日本地理学会発表要旨集
2010年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: S1904
会議情報

河川上流域における地域づくりと多主体連携の構築
*作野 広和
著者情報
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録

1.はじめに
 2002年12月に成立した自然再生推進法の特徴は,「汗をかく法律」という点と,「多様な主体が合意形成を図る」の2点に集約される(佐藤,2005)。この2点は,現代における水環境保全活動を行う際の重要なポイントである。「汗をかく」とは具体的な行動が求められるという主旨であり,その行動は多主体が連携し,協働で行うことを意味している。
 水環境保全活動は公共事業の是非をめぐる「対立の時代」からスタートした。その後,「協議の時代」を経て,現在では「協働の時代」と位置づけることができる。協働の主体は行政や住民をはじめ,各種組織・団体,企業,研究機関など多岐にわたる。だが,協働の実態は多様であるとともに,様々な問題を抱えている。とりわけ,河川上流域においてはあらゆる活動に関して地域との合意形成が必要であるため,地縁組織との調整に大きな時間と労力を割かれることになる。具体的には,水環境全活動を行おうとする場合,地域住民の参加が不可欠であるとともに,地域住民の同意を得ることが必須条件となる。そのため,活動自体に地縁組織を含めることが多く,結果的に水環境保全活動は地域づくりそのものと不可分となる。
 その際,問題となるのが合意形成の場づくりであり,そのために必要な組織形態のあり方である。本報告では河川上流域における地域づくりにおいて,多主体がいかに連携組織を構築していくのか,そのプロセスを整理するとともに,その際の課題について考察する。これにより,水環境保全活動を含めた地域づくり活動における多主体連携の重要性と困難性を提示できると考える。

2.斐伊川流域の概要と環境保全活動
 斐伊川は島根県奥出雲町の船通山を源流に出雲地方の大半を流域とする一級河川である。斐伊川は下流部で宍道湖と中海という2つの汽水湖を含み,鳥取県との境界を成す境水道を経て日本海に注いでいる。高度経済成長期には中海の5カ所を干拓するとともに,水門を設けて淡水化する事業が進められていた。干拓については4カ所が完工し営農が行われているが,淡水化は松江市を中心に反対運動が巻き起こり,1988年に延期となった。その後,国の公共事業見直しの動きなどを受けて2002年に中止が正式に決定され,現在は事業終結のための工事が続けられている。
 このように,斐伊川流域では中海干拓・淡水化事業への反対運動を契機として,宍道湖・中海の環境保全に対する市民の意識が高まった。そのため,流域では水環境保全活動も熱心に行われている。とりわけ,宍道湖に「ヨシ」を植える運動を展開しているNPO法人斐伊川くらぶの活動は多くの賞を受賞するなど注目を集めてきた。また,宍道湖・中海はラムサール条約に基づく登録湿地に指定されるとともに,中海では自然再生協議会が設置されるなど,多くの活動が展開している。
 このように,下流域では水環境保全活動が熱心に行われている。一方,中・上流域では学校教育による取り組みや森林保全活動が行われているものの,下流域との連携は必ずしも十分なものとはいえない。

3.尾原ダムの建設と地域づくり組織の構築
 斐伊川流域では治水事業の一環として,上流域に尾原ダムの建設が行われている。斐伊川ではじめてとなる治水ダムは2010年度末に完成が予定されている。ダム周辺地域では水環境の保全と,尾原ダム周辺地域の一体的な地域づくりを行うために,尾原ダム地域づくり推進連絡協議会が設立された。この協議会は,地域住民が中心的に活動を行うものの,行政機関,環境・地域づくり系NPO,研究者など多様な主体が参画して運営されている。
 しかし,同協議会と地縁組織との関係は必ずしも明確になっていない。多主体が連携する場として,地縁組織とは切り離した組織づくりが不可欠である。だが,それゆえに地域住民主体の組織になりきれておらず,主体的な活動が行えない状況にある。
 同協議会には専任スタッフ1名が常駐しているが,その経費は地元自治体が捻出した経費でまかなわれており,組織が極めて不安定な状況にあるなど,課題も多い。

著者関連情報
© 2010 公益社団法人 日本地理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top