日本地理学会発表要旨集
2009年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 619
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北海南部大陸沿岸における完新世海水準変動研究史と微変動の可能性
*藤本 潔
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抄録

はじめに  海水準変動は海岸地域の地形形成や環境変化に多大な影響を及ぼす重要な因子のひとつである.1970年代以降、テクトニックには安定地域と考えられる地域間での最高海水準の時期や高度の相違は,アイソスタシー理論である程度説明できることが明らかになる。しかし,微変動に関しては,アイソスタシーによる沈降域では顕著な現象として見出されていないことから,未だに統一された見解が得られていないのが現状である.本発表では,氷河性アイソスタシーの影響で沈降傾向にあり,現在を最高海水準とする平滑曲線が描かれてきた典型地域のひとつとして知られる北海南部大陸沿岸域において, 14C年代測定法導入以降の完新世海水準変動研究史,および海面変化に関わる沿岸低地の地形地質を紹介すると共に,それらデータの信頼性を評価することで,特に完新世中期以降の海水準微変動について考察することを目的とする.
微変動の可能性  本地域で海水準微変動の検出を目的とした研究は,オランダ西部のVan de Plassche(1982),北西ドイツのBehre(2003)のみである.Van de Plassche(1982)は,基底泥炭基部から得られたデータから7000~2800 cal BPの間に数回の地下水位上昇速度の変化を見出し,海水準変動との関係について考察した.Behre(2003)は数回の海面低下を伴う9700 cal BP以降の海水準変動曲線を描いた.しかし,使用されたデータには圧密の影響を伴うもの、泥炭層や文化層形成期から間接的に推定されたものを含むため,変動のタイミングは議論し得るものの,振幅や高度の信頼性は必ずしも高くない.両者を比較すると,5200~4500 cal BPに海面上昇の停滞もしくは海面低下が起こった可能性が高い.4500~4100 cal BPの上昇速度の加速にも同時性が認められる.3900~3400 cal BPの間には北西ドイツでややタイミングが遅れるものの,両地域で上昇速度の加速が見られる.一方、3300~2900 cal BPの間に北西ドイツでは急激な海面低下が推定されているのに対し,オランダ西部ではほぼ停滞している.この間オランダでは塩性湿地の淡水化や泥炭地の海側への拡大は見られないことから,急激な海面低下は圧密に伴う見かけの現象である可能性が高い.2350~1900 cal BPの間にはオランダ全域の塩生湿地で一時的な離水現象が起こったことから,この間の海面低下とその後の再上昇の可能性が指摘される.これらの変動傾向は,5200 cal BPの上昇速度の減速に先立つ相対的な急上昇を除き,アジア・太平洋地域の変動とタイミングがほぼ一致する.
手法的問題と今後の課題  オランダで復元された海水準変動曲線のほとんどは,泥炭層や粘土層の圧密沈下の影響を排除するため更新世堆積物や砂丘堆積物を覆う基底泥炭基部から得られた14C年代値に基づく地下水位変動曲線から間接的に推定されたものである.この手法で海水準微変動を検出するためには,河川勾配効果,氾濫原効果,海岸砂丘による開閉の影響,基盤斜面の微地形の影響を考慮しつつ,地下水位との関係が明確な泥炭試料を一連の斜面上から高密度に採取することが求められる.しかし,たとえこれらの条件が克服できたとしても,一時的な海面低下の証拠を見出すことは難しい.なぜなら,海面低下は表層泥炭の分解を引き起こし,その後の海面上昇に伴いその上に新たな泥炭層が重なって形成される.その結果,見かけ上,海面上昇速度の低下もしくは停滞現象として見出される.  オランダではこれまで一方的な海面上昇を示す平滑曲線が受け入れられてきた.その主要な根拠は“カレー・ダンケルク堆積物”と呼ばれてきた海進堆積物には広域的同時性が認められないという認識にある.しかし,オランダ西部と北部ではかなりの部分で同時性が認められる上,北西ドイツにおける海面変化傾向はオランダ北部の海進海退時期とタイミングがよく一致する.これまで一般に受け入れられてきた平滑曲線は,上記の手法的問題を含む概略的な傾向曲線に過ぎない.今後は海岸砂丘による開閉の影響を受けていないオランダ北部地域で,圧密沈下の影響を評価した上で,海進海退堆積物の形成時期と高度を示すより精度の高いデータの蓄積が求められる.

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