日本地理学会発表要旨集
2010年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 310
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ナミビア農牧社会における経済格差の拡大と自然資源利用の変化
資源の私的利用と共的利用の接合に注目して
*藤岡 悠一郎
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抄録

1. はじめに
 アフリカの農村社会では、住民の都市部での就労機会の増加や生業の多様化が進むなかで、多額の現金収入を得る富裕者が現れるようになり、農村内部での経済格差が拡大する傾向がみられる。ナミビア北中部に暮らすオヴァンボ農牧民の社会においても、主生業として営まれてきた移牧をともなう半農半牧に従事する人が大多数を占めつつも、都市で就労する人が増加傾向にあり、就労の有無による経済格差が村内で顕著にみられる。このような格差は、1990年まで続く南アフリカによる植民地統治の頃から、アパルトヘイトのなかで構築されてきた契約労働システムにおける賃労働が行われる過程で次第に進行し、独立後のアパルトヘイトの撤廃とともに急速に拡大した。本発表では、経済格差が農牧民の自然資源利用をいかに変容させているのか検討する。特に、土地の囲い込みなどにともなう資源の私的利用と贈与や分配などを介した共的利用が、経済格差の拡大のなかでいかに接合しているのかを検討する。発表では、富裕世帯によって土地が柵で囲い込まれることで設置されている私設放牧地(キャトルポスト)における資源利用と村内に生育する樹木の利用に焦点をあてる。

2. 方法
 ナミビア北中部に位置するU村に住み込み,30世帯を対象に聞き取り調査と参与観察を実施した.発表では,2004年9月~2005年4月,2007年1月~3月,2010年1月~2010年4月に実施した調査で得たデータをおもに用いる.

3. 結果と考察
(1) 1980年代後半から移牧の形態が変化し、雇用牧夫が通年滞在するキャトルポストがかつての乾季放牧地周辺に形成されるようになった。キャトルポストは単に家畜を滞在させる場所として利用されるだけでなく、本村周辺で採集できなくなった資源を獲得する場所として利用されていた。そこで得られる食用昆虫や野生動物、木材などの資源は村に持ち帰られ、主に私的利用が行われるが、一部はオヴァンボ社会の規範の下、他の世帯に贈与された。しかし、このような資源を利用できる世帯が富裕世帯に限られる傾向があり、キャトルポストで得られた資源は富裕世帯から非富裕世帯へと贈与される傾向がみられた。
(2) U村では,1980年代後半から各世帯が自分の土地を柵で囲い込むようになり,土地とその土地に生育する樹木が私有化される傾向にある.その過程で,かつては伝統的な統治機構が有していた樹木の所有権が各世帯へと移行しつつあり、私的利用が強まりつつあった.こうした利用は柵が設置される前も存在したが、当時は共有の樹木が存在し、ゆるやかな規則のもとで共的利用がされていたが、村のほぼ全ての土地が柵で囲まれることで共有資源がなくなり、樹木の所有本数の世帯差が顕在化していた。しかし、私有化された資源は完全なる私的利用へと移行したわけではなく、樹木の部位によっては他世帯での利用が許容され、共的利用が続けられていた。
(3) ウルシ科の在来樹木であるマルーラは、果実が醸造酒に加工される。この酒は数人の女性の共同労働によってつくられ、世帯を越えてそれが贈与されることで共的に利用されていた。その贈与は、(1)で述べた贈与と結び付けられて行われることがあり、特にキャトルポストをもたない非富裕世帯が積極的に贈与する傾向がみられた。すなわち、経済格差の拡大のなかで、土地の囲いこみによる資源の私的利用が進みつつあるが、同時に資源の共的利用が私的利用と接合して並存する状況が生じていた。

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© 2010 公益社団法人 日本地理学会
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