日本地理学会発表要旨集
2009年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 207
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東京におけるタクシー運転手の地理的知識の獲得と空間認知
*永見 洋太若林 芳樹
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抄録

1.問題の所在と研究の目的
 生態的アプローチの台頭に伴って,近年の空間認知研究では障害者,子ども,外国人など特定の集団に対象を絞って空間認知の多様性や状況依存性を捉える試みが盛んになっている.その一環として,ナビゲーションに熟達したタクシー運転手の空間認知に着目した研究が蓄積されてきてきた.従前の研究では,タクシー運転手の認知地図が2つのレベルの階層構造をもっていること(Pailhouse 1970; Chase 1983),タクシー運転手でも運転歴が長いほど認知距離や経路の知識が正確であること(Giraudo and Peruch 1988),タクシー会社の運転手と事務員とでは直線距離認知では差が小さいものの,運転手は経路距離を短く見積もる傾向があること(Peruch et al. 1989)などが明らかになっている.しかし,タクシー運転手といっても,ロンドンのように厳しい試験を課している都市もあれば,移民労働者が多く従事する都市もあり,時代や地域の状況によって運転手の空間認知やそれに作用する要因にも差があると予想される.そこで本研究は,東京のタクシー運転手を対象にして,営業地域の地理的知識の獲得過程と空間認知を調査し,カーナビなどの新技術の導入状況や輸送行動の実態をふまえて,その特徴を明らかにする.
2. 研究の方法
 東京のタクシー事情と運転手に対する各種研修の実態を知るために,東京指定地域(東京特別区・武蔵野市・三鷹市)の法人タクシーを管轄する東京タクシーセンター,東京乗用旅客自動車協会,および法人タクシー事業者7社への聞き取り調査を行った.その上で,タクシー運転手の地理的知識と空間的行動の特徴を明らかにすることを目的として,運転手と大学生47人ずつに対して,東京中心部の主要地点の位置関係を尋ねるアンケート調査を実施した.また,運転手に対しては,運転歴や輸送行動,カーナビ利用などについても質問を行った.空間認知に関する調査結果は,ユークリッド回帰などを用いて定量的な分析を行い,運転手と大学生とで比較した.
3.タクシー運転手の地理的知識の獲得
 2001年の道路運送法改正に伴う規制緩和の影響を受けて,全国的にタクシー車両は増加傾向にある.しかし東京指定地域内では,安全性とサービス水準の確保のために,1970年以来,新任のタクシー運転手には,東京タクシーセンターが実施する「地理試験」に合格した上で新規講習を受講することが義務づけられている.この試験は2001年から難度が高まったこともあり,近年の合格率は50%を下回っている.合格後は,各事業者が行う研修を経て輸送業務に従事することになるが,東京指定地域で営業するタクシーは,「都内交通案内地図」というタクシーの運行に特化した地図帳を携帯することになっている.また,カーナビを搭載したタクシーも2007年には68%に達している.タクシー運転手は,こうした地図帳や新技術を活用しながら輸送業務に従事し,東京の地理的知識を獲得していく.
4.タクシードライバーのカーナビ利用と空間認知
 アンケート調査に回答した47人の運転手のうち,6割以上がカーナビを積極的に利用しており,カーナビの導入によって道路地図帳を使う機会が減ったと回答した者も半数近くにのぼった.また,「客の安心感が高まって苦情が減った」「運転経路を選ぶのが楽になった」などの回答から,乗客と運転手の双方にカーナビ導入の効果がみられたことがわかる.ただ,一部の回答者は,運転手の能力に不安を感じる客が増えたという負の効果を指摘していた.タクシー運転手と大学生の空間認知を比較するために,都区部の主要駅の位置認知についてアンケート調査で質問した.その結果を分析すると,運転手と大学生の認知地図にみられる歪みの傾向は類似しているものの,地点間の相対的位置関係については,タクシー運転手の方が大学生に比べて正確さで優っていることが判明した.しかし,絶対的位置の認知では,顕著な差がみられなかった.これは,カーナビ利用が影響している可能性もあるが,タクシー運転手が乗務経験によって獲得する経路の知識が,おもに認知地図の相対的正確さに反映されることを意味している.

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© 2009 公益社団法人 日本地理学会
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