日本地理学会発表要旨集
2009年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 404
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移入する人々と都市計画
パリの不衛生住宅対策をめぐって
*荒又 美陽
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抄録

 パリ市では、2002年から「不適格住居(habitat indigne)消滅事業」と称して衛生状態に問題のある住居の収用・修復を推進している。対象となった1,020の建造物は、市内に均等に散らばっているわけではなく、パリ北東部の移民の多い地区に集中している。特に地名を冠して集中的に事業が行われている地区に18区の「シャトー・ルージュ」と19区の「ウルク=ジョレス」がある。本報告では、より規模の大きい「シャトー・ルージュ」におけるこの事業の実態と問題点を示したい。
1.「不衛生住宅」事業の歴史的展開
 フランスでは、1832年のコレラの流行が衛生概念と都市計画の結びつきを明確にした。被害が大きかった貧困地区、すなわち、産業化に伴ってフランス全土から移入した労働者の居住地区は、七月王政期から第二帝政期にかけての都市計画事業によって大々的に解体された。また、それまで公道からファサードまでにとどまっていた公権力による規制は、公衆衛生を理由に個々の建物や住居の中にまで入り込むようになった(吉田:1988)。衛生対策事業は、都市において不明瞭な移入労働者の集住地区に介入し、外部に安心を提供する事業でもあった。
 20世紀はじめには、結核の死亡者が平均の二倍になっている地区を割り出し、集中的な再開発の対象とする「不衛生区画事業」が計画・一部実施された。パリの中心部では、東方ユダヤ移民の集住地区がその対象となっていた。彼らは地区の不衛生性の原因とみなされ、「転居させるべき」だという議論がなされた。公衆衛生は、外国人排斥をも正当化したのである。
2.現在の事業の基準
 現在の衛生対策は、伝染病の拡大を防ぐことではなく、個々の建造物による健康被害をなくすことを主な目的としている。近年の事業ではさらに、倒壊の危険のある建造物、占拠されている建造物、市民の告発による不衛生建造物なども事業の対象となっており、法律上の衛生対策を超えた事業が行われている。
3.シャトー・ルージュ地区とは
 シャトー・ルージュは、地下鉄4号線のシャトー・ルージュ駅の東に広がる地区で、パリの北部にある。主に、サハラ以南のアフリカ出身の移民(以下、アフリカ系移民)の生活の場として知られ、特徴的な衣装店や料理店、美容院が数多くある。
 統計では、パリにおいて最も人口密度が高く、パリの平均に比べて、4人以上の子供がいる夫婦の率が非常に高い。外国人率、労働者世帯人口率、失業率も高く、社会的な不安定さを余儀なくされている住民が多い。
4.問題は何か
 シャトー・ルージュでは、2002年から2007年までの間に、383件の住居を収用し、154世帯を移転させた。建造物は基本的に修復する方針で実施されている事業であるが、状態が悪いとしてシャトー・ルージュでは84%が解体された。
 事業の対象となった住居に住んでいた人々は、全体の97%がパリ市内に移転したことになっている。しかし、聞き取り調査により、非正規滞在で強制退去になった世帯があったこと、彼らは公式の統計には表れてこないことが確認できた。19世紀の事業と同様、現在の衛生対策事業も、行政からは不明瞭な移民が多い地区に介入し、正規・非正規滞在の別によって、さらには家族構成や収入などによって住民を選別し、住居を「適切に」配分するシステムとして機能している。

※本報告は『問われるフランス的平等―移民の社会的統合は可能か』(宮島喬編、東京大学出版会)の一章として近日出版予定の議論をベースにしている。

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