される.その下の越年氷は岩塊片と混在し,明瞭な層構造を持つ.氷にはエゾナキウサギの糞や植物の葉片,枝が数多く混入する.枝には,斜めに切断された痕跡が残るものが含まれており,エゾナキウサギが茎をかじるときに付着する食痕の形態と一致する.したがって,氷に含まれる植物片の多くは,エゾナキウサギの著食行動によって空隙に持ち込まれたものであると推測される.

4. 岩塊斜面の形成プロセスと形成期
コア試料の記載結果より,岩塊斜面末端部では,厚さ約3mの粗大な岩塊層が堆積しており,その下位に砂層とシルト層が続いていることが明らかになった.砂層には,森林火災起源と考えられる炭化木片が斑状に混入する. 低密度の炭化木片が,相対的に高密度な砂に混入することは,両者が何かのプロセスによって撹拌されたことを示す.また、炭化木片のAMS14C年代は8331-8390 Cal BPであった.この年代値は,完新世初頭まで堆積物の変形が続いていた可能性を示唆する.また、炭化木片の混入が生じたことは、当時この深さまで凍結融解が及んでいたことは確実である.この凍結融解に伴って砂層とシルト層が変形を生じていたとすれば,その変形に乗って岩塊層も流動していた可能性があると考えられる.ただし、このプロセスで岩塊斜面全体が流動していたか判断することはできない。

5. 越年地下氷の形成年代
間隙氷に含まれる有機物の年代は,地表面に近い試料で新しく,深いほど古くなる傾向を示した.最も古い試料は,地表面からの深さ2.5mに,ナキウサギの糞とともに混入していた葉片の年代値(3842-3962 Cal BP)であった.薄い葉片が腐敗せずに保存されるには,外気から遮断された氷内部に保存される必要がある.したがって,葉片が示す年代は,葉片が地下氷に取り込まれた年代と大きく変わらないと考えられる.越年地下氷は,少なくとも約3900 Cal BP以降現在まで蓄積が続いていると考えられる.現在の岩塊斜面に分布する越年地下氷は,過去の寒冷期とは直接関係なく,完新世の温暖な気候環境のなかで形成されたものであると考えられる.岩塊層直上の泥炭やミズゴケのリター、火山灰の堆積によって最大融解深(活動層)が浅くなり、syngeneticな地下氷の形成が進行したと考えられる。

引用文献
澤田結基・石川 守2002. 北海道中央部,西ヌプカウシヌプリにおける岩塊斜面の永久凍土環境. 地学雑誌 111(4): 555-563.

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